どぉおん! と腹に響く重低音が大地さえも振るわせた。

「あそこか」

 五人が到着した時もまだ、戦いは続いていた。

 象の様な巨体に、翼と鋭い角を持つ、異形の化け物だ。

 それに対峙するのは、一樹達とそう大して変わらないだろう年の少年だった。

「あれが、シール一族かな?」

「わかんねぇ。けど、取り合えず加勢するぞ」

 智之の疑問に答えながら、一樹は弓をつがえた。

 土埃が薄らいだ瞬間を縫って、一樹のくりだした矢が化け物の目を貫いた。それと同時に間合いに詰めていた智之が止めとなる一撃を与えた。

 完全に息絶えた化け物の体から紫色の煙が上がり、消えようとした瞬間、少年が何かを小さく呟き、煙りは少年の手に握られる石へと吸い込まれていった。

「割と弱かった?」

「先にダメージ与えてたからだろ」

 剣についた血を払いながら言う智之の台詞には、確かに何時もよりも余裕が残っている。

 智之と一樹の会話が弾みだしてしまったので。突然の加勢に驚いている少年の元へとリドルが歩み寄った。

「悪いな、いきなり出て来て」

「あ、いえ。助かりました。あの…貴方達は……?」

「一応、鍵となる人物だそうだ」

「え? 鍵?」

 低レベルな会話を続けている智之と一樹を見ながら、呆れたような声色でリドルが二人を紹介する。
 少年も、にわかには信じられないようだ。

「で? お前さんは?」

 ぼうっと2人を見ていた少年は、リドルに声を掛けられて我に帰り、慌てて自己紹介を始めた。

「ご挨拶遅れました事、お詫び申し上げます。私、古の一族封印を司るシール一族の生き残りで、サルースと申します」

「ほう、って事は唯一の存在か」

「はい」

 カオスを倒す為に必要な力。
 それは鍵の力もそうだが、シール一族の力も不可欠だ。

 そのシール一族も今はこのサルースだけ。唯一の存在として、人々の間で伝説とされて来た。

「百五十年も生きてる唯一の存在だから、もっと爺を想像していたんだがな」

 リドスの言葉に、サルースは苦笑を浮べた。
 百五十年ともすれば、生きている事自体が難しい。
 リドルの意見も最もだ。

「この体は、百五十年前のあの日から時が止まっているんです。カオスを封印したあの時から・・・・・・」

 封印される間際、カオスがサルースに施した呪いはこれだった。

 永遠の命。死なない体。

「……ま、事情があるにしろ、今の力を見れば封印の一族なのは解った。さて、そろそろ馬鹿話を止めさせるか」

 この所、こんな風に二人の漫才を止めるのはリドルの役割になっていた。

「おい、仲間が増えたぜ」

 唐突な物言いに動じず、二人はサルースに向き直り自己紹介を始めた。

「あー、やっぱりシール一族の人で良かったんだ。俺智之―。智ちゃんと呼んで」

「誰が智ちゃんだ気持ち悪りぃ。俺は一樹。弓と剣を使える」

 二人の自己紹介の間サルースは、智之に勝手に右手を捕まれ、ぶんぶんと振られたまま一樹には視線だけをよこした。

「……好対照なお二人ですね」

「いいんだぞ? 正直に馬鹿二人って言っても」

 リドルの言葉に智之が怒り、一樹が溜息を付き、サルースが困った笑いを浮べる。

 場が和みかかった時、集落の青年から緊張に強張った声が放たれた。

「魔物が!」

「なんだと?」

 皆が振り向いたのは先程サルースが対峙していた化け物のいた場所。しかし化け物は既に煙となり消えていた。

「違います! 新たな魔物が!」

 青年の指差す方向には、もう肉眼でも確認出来る位置にある黒い影。

「ひとまず、洞窟の中に避難する?」

「それも良いかも……」

 珍しく智之の意見が通ろうとした時、遠方から風が生き物の様にうねり、近付いて来る。

「うわっ! なんだ?!」

 全身にまとわりついてくる風に不快感を感じ、払い除けるような行動を取るが、相手が風ではその意味は無い。

 まとわりつく風が、明らかに意志を持ち、冷たい硬質の金属で捕えられたかのように身動きを封じる。 

「随分とあっけなく捕まってくれるな」

 風が来た方角から、低く響く男の声が聞える。

「鍵よ、石版を渡してもらおう」

 己の起した風に長い碧髪を揺らしながら、長身の魔物が近付いて来る。

 一同が不意を付かれた事に悔しげな表情を浮べ、この場をどう切り抜けるかと思案している時に、場違いにのんびりとした智之の声が聞えて来た。

「ここの石版、まだ取って来てないよ?」

「なにぃ?!」

「このダンジョン人数決まってるから誰も殺させられないし。解いてくれないと石版取って来れないんだけど?」

 一樹とリドルが盛大な溜息を付いた。

 確かに智之の言っている事は本当だ。
 しかし、本当の事を言った所で、鍵を1人残して後の者を殺し、このダンジョンは魔族を使って攻略すればいい話だ。

 敵が、智之の交渉に応じる事はまず無いだろう。

「……石版がまだならば仕方が無い」

「え?」

 男の言葉と共に指が鳴らされ、それを合図に風の戒めが外された。

「俺はここで監視している。さっさと取って来てもらおうか?」

 沈黙が訪れた。

 この敵、馬鹿だ。

 智之以外の人間は、心の中でそう叫んだ。