窟 |
「一樹〜、そっちのレバーで当たりな気がする」
「じゃあこれ引いてみるか」
洞窟に入ってみると、割と狭い部屋が眼前に広がり、仕掛けを動かすと階段へ続く扉が開く仕組みになっていた。
集落の長の言葉通りだ。
本当にやっとまともな長に会えたな、と言いながら、一樹と智之は部屋のいたる所を調べさせ、自らも調べた。
仕掛け部屋とは聞いていても、どんな仕掛けなのかがわからない限り、部屋を調べてみるしか手は無い。
そして調べた結果、部屋の四隅に古びたレバーが設置されており、二つまでを引いて当たりかどうか確かめ終った所だった。
「今度は、引いた途端に爆発するなんて無いだろうな?」
先二つのハズレで結構酷い目にあっている為、これ以上下手な目に合いたくないのかリドルが念を押して来た。
「さぁ……当たりなら無いんじゃん?」
「こっちで不安なら、智之のレバーにするか?」
「あの、お悩みの所申し訳ありませんが…早くどちらかのレバーを引かないと水が、もう腿のあたりまで……」
二つ目のハズレレバーのせいで、仕掛け部屋は只今水責めの刑に処されていた。
躊躇し始めた二人にサルースが早い決断を求める。
「じゃぁこれ引きます。えい」
ガコン、と重々しい音を響かせながら動いたレバーは、当たりか? ハズレか?
「……なんか、一気に水量増してない?」
「ドドドドって、低い音が聞えてるのは俺だけか?」
「大丈夫だ。水が増してるのも水音が聞えるのも気のせいじゃねぇから」
「い、急いでもう片方のレバーを引けば扉開くんじゃないですか?」
どうやら見事にハズレのレバーを引いたらしい……。
轟音と共に増す水量で、既に体は浮き上がって来ている。それでも何とか残り一つのレバーを掴み、体重をかけて引く。
「これで、扉……が?」
ゴォン、と言う音と共に動いたのは、天上だった……
「天井下がって来てるけどぉ〜〜?!」
「全部ハズレなんて事あるんですか?!」
「どっかに別の仕掛けあるんじゃないのかよ? 勇者様!」
「その呼び方止めろって! 仕掛けなんて他に無かっただろう?!」
下からは水、上からは天井が降りて来て、もはや水面は首の所まで上がって来ている。
半パニックに陥り、もがく誰かの足が、壁の一部を強く蹴った、その時
「う、わ……!」
急に水に流れが生じ、何かに吸い込まれるように流される。
「何だ?!」
「扉が……うわっ!」
波打つ水に飲み込まれ、一同の叫びも掻き消えて、有に20分は経っただろうか? やっとの事で一人目、リドルの意識が戻った。
「っ…げほっ……ぅ〜、水飲み過ぎで気持ち悪りぃ……」
咳き込みながら周りを見ると、さっきとは違う造りの部屋。そして散らばる人影。
「智之、おい起きろ!」
一番手近に居た智之を叩き起こす。
次にサルース、集落の若者二人に一樹。どうやら全員無事のようだ。
「何が切っ掛けで開いたんだか解らんが、まぁ、第一関門突破だな」
「こんなの後98回もあるのかぁ〜」
「全部が全部ここまでハードじゃなきゃいいけどな」
「ともかく、服を乾かす間休息を取りませんか? 濡れたままの服では無駄に体力を消費しますから」
ポケットから取り出した小さな石を手の平に乗せ、サルースが呪文を呟くと、小石に灯が燈り、床に置く頃には焚き火へと変化していた。
「へー、薪とか使わないで火ぃ熾せるんだ。魔法って便利だね」
出来た焚き火に近寄りながら、智之はサルースに火種となった石を見せて貰う。
「これ使えば、俺等でも魔法使えたりすんのかな?」
「無理だろ。魔法が石に宿ってても、それを触発させる力が俺達に無きゃ」
「そかー。残念」
集落の若者達と、さっきの水で駄目になった荷物を確認していた一樹が智之の質問に答えてやる。と、答えながら何かを思い出したようだ。
「そう言えば、リドル」
「なんだ?」
「最初の頃に、この世界の人間は、全員がどんなに小さくても魔法が使えると言ってたよな?」
「ああ。それがどうした?」
「じゃあ、何であんたは魔法が使えないんだ?」
その一樹の言葉で、智之も思い出したようだ。エアストと戦った時、確かにリドルは『魔法が使えない』と言っていた。
「よく覚えてるな。聞き流すぞ、普通」
「世界中で一人だけ魔法が使えないなんて、覚えてるに決まってるだろ? 言い辛い事なのか?」
「そう言う訳じゃないがな。説明するのが面倒だっただけだ」
笑みを浮べながらそう言うと、リドルはゆっくりと語りだした。
「俺が、魔法を使えないのは確かだ。俺、と言うより、俺の家系は魔法が使えない。魔法じゃなく、他に受け継いでる物があるんだ」
「受け継いでいる物?」
「刀鍛冶の力だ」
聞き入る二人の腰に納められている剣を指指し、リドルは話し続ける。
「その剣。それはお前等鍵にしか扱えない光と闇の剣だ。変形石って言葉覚えてるか?」
「ああ、ツヴァイと戦った時、奴が言ってた……」
あの時、智之が石の飛礫から身を守ろうとして、剣を掲げたら、剣から盾へと変化した。
「それは、ダンジョンや、魔物の体内から稀に検出される鉱物。意志を感じ、形を変える石、変形石で作った剣だ。変形石は持っている者の気持ちや力で様々に形を変える」
意志を感じて変化する剣。
それは聞くまでも無く珍しい物なのだろう。二人は自分の脇に置いてあった剣を手に取ってまじまじと眺める。
特に変わった所は無い。普通の剣だった。ただ、柄の所に埋め込まれている石の色が変化しているのに、今始めて気が付いた。
「俺の、緑くなってる」
「俺のは赤黒っぽいな……」
「色は剣の属性を示す。緑は守り、赤は攻撃だ。智之の剣は1回盾に変化してるし、攻撃は殆ど一樹と俺だったからな。そこで大きな差が出てるんだろう」
変形石の剣は、カオス討伐に大きな役割を荷っていると言う。
「変形石は、ぶっちゃけ誰にでも使える。別に鍵じゃなくても良い。だが、変形石は扱う物の気を感じて変化する。つまりは、魔物が使えば魔剣に、聖者が使えば聖剣になる」
「って事は、俺達が使うと……」
「闇と光の混在する、伝説の中にある剣と同じ役割を果たすのか」
「ご名答」
カオスの封印を解くのにも、倒すのにも重要な役割を持つ、闇と光の剣。
それが、不完全ながらも自分の元にあると言う事実が智之の脳裏に、ほんの少しの恐怖と、好奇心が鬩ぎあった。
「そんな剣を、リドルは何で作れるんだ? ただの刀鍛冶じゃ作れないはずだろ?」
一樹が剣を鞘に戻しながら尋ねる。
「だから、それが魔法の変わりに俺達一族が受け継いだ力だ」
リドルによると、古の頃からずっとリドルの一族は変形石の刀鍛冶としての力を受け継いできたと言う。あまりに古い記憶なので、何故その一族が特別なのか、と言う事までは解らないようだが。
唯一変形石を加工出来る鍛冶屋ならば、名が知れ渡っていても良い筈だが、前大戦から今まで、邪王軍からの追跡をかわす為にも一族はバラバラになって旅立ったのだそうだ。
「サルースは、リドルさんたちの一族の事知らなかったの?」
「私は、シール一族が滅んだあの時、まだ十にならない幼子でしたので、伝承についての知識は殆ど無いんです。ただ、多少ですがスクライド家の話しは聞いていました」
苦笑を浮べつつ、智之の問いにサルースが答えた。
「でも、カオスをもっかい封印したのってそれから数年後でしょ? って事は、年いくつ?」
「正確に言うともう150歳を越えますが、肉体的な年齢は17、8くらいかと」
「そんなにじじぃなんだー。え、でも17歳って計算合わなくね?」
「成長薬と言って、体の成長を無理やり早める薬を使ったんです。カオスを倒す為には仕方なかった……」
「そっかぁ。やっぱ、強いんだ。カオス」
「はい。それに、カオスの腹心であるアテナの存在が大きかった。アテナは魔法に長けていて、巧みに自分の属性以外の術を使い分け、タイミング良く戦いを補助するのです。もちろん攻撃魔法も使えるので、魔族達は彼女を『戦いの神』と崇めているんです」
「アテナ…か……」
意味ありげにリドルが呟くが、それっきり黙ってしまったので、何を言いたかったのかは解らなかったが、智之も一樹もあえてそれ以上は聞き出そうとしなかった。
「しかし、そのアテナも前大戦の時に手負いのままで異世界へと飛ばしたので、今邪王軍は統率も戦力も弱い。この時期に鍵のお二人がこの世界に現れた事、嬉しく思います」
それから、二人はサルースに邪王軍の現状や、実力、150年近くサルースが何をして来たか、様々な事を聞いた。
「世界に散らばった魔物退治と封印が主です。それから、弱くなった封印の掛け直し作業」
「封印は弱くなるのか?」
「はい。時が経てば呪文の力は薄くなります。薄くなる時期は術者の力次第ですが、カオスに掛けた封印の場合、中からカオスが封印を破ろうともがいていますから封印の破壊速度は速いです。今も、抑えてはいますが微かに、カオスの意識だけが封印の外に流れる事もあって、油断は出来ません」
「んじゃ、結構やばいじゃん。早く石版集めないとだね」
「ま、まずはこの99階ダンジョン攻略が先決だな」
乾してあった服が乾いたか確認をしながら一樹が言う。服も完全に乾いて、体も温まった。行動開始だ。
「な、サルース」
「はい。なんでしょう?」
「また、こう言う休憩の時にさ、良かったら旅の話聞かせてよ。俺そう言う話好きなんだ」
「ええ、私の話でよければいくらでも」
「ありがとー! 楽しみにしてるな!」
にこやかに両手を握られて、サルースも釣られて笑った。
ふと、サルースは今日は良く笑うな、と思った。
150年だ。
150年もの間、ずっと一人で生きていれば、笑う事も少なくなる。
(でも、もうそれも終わりだ……)
鍵が、やっと現れた。
これで完全にカオスを封印、ないし滅ぼす事ができる。
そうすれば、サルースの永い旅もようやく終われる…… |
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