どうにかこうにか石版入手した四人がフォイヤーに戻ってみるとそこには…
「あー、お帰りー」
「お前、さっきの」
先程街に入る前に出会ったツヴァイが子供達とたわむれていた。
「君等が『鍵』だったんだね。石版は取ってこれたん?」
「なんでそれ知ってんだ?」
子供に家に帰るように言ってから、聞いてくるツヴァイに、一樹が僅かに不審そうな目を向けた。
「街の人に聞いたんだよん。で? 成果は?」
「無事取って来たさー。ほら」
「そう。じゃ、それ頂戴ね」
ずい、と智之が石版を前に出すと、ツヴァイはにこやかに微笑んで当たり前の事のように言った。
「え?」
驚く間にも、ツヴァイの放った鞭が智之の腕に絡みつく。
「なにすんだよ!」
「それ貰うんだよ。カオス様復活させるのに使うんだ」
「じゃぁお前!」
「魔族だよ」
言うと同時に鞭を大きく引き、智之の体制を崩す。
前傾に倒される前に石版を一樹へと投げ渡す。
直後体制をどうにか整えて、一回転をしてから片膝を着きそれ以上引きずられない様に踏ん張って、絡み付いた鞭を逆に引き返してそれ以上の攻撃を牽制した。
「ずるいぞ油断させるなんて!」
「そんな事してないよ。子供助けたのも、今一緒に遊んでたのも、こうして戦ってるのも全部ほんと。全部僕の素直な行動だよ」
喋りながらも、ツヴァイの行動は止まらない。
軽く上下に振って智之の腕から鞭を取り去ると、変わりに一樹に向かって投じる。が、その先が己に届く前に一樹は剣で鞭を切り落とした。
「やるね」
どこか嬉しそうな響きのある言葉と共にもう一本の鞭が飛んで来る。
「ちっ!」
一樹はその鞭を石版を持っていない方の腕で受け止め、腕を引く事でピンと張った鞭を掴み、大きく回転させる。
「あっ!」
一樹が鞭を回転させた事によって、ツヴァイの手から柄が離れる。と、同時にツヴァイは魔法攻撃に打って出た。
「大地! 裂けろ!」
ダンっと手を地に付けたかと思ったら、途端、ツヴァイの手から先の大地が大きくひび割れ、裂けた。
「うぁあ!」
「ばか!」
避け損ねた智之が、裂け目に嵌りそうになったのをリドルが助け、引き上げる。
「二人共! 上!」
一樹の声ではっと上を見上げる。這い上がって息を付いている智之に向かって無数の石が降って来ているのだ。
「避けろ智之! 小石でもまともにあれだけの数当たったら無事じゃ済まねぇ!」
「もう無理!」
智之が持っていた剣で雨の様に降って来る飛礫から頭を守るような格好を取った時、急に剣が光出した。
「何だ?!」
驚く間に光は細い剣の形から、幅の広い盾へと変わっていった。
剣が盾へと変化したのだ。
「変形石の剣?!」
ツヴァイがあげた驚きの声は、智之と一樹にも驚きを与えた。
「変形石?」
初めて聞く名前に眉をしかめる智之と一樹をよそに、ツヴァイの攻撃は続いた。
「そんな剣を持ってるんじゃあ、やっぱりここらで一人は殺しといた方が良さそう。覚悟しな!」
チョーカーに着いている石を手にし、最大魔法の詠唱を開始する。
「土よ! 大地よ! 我が怒り汝の身に移し変えん。ツヴァイの名に於いて命ずる! 眼前の敵をその身に封印せよ!」
「!!」
轟音が起こり、土がまるで津波のように立ち上がり、智之達に襲い掛かる。
「死ななかった方を人形にして使ってあげるよ!」
高らかな声が聞こえた。
土の波が、今まさに智之達に降り掛かろうとした、その時
「お兄ちゃん!」
「少女! 来ちゃ駄目!」
森で会った少女だ。
ツヴァイの姿しか視界に入っていないのかこの光景に驚きもせず走り寄って来る。
「危ない!」
叫んだツヴァイの声と表情でやっと状況が飲み込めたのか、少女は悲鳴をあげて立ち止まるが遅かった。
「きゃぁああ!」
「少女!」
大地の割れ目に嵌ってしまったのだ。
少女の体が完全に穴へと消える、ギリギリの所でツヴァイの手が届いた。
少女の体重と落ちて行く力に引きずられてツヴァイの体ごと狭間に落ちかかる。
ずるずると落ちて行く自分の体を支える為に片手で少女の手を掴み、片手を狭間の渕に着いて何とか耐えたが、魔術にまで意識が回らず、智之達を襲っていた土の波は寸での所で止まった。
「ツヴァイ!」
走り寄ったのは智之だった。
「早く! 反対の手!」
狭間に乗り出し、少女に手を差し出す。
しかし、少女は泣きながら首を横に振るだけだった。
幼い体に、そんな体力は無かったのだ。
「やるだけやってみて! そのまんまじゃ落ちちゃうよ!」
「どけ」
叫ぶ智之の肩を押して、リドルが膝を着いた。
「リドル…」
片手でツヴァイの体を支え、ツヴァイが掴んでいるのよりも少し下の少女の腕を掴み、一気に引き上げる。
「この子を助ける為に、お前も助けたんだ。俺は魔族が嫌いだ。覚えておけ」
ツヴァイを助け起してから、照れ隠しのようにそう言うとリドルは少し離れた場所へと行ってしまった。
「少女、怪我無い? 平気?」
「あちこち痛いけど、平気。擦り剥いただけみたいだから」
「よかったぁ……」
「ほんと、子供好きなんだぁねぇ」
ほっと息を着くツヴァイに、智之は笑いながら言った。
「だって、子供は差別なんかしないもん」
「え?」
「魔族だからって、いきなり切り掛かって来ないもん………」
智之の顔を見ながら話してはいるが、ツヴァイの表情は決して明るくない。
「好きで、敵対してるんじゃないもん……少なくとも、僕は……」
悲しげに微笑むツヴァイに、智之の戦意も消えていた。
「だったら、なんでカオスの下になんかいるんだ? カオスの言う事を聞いていたら魔族以外の人間は皆殺しじゃないか」
一樹の言葉には、シール一族壊滅の事が含まれている。
「確かに、シールは皆殺しにした。だけど、殺さなきゃ封印が解けなかったから仕方ないじゃん。『人間』達だって、僕達魔族を理由も無く殺して来たんだから、それくらい、仕方ないじゃん」
「それで、お前の好きな『子供』まで危険に晒すのか?」
一樹の言葉に、ツヴァイは黙るしかなかった。
確かに、戦いが続けば子供達にも被害は及ぶし、子供を殺さなかったとしても、その親を殺す事には変わりない。
「……カオス様はね、理想があるんだよ。僕は、その理想について行きたかったんだ……だけど………」
言葉を区切って、ツヴァイは三人に気が付かれない様にチラリとアテナを見やった。
「本当は、もう分からなくなってんだ。自分が何をしたいのか、何を信じていたのか。…これじゃあ、戦えないし、仲間の元にも帰れない……」
行き場を無くしたツヴァイに、辛そうな表情が浮かぶ。
悪いのは、どっちなのか?
巨大な魔力を傘に、征服を目論むカオスなのか?
『魔族』を攻撃対象にしか見ていない『人間』達なのか……
そんな事を思って、声を出せないでいた一同の沈黙を破ったのは、ツヴァイが助けた少女だった。
「一緒にいよ?」
言いながら少女はツヴァイの手を握った。
「駄目だよ、僕魔族だよ?」
「魔族の人でも平気だよ。私を助けてくれたもん!」
「いいの……? 本当に、魔族を受け入れてくれるの?」
「うん! ね、おかあさん!」
少女が見る先には、子供の帰りが遅いのを心配して様子を見に来た母の姿があった。
「例え魔族と言えども、子供を二回も守ってくれた恩人を、放り出すなんて罰当たりな事、しやしませんよ」
「………ありがとう」
言葉と共に、ツヴァイは少女の事を抱きしめた。
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