「なんか、暑いとこ、続きじゃ、ない?」

 奇妙な所に句読点を入れつつ智之が喋るのは、なにぶん暑さのせいだった。

 異常なまでに高い外気温のせいで、体温は上昇。
 あまり動いても居ないのに心臓の動きは早かった。動悸と呼んで良いほどの心拍数に伴って、息切れを起こす。

 ぜーぜーと喉を鳴らして息をすれば、喉が乾燥し、汗で水分が少なくなっているのと相まって余計に水が欲しくなる。
 
 しかし、水は貴重だ。ごくごく飲む訳にはいかない。

「俺我慢が一番嫌いなのにー」

「騒ぐと余計喉渇くぞ智之」

「でもー、俺がじっと押し黙って厚さに耐えてるのは、リドス的にどうよ?」

「……気味が悪いな」

「だから言いたい事は言うの。暑い〜」

 利に適っているのかいないのか、良く解らない理由でリドスの忠告を一蹴した智之はこれから先も言いたい事を言い続けるのだろう。

 ここはヴィンドから南東、最初の町ツェントルムからは真南にある熱帯地方。
 その密林の中だった。

「おいヴィンド! 本当にこの辺なんだろうな?」

 歩けど歩けどうっそうと茂る木々しか視界に入らない。
 もう何時間もこの風景を見ながら歩いている。智之のこの質問も何度目になるか解らないが、その度ヴィンドが智之を馬鹿にして、それに怒った智之がヴィンドに喧嘩をふっかけ、リドルが止める。と言う事が繰り返されていた。

「ヴィンド?」

 さっきまでなら即答で返って来ていたヴィンドの返事がなく、奇妙に思って宙に浮かぶヴィンドをの顔を覗き込んだとき、ヴィンドは偉そうにふんぞり返って智之にこう言った。

【智之。この木に登りやがれ】

「あ?」

【てっぺんまで登りゃ辺りに何があるか見えんだろ? 早くしろい!】

「……迷ったな?」

【さぁ登りやがれってんだ!】

「迷いやがったなこの野郎!」

【迷ったがどうしたこの野郎!】

 ぎゃいぎゃいとまた喧嘩が始まってしまった……、
 
 このくそ暑い中でよくそんな余力があるな、と思いながらリドルが止めに入る。

「いーかげんにしろ2人とも! 話も行動も進まない。とにかく一度辺りを確認した方が良いだろう。智之、頼んだぞ」

「らじゃりましたー……」

 リドルの言う事は素直に聞くあたり、智之も周りを見渡した方が良いとは思っていたようだ。

「なんか見えたかー?」

 木の頂上を見上げると、暑すぎる太陽が目に痛くて、視界に手の平で影を作った。それでも入り込んでくる日差しを目を細めることで軽減して、一樹は智之を見上げた。

 見上げた先の智之は、木の上で器用に方向転換をしながらあたりを見渡していた。

「智之ー?」

「ねぇ一樹ー」

「なんだ」

「何を見たらいいのー?」

 ……このお馬鹿!

 そんな言葉を飲み込んで、街か川、湖、山等何か目印になる物を見つけさせた。

「こっから見て二時の方向に山と、その山から少し離れた場所に木のない所がある」

【それを探してたってんだぜ! たぶんそこがフォイヤーだってんだぜ!】

 自信があるのか無いのかわかり辛いヴィンドの言葉を信じて、四人と一精霊は山へと向かった。

「おー、街らしきもんが見えてきたぞー」

 先頭を行くリドルの声に、暑さでうな垂れていた顔を上げてみると確かに、木々の向こうから火を熾しているであろう煙が見える。街が近い証拠だ。

「もうちょいか……」

 一樹がぽそりと呟いて、再び足を進めようとした時・・・

「わぁぁぁあぁぁ!」

 頭上から雄叫び……もとい、悲鳴が聞こえ、何かが降って来た。

「いったぁーい!」

 落ちてきたのは人だった。

 落ちた途端に元気な叫びを上げているあたり、怪我はない様だがなにゆえ頭上から人が振って来るのか……。

 しかも、2人も。

「少女、大丈夫? 怪我は無い?」

 盛大な叫び声をあげていた方の人影はオレンジ色の長い髪を、頭の高い位置でまとめた美少女。

 その美少女が、抱えるようにして一緒に落ちて来た幼女に無事を確認した。

「大丈夫。お姉さんが庇ってくれたから。お姉さんこそ平気?」

「平気平気! 下になんかクッションあったから」

 と、少女の言葉でハタと気がついた。

「リドル! 大丈夫か?!」

「もっと早く気がついてくれ……っつーか、早くどけ! 何時まで人に乗ってるつもりだ!」

「あや、クッションじゃなくて人だった」

 とぼけた調子で言う少女の下に、2人を強制的に受け止める形になったリドルがいた。
 身軽な動作で立ち上がった後、ごめんごめんと笑いながら謝って手を差し伸べる少女に、リドルはあからさまに不機嫌な顔で答えた。

「俺は男を助ける気はない。今のは不可抗力だから礼はいらん」

 むすぅっとしたリドルの言葉に、その場の全員が驚いた顔でリドルと少女を見比べた。

「男……?」

 智之が確認するような言葉を少女に向けると、少女は一気に破顔して声を立てて笑い始めた。

「あっはっは。お兄さん良く僕の事男だってわかったねぇ。相当女好きでしょ?」

「ほっとけ」

 よりいっそう機嫌が悪くなったリドルの服を引っ張る者がいた。落ちて来たもう一人の幼女だ。

「お兄ちゃん、助けてくれてありがとうね。それから、ゴメンナサイ」

 ペコリ、と可愛らしく頭を下げる幼女には流石にリドルも怒る気にならない。
 ぽん、と軽く頭を叩いてから一応の注意を促した。

「あんまり高い所まで登るな? 今度は落ちたら怪我をする」

「うん……でも……」

 なにか煮え切らない幼女の様子を察した少女……いや、少年が、言葉を促してやった。

「木の実、まだ足りないから取りたいん?」

「うん」

「よし、じゃぁ僕が取ってきてあげるから、ここで待ってな」

「ほんと? ありがとう!」

 喜ぶ幼女に笑顔で答えてから、少年は一樹達を見て旅の途中なのを確認する。

「目的地はフォイヤー?」

「ああ、そのフォイヤーを探しているんだ。場所を知ってるか? お坊ちゃん」

「坊ちゃんでなくツヴァイ! 街ならこのまま太陽に向かって歩けばあるよ」

 からかわれたのにムッとしたままの声色で、街までの道筋を教えると、踵を返して森の中に去ろうとしたツヴァイだったが、ピタッとその足を止めて振り返った。

「あのさ、町についたら酒屋の女主人に娘さんはもう少しで帰りますって言っといてよ。この子の親。心配してるだろから」

 頼んだよーと、こちらの承諾も聞かずに森へと姿を消した少年、ツヴァイに呆気に取られはしたが、一瞬の後に目的を思い出した。

 それから30分ほどで何とか灼熱の街、フォイヤーに到着したのだった。