ある所に“異世界へ通ずる扉”を有する国『オーミターション』が在った。

 異なる文化を持つ世界へ繋がる扉は、十年に一度『他国の技術を研究する』と言う目的のみで開かれ、封印の力を持つ『シール一族』の結界で管理されて来た。

 扉は“蒼玄竜緋洞(せいげんりゅうひどう)”と呼ばれる聖地の奥にある。

 
異世界に文化を学びに行き、そこで意気投合した異世界の人物がオーミターションにやって来る事も、たまにだがあった。

 
始めは危惧されていた危険性も無く、こちらの世界に移動して来た者達は、等しく知恵者で、皆から歓迎と尊敬を受けていた。

 
文化交流の為、ずっと続いて行くと思われていた二世界間の移動。

 しかし、ある事件を境に、異界への扉は二度と開かれる事が無くなった。


 現在『扉』は、二重三重の結界が張られている。

 一つは、古より張られていた通常の結界。

 二つ目は事件を切っ掛けに、聖者達が新たに張った結界。

 そして三つ目。

 邪悪なる意識によって、他者が扉に近付けない様に張られている結界…

 
光の力しか持ち合わせぬオーミターションの住人と、闇の力しか持ち合わせぬ魔族達。その中でも特に強い魔力を持った者がそれぞれの種族を統治していた。

 だが、異なる力を持つもの同士、相容れることは無く、協力や強調と言った言葉は無いに等しく、数の多さに押され、魔族は支配階級に貶められ、差別されながら敵対する状態が続いた。

 そんな中、己の欲に取り付かれ、強力な魔力を武器にして、伝説の魔獣を次々と僕に置き、異世界までをも征服しようと目論んだ、悪しき王『カオス』が現れる。

 人々は、カオスを倒す事に成功はした物の、その精神までは滅ぼす事が出来ず、その精神は一本の剣に封印された。

 持つ者の性質によって形を変えて行く伝説の剣、変形石と言う珍しい石で作られるその剣は『カオス』封印によって、邪剣へと姿を転じた。

 その邪悪なる意識を押さえる為に、同じ変形石で作られたのが、聖者達の祈りを込めて作られた『聖剣イリヤ』

 二つの剣を“蒼玄竜緋洞”の中にある、入り組んだ洞窟“白鳳廊(はくほうろう)”と“黒麒廊(こくきろう)”に置き、洞窟自体に二重の封印をかけた。

 光と闇、双方を扉に近付けない為に聖者達が光の結界を、魔族の使う魔術研究者達と、異世界からの移住者が魔の封印を施した。

 異世界からの移住者は体内に光と闇の両方を兼ね備え、魔術を扱う事に耐えられる事から協力を願い出られたのだ。

 光と闇を持ってして張られた結界は、光と闇の剣を持ってしか破る事は出来ない。


 何時の日か、必要な時の為に、異世界からの移住者に変形石の剣を渡し、光と闇の剣を作り、それは、祠の封印管理を任せられたシール一族に委ねられた。




 カオスが抱いている、異界への執念は時を経て尚も代わらず、しかし、反対に聖者達の掛けた封印は弱まって行った。
 
 年々弱まって行く封印を掛け直し、管理しているのが、シール一族の役目だった。

 一族の中でも、選ばれた者だけが決まった時期に封印を掛け直しに行く。

「いってらっしゃい。父上」

「ああ。行って来る」

 古より、神聖な儀式とされて来た『重ね封印の儀』は、選ばれし者が前日より修行の間にて祈りを捧げ、一族は祭りを以って祈りを助ける。

 今宵、封印の地に赴くのは族長の娘婿。

 イシュラム。

 幼き頃より、呪力の強い事で時期族長として期待されていた族長の息子が、流行り病で亡くなってから、イシュラムは『息子の代わり』として婿に迎えられた。

 族長の娘、リィラとの間に子も設け、その子の呪力も申し分ない。

  しかし……

 リィラには、他に心に決めた者がいると聞いた。

 
イシュラムとの婚姻を承諾したのは、一族の為。

 族長も、あくまでイシュラムを『息子の代わり』として扱い、『息子』としては扱わなかった。

(それでも、俺は……)

 イシュラムは、重ね封印の儀に選ばれた事を誇りに思っていた。

 自分の力が認められている証拠だ。

「無事、封印を施して来るのだぞ。お前では、少々不安だが」

 族長の言葉には、暗に『息子がいれば』と言う意味合いがあった……

(だけど、俺は……)

 封印の地に着いたイシュラムは、思考を停止させた。

 余計な思考は、重ね封印の儀には邪魔になる。

 封印の儀では、邪剣、聖剣、そして扉への封印を目的としている。

 まずは、聖剣イリヤ。

 次に、邪険カオス…

「…嫌な気配だな」

 邪険の前に立って、イシュラムが呟く。

 剣からにじみ出る、邪王の気配。

「早々に、封印をしなければ……」

 邪悪な気配に危険を感じ、封印の力に集中を始める。

「空よ、風よ、水よ、世界に存在する清らかな者達よ…この邪悪なる意志を封じ込める力を……我に……」

(力を……!)

  力が…欲しいのか……?

 突如、イシュラムの頭に直接問い掛ける声が響く。

 不思議だとか、おかしいとか、そんな事を考えるでもなく、イシュラムは無意識のうちにその声に答えていた。

 力があれば、長に認められる。



     呪力が、欲しいか?




 呪力があれば、一族から認められる



    
  ならば、強大な力をその手に…



 今よりも、強い力を…



     欲するならば、我を手にしろ!




 強い……力……


     そして、世界をその手に!



「世界を、我手に……」