「移動する?」

 一樹達の言葉にアテナは激しく動揺した。

 ここ数日、一樹達がレベル上げをしていた間にアテナは魔軍の事を調べていた。
 150年近くもの時をかけて、魔軍が世界統一を出来ない理由を探していたのだ。

 理由は簡単だった。

 カオスと言う巨大な存在が無くなって、魔軍の統率は乱れ『軍』と言う形は取っているが、現状として自由・奔放・勝手・気侭・無尽と言った言葉が相応しかった。

 個々が勝手に暮らし、魔軍の名の元に人々の生活を脅かしているだけだったのだ。

 そんな状態が150年も。

(くだらない連中……)

 知性のかけらも無い。アテナはそんな同属達に吐き気を覚えた。やはりカオスの存在は絶対だと再確認する。

(例え、世界に必要とされなくとも、私はあの方を復活させる。必ず……!)

「で? アスラさんどうする?」

「え?」

 智之の声で思考を中断させられた。

 自分達は旅に出るが、元々この世界に住人であるアスラはどうするのか? それが智之の質問内容だった。

 その質問に、どう答えようかアテナは悩んだ。
 ついて行く理由は思いつかなかったが、共に行動して石版に関する情報確保と、150年前シール一族との戦いにも参戦していた四人の高等魔族が存命していると言う噂の真偽を確かめなければならなかった。
 その噂が本当なら、どうにかして接触を図らなければならない。

(頼りないけど、生きているなら奴等を四天王よろしく扱うしか『鍵』から石版を奪う事は出来ないわ……)

 後は、どうやって彼等に着いて行くかが問題だった。

「……話を、聞いてくれるかしら?」

 表情を真摯なものに変え、アテナは三人に話し出した。賭けに出ることにしたのだ。

「実は、私は古より伝わる隠れ一族の末裔。『鍵』をこの世界に連れて来る為の巫女なの」

「え?」

 アテナの言葉に二人の表情が驚きに変わる。

「いまから150年前、私はシール一族の協力のもと、異世界へ送り出された。そのショックで気を失っている時に一樹、貴方に拾われたの。そして文化交流でオーミターションに関わった者が作ったゲームを媒介としてこの世界に戻ってきた」

「150年前? この世界の人間はそんなに長命なのか? それに、ゲームがどんな物か知らなかったよな? だったらゲームが媒介になったのは偶然だろ? なんで巫女なら媒介になる物を元から持って来なかったんだ?」

 鋭い突っ込みを入れたのは一樹だった。内心で汗をかきつつアテナは言葉を捜した。

 のほほんとした智之は今の言葉でおおむね信じているようだが、一樹は納得していそうにない。アテナは戸惑いがちな表情を浮かべ、嘘を重ねた。

「魔軍との戦いの最中に私の転移はなされたの。だから異世界と、こちらの世界の力が加わった媒介となりうる『物』を探す時間が無かったのよ。それで、文化交流の際に異世界人が持ち帰った物が何かしらあるからそれを探せと命じられていたの。私が探す前に智之がゲームを手に入れていたのも、きっと『鍵』と『媒介』が惹かれあったせい。時間のことは、私にもわからないのよ。でも、オーミターション歴で言うと、私の生きた時代は今から150年前なのよ」

 時間の事は、本当だった。

 なぜこんなに時間軸のズレが生じたのか、アテナにも解らなかった。

「ただ、先代の巫女から聞いていた話によると、危機の迫った時代に飛ばされる、と言う事だったわ。元々、異世界との時間軸はズレていたみたいだし……」

 異世界との時間軸がズレいるのは本当のことだったが、150年も経っていると言うのは前例が無かった。先に言った「危機の迫った時代に〜」と言うのはアテナの憶測だったが、いえて的を得ているかも知れない。

「だから、巫女として貴方達が異世界に帰るまでを見届ける義務があるの。足手まといにはならないわ。自分の身は自分で守れる。だからお願い、旅を共にさせて」

「わかった」

 溜息と共に一樹が言った。その答えのあっけなさにアテナは驚いて見た一樹は、少し困ったような表情で言葉を続けた。

「でも、本当に守れないぞ? 俺達だってまだモンスターから自分の身ぃ守るので手いっぱいなんだから」

「解ってるし、期待してないわ」

「可愛くねぇ女……」

 苦笑しながらの一樹の悪態を、アテナは笑顔で受け流した。

「おい、もういいのか? いいなら出かけるぞ。ウィンドまでは相当歩くらしいからな」

 ドアから顔を覗かせたリドルの言葉に、一樹と智之は驚いた顔をしている。

「出かけるぞって、リドルさん一緒に行ってくれるんですか?」

 驚きの表情のまま一樹が聞くと、リドルはニヤリと含み笑いを向けて答えてきた。

「嫌なのか? なら留まるが?」

「いや、お願いします!!」

 一樹達だけでも大抵のモンスターを倒せるだろうが、この世界は二人にとって未知の世界だ。世界に精通している人物がいるのは心強い。

 アテナが同行するにしても、戦いに向かない者だけよりも、共に戦えるリドルの存在は旅の苦難さを軽減してくれる気がした。まぁ、単にアテナの本当の戦闘力を知らないだけなのだが。

 そんなこんなでツェントルムに別れを告げ、四人とスィーラは西の隠れ里『ヴィンド』目指して歩いていた。

 そう、歩いているのだ。何百キロも。

「スィーラさん……まだ?」

「ええ、まだです」

 にっこり

 微笑むスィーラの顔には汗一つ浮かんでいない。

 一方、普通の学生より多少体力に自信があっただけの二人はバテバテで、アテナも少なからず疲弊していた。

「ま、隠れ里ってくらいだから、容易には着かないと思ってたがな……」

 ぽそりと漏らすリドルも、息は上がっていないがさすがに汗は浮かんでいる。

 スィーラが普通ではないのだ。

「あー、俺体力には自信あったのになぁ……」

「エルフ族は基礎体力が皆様とは違いますから、気になさらない方が良いですよ」

 ぼやく智之にスィーラがフォローを入れるが、体力に自身ありと言っている智之がスィーラを除いたなかでも一番バテているので余りフォローにはなっていなかった。

「アスラ、大丈夫か?」

 自分も大丈夫ではなかったが、男女の体力差はどの世界も共通だとここ数日間で知った一樹がアテナを気遣った。

「自分こそ平気なの? 息あがってるじゃない」

「そう言う可愛げのない事言うと水わけてやらないぞ」

 等と言いながらもアテナの目の前に水袋を差し出してやる。

 水分の取りすぎは余計疲労に繋がるが、今取らなかったら干乾びる。

 西への道は砂漠だったのだ。

「ねぇー、一樹ー」

 間の抜けた声を出しながら智之が近づいてくる。

「なんだ?」

「サハラ砂漠って、こんなかな?」

「さぁな。でも死の砂漠って名前がつくくらいだから、もしかしたらもっと凄いかもしれないな」

「沙悟浄って凄いねー・・・・・・」

「そりゃ西遊記のキャラで実在人物じゃねぇだろ……」

「だって河童なのに砂漠渡ったんだよ? 凄いじゃん」

「だから実在人物じゃないってぇのに」

「凄いよねー……河童……」

「ダメだ。意識飛んでる……」

 ほえ〜〜〜、っとした様子で河童を褒め称える智之の額に水を含ませた布を当ててやる。

「おい、水なくなるぞ?」

 この先を思ってリドルが口を出したが、一樹は気にする様子も無く、水袋を仕舞いながら答える。

「その分、俺が飲まなきゃ総数は変わらない。だろ?」

「お前がもたねぇぞ?」

「平気だ」

 一樹だって砂漠を歩くのなんて始めての経験だろうに、この余裕はどこから来るのか……

 旅慣れているリドルは一樹の力配分の見事さに内心で驚いていた。

(こいつ、争いの無いあっちの世界より、こっちの世界の方が性に合ってんじゃねぇか?)

 皆を取りまとめるのは自分の仕事になりそうだと思っていただけに、一樹の様子を見てリドルは苦笑を浮かべた。

「さぁ皆さん。町が見えて来ましたよ」

 やはり汗一つかかないでスィーラが指す方向には、強大な風の渦が見えた。

「町?」

「町です」

「竜巻でなくて?」

「町です」

 にっこり。

 微笑みながら言うスィーラの言葉に嘘は無いのだろうが……竜巻にどうやって近づけと言うのだろう……

 渦の外周まで、まだ500メートル以上もあるだろうこの場所にまで、風が吹き付けて来て、一歩でも前に進めば風の渦に絡め取られそうになる。

「実はあの風、故意的に出しているのではないのです」

「え?」

「元々は、砂に隠れた『隠れ里』だったのですが、近年になってサンドロプロスが町の上空に住み着いてしまってあんな事に……」

 やや曇りがちな表情からすると、スィーラもこまってはいるようだ。

「じゃ、どうやってスィーラさんは町から出てきたの?」

「どうして退治しないんだ?」

 智之と一樹から同時に質問が飛んだ。

「町から出入りするのには、1度ロプロスを倒さねばなりません。ですから、もう何度も退治はしているのですが、いくら倒してもまた別のロプロスがやって来てしまうのです」

 二つの質問を見事に一つの分にまとめてスィーラは返した。

「なんか、あんまり切迫して対処をしようとしてない様に見えるが?」

 本当に困っているのならもう少し辛そうな表情になっても良さそうな物だが、スィーラは説明の間終始穏やかな笑みを浮かべたままだった。

 その事に対しての疑問が、リドルに今の質問をさせた。

「ええ。あの渦の中、つまりは町のある所は常に一定の風が吹いているだけで平穏ですし。それに……」

「それに?」

「隠れ里にはなっているから、別にいいかなぁと」

 にっこり。

(この人天然だー!)

 スィーラを除いた4人が心中でそう叫んだのは言うまでも無い……。

「では、すみませんが弓のお得意な方。ご協力願えますか?」

 スィーラの申し出に応じたのは一樹だった。伊達に弓部門で優勝はしていない。

「何をすればいいんだ?」

「この弓を、竜巻の頂上にいるロプロスに向けて撃って下されば良いだけですわ」

 と、渡された弓はエルフ族の美しい装飾がなされており、その装飾の中に魔法文字で飛翔術が刻まれていた。見ると弓の方にはやはり魔法文字で睡眠術が刻まれていた。

 催眠剤の変わりなのだろう。

「いや、いくらなんでも届かないだろう・・・」

 術の補足があったとしても、肉眼では黒い点にしか見えないロプロスに向けて弓が届く訳が無い。

「方向さえ定めて撃って頂ければ、後は私が請け負います」

 にっこりと笑みを絶やさぬままのスィーラに断言され、一樹は半信半疑ながらも弓をつがえた。

「行くぞ!」

「はい」

 ヒュッ、と言う短い空気音と同時に放たれた弓は、飛翔術の青白い光に包まれて真っ直ぐに飛んでゆく。

 その矛先がしっかりロプロスに向かっている事を確認してから、スィーラは首から下げていた碧玉のペンダントに手を重ねて鋭く叫んだ。

「ヴァータ!」

 瞬間、碧玉から光が溢れ、それはすぐに細く、鋭い突風となって矢を包んだ。

 風に包まれた矢はそのスピードをあげて行き、瞬く間に姿が見えなくなった。と、その時……

「きゅわーーー!」
 
 はるか上空から超音波の如く甲高い鳴き声が聞こえて来た。

「皆さん! 離れてください!」

 スィーラの言葉に反応して言われるままに渦から離れた面々の耳に、徐々に大きくなる鳴き声と、何かが落ちて来るような空気音が聞こえて来た。

 ロプロスだ!

「う、わぁあああ!!」

 猛スピードで落下してくるロプロスを目にして、逃げれば良い物を、智之は思わず立ち止まってしまった。

「ダラ!」

 鋭い声が聞こえ、それと同時に智之の周辺にあった砂が盛り上がり、落下してくるロプロスを包み込むように受け止めた。

「今の……」

 放心している智之の変わりに、驚きの目をアテナに向けたのはリドルだった。

 一樹も智之も、アテナ本人に『魔術師見習い』と聞いているので、魔法を使える事に驚きを感じなかったのだが、リドルは違った。

(しまった……つい闇魔法を……)

 アテナが今使った魔法は、魔軍が使う『闇魔法』。仕えるのは、魔族だけだ。

「なぜ、魔法を? しかも闇の魔術を……」

 案の定来たリドルからの質問と疑惑のまなざしに、懸命に冷静を装いながらアテナは答える。

「リドルには、言っていなかったかしら? 私は闇の魔術研究者見習いだって。それに、ロプロスは魔族でしょう? 光魔法で受け止めれば即死に繋がるから、闇魔法を使うしかなかったのよ」

「なぜ受け止める必要がある? 智之を助けるだけならロプロスを生かす必要は無い」

 リドルの視線は相変わらずきついままだった。しかし、アテナはその視線を正面から受け止めて返した。

「魔族だって、命よ……。魔軍として人の生活を脅かさない限り、安易に殺すのには賛同できない」

 これは、アテナの本心だった。魔軍に属していない魔族を、人間達が忌み嫌い、友好的な魔族に対しても迫害がなされているのは事実だからだ。

「スィーラさん、あのロプロスがこの町を風で覆っていた理由は解りますか?」

 アテナに向けられていたきつい口調のままで問われても、スィーラの微笑みは崩れなかった。

「多分……」

「多分?」

「ロプロスの子供を飼っているのが原因ではないかと」

「飼うなよ!!」

「いえ、森で傷付いているのを町の子供が見つけて来て、傷が癒えたら還しなさいと言っても言う事を聞かないんですの。今ではその二人、兄弟みたいに仲良しなんですよ」

 にっこり。

「根本的になんか間違ってるこの人……」

 どっと疲れが出た所で、ヴィンドの町に到着となった。