オーミターションの人々が滅多に近づかない黒い森。
 多くの魔物と、150年前の魔軍残党が多く住み着いている、危険個所だ。

 魔物の命は長い。

 カオスが封じられ、アテナが異世界へ飛ばされたあの戦いに携わっていた者も、少ないながら健在だった。

「おい」

 低く、短い声が盛りの静寂を破る。

「アテナ様より伝令だ。見ろ」

 男は火に属し、漆黒の髪を持つ。名をフィンと言う。

 フィンの指先にはオーミターション全土を描く地図があった。

「西、ねぇ……砂漠か」

 フィンの声よりも僅かに高い声。
 これは蒼の髪を肩口まで伸ばした水属性の魔族。エアストの声だ。

 チラリとエアストが見る地図に、小さな炎の柱が立っている。
 地図の左側、砂漠の中心にあたるそこはヴィンドのある場所だ。

 不思議な事に炎は木に貼り付けてある地図に対して垂直に上がっており、しかも燃え広がる様子はない。
 この炎はアテナが特殊な術符を闇の炎で燃やす事によって上がる。

 黒い森の魔物達からすれば、炎の上がった場所に行けば石版が横取りできると言う訳だ。

「一番だぁれ?」

 腰よりも長い橙の髪を、頭の高い位置で一つに結わきながら、楽しそうに土属性のツヴァイが問うた。

「誰でも良いだろう。洞窟と石版は四つ。下手をすれば全員戦いに良く羽目になる」

 風属性を持ち、背の中ほどまで真っ直ぐに伸びる翠髪が、暗い炎に照らされて不思議な色に染めたドライが感情のない声色で呟く。

 フィン・エアスト・ツヴァイ・ドライ。
 この四人が前大戦の生き残りの中でも上位の実力を持つ者。
 アテナがこの世界に帰ってから見つけ出した者だ。

「西でしょー? 砂漠なんじゃ僕パスー。暑いのヤだし、属性風じゃん? 僕の土は風に弱いからねー」

 結わき終えた髪先を、手で梳かしながら言うツヴァイの横で、エアストが樹に預けていた体を起こした。

「属性で言ったら行くのは俺だな。面倒だけど」

 常に薄い笑みを湛えているエアストの本性は、他の3人にも計れない。
 しかし、戦いに勝利する為なら個人の犠牲は一切省みない行動を、躊躇いなく取る男だと言う事は解っていた。

「大丈夫なのか? まだ大戦の怪我が治りきってないんだろう?」

「ドライともあろうものが忘れたか? この右腕は聖剣で切られた傷だ。いくら治療を施したって治らない」

「しかし。もう少し時間をかければ自然治癒で治る筈だろう。石版を奪ってもお前が無事でなければ意味がないぞ。大体、まだ敵の実力もわからないうちに無理はする物じゃない」

 ドライの言葉に、エアストはいつもと少し違った笑みを返した。

「敵の力がどれほどかわからないから、怪我人の俺が行くんだ。失敗しても後を任せられるお前等がいる」

「帰って来い。必ず」

「出来ない約束はしない主義なんだ」

 黒い森から、蒼い魔物が旅立った。