| 速 | 
        
          
            | 「どぅわぁああぁぁあぁぁあああぁあーーーーーーー!!」 
 絶叫が洞窟に響く。
 
 「ちょっと! 次わかれ道よぉ!」
 
 「どっちだ?! 勇者様!」
 
 「その呼び方やめー!」
 
 「喋ってる暇ねぇ! 左だ!」
 
 ギギギギギッ!
 
 耳をつんざく鉄の摩擦音に眉をしかめながら、四人は必死に方向変えのレバーを曲がりたい方向とは逆に倒していた。
 逆に倒す事で行きたい方向に行けるのだ。
 
 今四人が乗っている物。それは木製のブレーキレバーに、方向変えのレバーだけが付いたシンプルな形のトロッコだった。
 
 ただし、時速が常に300キロ前後は出ているので普通とは言いがたい。
 
 「ブレーキあんまり意味がなーい!」
 
 「智之! あんまり喋ってると舌噛むわよ!?」
 
 「おい、一樹。お前がさっき選んだ道あってたんだろうな?!」
 
 「どう言う意味だよりドル」
 
 「先見てみろよ」
 
 「先?」
 
 「レール、途切れてんぞ」
 
 「……うそぉん」
 
 「き……」
 
 「ぎゃぁああああぁぁぁぁああぁあ!!」
 
 四人が何でこんなことになっているかと言うと、これこそが『風の洞窟の試練』だったのだ。
 
 
 「石版はこの洞窟深くに、本当に深くに、嫌になるくらい深く、深くに眠っています。石版を封印する際に、地の精霊ノームに協力をして貰ったら、なんだか、洞窟の中凄い事になっちゃいまして。ちょっと道が平坦ではないんです。大変かとは思いますが、トロッコで移動して頂く事になります。所々に光と闇の混在魔法が使われた仕掛けがあり、分かれ道になっていますので、それを鍵のお二人に見分けて貰い、最奥まで行って下さい。簡単な迷路でしょう?」
 
 
 スィーラの説明は以上だった。
 
 決して、一言足りとも
 
 トロッコの風速が、30メートル毎秒を越える事があるので風の洞窟と呼ばれているんですよ
 
 とは教えてくれなかった。
 
 「俺エルフに偏見持っちゃうなー!」
 
 「同感だなっ」
 
 「か、一樹。あんたなんでそんなに平気そうなのよ?!」
 
 「ジェットコースターは好きだ。次、右!」
 
 洞窟に響き渡る金属音で『ジェットコースターって何?」と言うアテナの質問は掻き消えた。
 
 「おい! 終点だぜ!」
 
 「智之、ブレーキかけろ!」
 
 「一人じゃ無理っす!」
 
 「手伝うわよ!」
 
 ブレーキと言っても車輪に木の棒を当てて、レールと車輪の摩擦を緩和させるだけの物なので、なかなかスピードが落ちてこない。
 
 っつーか、止る訳が無い。
 
 「ぶ、ぶつかるわよ!!」
 
 「仕方ねぇ、ぶつかる寸前に飛べ!」
 
 「智之、ブレーキ持ってたら間に合わない、離せ!」
 
 「おう! いいー? 離すよー!!」
 
 智之の声と共にトロッコのスピードが一気に上がる。 と、その瞬間
 
 ドガァ! と言う轟音を立ててトロッコが足場にぶつかり、四人は感性の法則に従って前方に放り出される形で飛び出した。
 
 受身を僅かに失敗した智之は、ゴロゴロと転がった挙句、僅かに段になっていた場所に激突して止った。
 
 「いってぇ!」
 
 叫びながら飛び上がるあたり、頭は打っていないようだ。
 
 「飛び上がれりゃ心配ないな」
 
 余裕で着地を成功させたリドルは、スピードを殺す為についた手の埃を払い落としながら笑う。
 
 「一樹とアスラさんは?」
 
 はっとして周囲を見る。
 
 いた。
 
 「アスラさん! 大丈夫?!」
 
 「…うっ……」
 
 着地の衝撃ですぐには言葉が出ないが、智之の声に反応して起き上がろうとしているから意識ははっきりしているようだ。
 
 起きようとして地面に手をついたアテナは、地面がやらかい事に驚いて目を見開いた。
 
 「一樹!」
 
 「いてぇから早くどいてくれ……」
 
 「あんた、私の事かばって……」
 
 アテナが手をついた先は、地面ではなくアスラの下敷きになっている一樹だったのだ。
 
 トロッコから投げ出された瞬間、僅かに体制を崩したアテナを庇うように抱き込んで、一樹は背中から着地をしていた。
 
 「ってぇー…… 背中擦った……」
 
 「他に外傷はねぇか?」
 
 「多分。何よりも背中が痛い」
 
 「見せてみろ」
 
 リドルとの会話中、智之がアテナの擦りむいた手を水で流し、包帯代わりの布を巻いてやっていた。
 
 言われるままにリドルに背中を見せた一樹は、反応が返って来ない事に不信感を抱き振り返りながらリドルの名を呼ぼうとした途端…・・・
 
 「…・・・いっー…!!」
 
 「痛いかぁ。痛いだろうなぁ」
 
 「何かけた?!」
 
 「消毒薬だ。しみるかもしれないが治療だから我慢しろ」
 
 「先に言え!!」
 
 ぎゃあぎゃあと怒鳴るあたり背中以外は元気なようだ。
 
 一樹の背中は、見ているほうが痛くなるような全体の擦り傷とみみず腫れと打撲の後があった。
 
 背中から着地した、そのままの勢いで砂利のある地面を2〜3メートルほど滑ったのだ。これくらいの怪我は確実に出来るだろう。
 
 「一樹、一応腕回してみ?」
 
 アテナの治療を終えた智之にが言う通りにグルグルと腕を回して筋肉や筋を痛めていないか確かめる。
 
 「うん。大丈夫みたいだね」
 
 「だから背中以外は平気だって」
 
 二人のやり取りを見て、リドルから智之に素朴な疑問が投げかけられた。
 
 「智之は、医学に詳しいのか?」
 
 「うんにゃ。格闘技やってるから筋肉系の知識や応急処置は一緒に教え込まれたんだ」
 
 「ほぉ〜〜〜〜」
 
 「なに? そのメチャクチャ意外そうな顔は」
 
 「いやいや…へぇ〜。お前が、ねぇ〜?」
 
 「むかつく!」
 
 雑談を交わしながら一樹に消毒以外の治療を施し、先に進もうとする三人の後ろから、やや遅れてアテナが歩き出す。一番後ろにいた一樹の上着を引っ張って足を止めさせた。
 
 「? なんだよ?」
 
 「馬鹿?」
 
 「なんだよ、急に」
 
 「なんで私なんか庇うのよ?」
 
 「はぁ?」
 
 「会ってまだ間もないじゃない。私が本当に巫女だって証拠も無いじゃない! なのになんで私なんかを庇って自分が怪我するのよ!?」
 
 巫女だと話した時、智之よりも一樹の方が疑っていたではないか。
 
 なのになぜ、まるで『仲間』を守るような事をするのか、アテナには解らなかった。
 
 それに、アテナは純粋な行為なんて受けた事が無い。
 庇われたことなんか無かったし、庇った事もなかった。それ故に、一樹の行動がさっぱりわからないのだ。
 
 「あんたが巫女だって言うなら信じるしかないだろ」
 
 「え?」
 
 「言葉以外で証明するする物がないなら、その言葉を信じるしかないだろ? あと、なんだっけ? 何で庇ったか?」
 
 「ええ……」
 
 「そんなん、俺が聞きてぇよ」
 
 きょとんとしているアテナに、行くぞ、と短く声をかけて一樹は先に進んだ。
 
 「……馬鹿じゃないの?」
 
 悪態を付いてはいたが、アテナの表情は明るかった。
 
 きっと、無意識のうちに……
 
 「石版あったてよー」
 
 奥の方から智之の声が聞こえた。
 
 見つけたのはリドルらしいが、どうやら光と闇の結界が張られていて取り出せないようだ。
 
 「これさ、取ったら洞窟が崩れるとかって、無いよね?」
 
 「不吉な事言うなよ」
 
 「怖いなら俺が取るか? 智之」
 
 「怖いわけでなく、可能性として。スィーラさんが何隠してるかわかったもんじゃないっしょ?」
 
 「確かに言えるわね……」
 
 一瞬止まってから皆でまわりの壁やら柱やらを点検してみる。
 
 「特に崩れそうなところは無いわね」
 
 「みたいだぜ?」
 
 「一樹、一緒に引き抜かん?」
 
 「解った。じゃ、行くぞ」
 
 せーの、で石版を置かれていた台座から引く抜く。
 
 「……」
 
 「なにも……」
 
 「起こらない、わね……?」
 
 「だな」
 
 はぁ〜〜〜〜。
 
 四人が長い長い溜息をついて一息入れた、その瞬間!
 
 「わぁ!」
 
 石版が急に光り出したのだ。
 
 「なんだ?!」
 
 驚きの声を上げ間にも輝きはどんどん増して行き、すざまじい光量に全員がまぶたを閉じた。
 
 【やっと来やがったな鍵! 野郎、待たせすぎだってんだぜ! 久しぶりの外で気分良いから外までだしてやらぁ! 感謝しろよ、この野郎!!】
 
 頭に直接響く声が聞こえたかと思うと、瞼にかかる光の明るさがふっと減った。
 
 恐る恐る目を開けてみると、そこはヴィンドの中央広場だった。
 
 「あ、あれ?」
 
 「街、だな」
 
 「戻って、来たの?」
 
 「俺石版持ってるよな? 夢落ちとか言わないよなぁ?
 
 手元を見ると、確かに一樹と二人で石版を掴んだままだ。
 
 「瞬間移動?」
 
 確か、石版は『精霊』が守りとして一緒に封印されていたはず。
 
 「じゃぁ、さっきの声って……」
 
 外まで飛ばしてくれたのは、石版の中に封印されていた精霊の力だったのだ。
 
 「まぁ! 皆さんご無事で」
 
 「スィーラさん!」
 
 にっこにっこと笑顔で四人の生還を称えるスィーラに続いて、街のエルフ達が宴の用意をせわしなくしていた。
 
 「無事、鍵のお二人に石版が渡った事を祝福しての宴ですわ。準備ができるまでは皆様はこちらに。宿を用意してありますのでお体をお休め下さい」
 
 「その心使いは、ダンジョンに行く前にして欲しかったよ……」
 
 一樹の呟きに一同が深く頷く頷いた。
 |  |