あの後、数十回に及ぶダンジョンを潜り抜ける間、何度と無くあった休憩時間に智之とサルースはずっと話をしていた。

 敬語こそそのままだが、会話内容は随分と砕けた物へと変わってきている。

「やー、さっきのダンジョンはきつかったね」

「本当に。智之が居なければ通れなかったかもしれませんね」

「誉めてほめてー」

 先程までのダンジョンは、動き回る燭台に火をつけると、熱に反応して定位置に自動設置される。
 すると、燭台の熱に反応し、壁に掛かった魔法が発動して次の部屋への扉が開く。と言う物だった。

 初めは一樹の弓に火を灯した物で試したが、上手く行かず、試しに智之の拳銃で撃ってみた所、成功を収めたのだ。

「しかし、発火弾なんかいつの間に作ってたんです? リドルさん」

「なんかに使えるかと思ってな」

「リドルさんて刀鍛冶なのになんで銃弾まで作れんのー?」

「スクライド家は、刀鍛冶と言うより武器商人と言った方が良いくらいありとあらゆる武器に精通しています。まだ異世界と文化交流をしていた時に持ち込まれた拳銃も、スクライド家の開発でこちらの世界独自の進化を遂げていると聞きいています」

「流石、150歳。生き字引やね」

「智之、人をじじい扱いしないで下さい」

 開いた扉の向こうは、また同じ仕掛けの部屋。そしてその次も。

 さくさくと仕掛けを解きながら、現状に似合わないのんびりした会話を繰り返す。
 その四人の姿を見て、集落の若者二人は

「この人達なら、なんか、大丈夫な気がして来た……」

「そうだな……」

 と、妙な歓心を得ていた。

「やっとこれで最後の部屋かな?」

「99階ってんだから、そうだろ」

「わかんねぇぞ? 実は100階まであるかもしれない」

「99階までが仕掛け部屋で、100階が石版の部屋と言うのも考えられますね」

「それが一番可能性高いかも」

 98階のダンジョンを抜ける6人の顔には、流石に疲れの色が浮かんでいた。

 ここまで、休憩をしながらとは言えやはり99階はキツイ。

 疲労も溜まって当然だが、99階の部屋に辿り着いた面々が見た物は、サルースの予測どおり、やっぱり仕掛部屋だった。

「はふぅ〜〜……」

「思いっきりやる気の無い溜息付いてんなよ智之」

「だってさー、見てみなよ一樹。あの動き回ってる光。かける5個」

「あー、何するか予測ついたな……」

 二人の会話中、サルースが見つけた仕掛の説明を読む所によると、予想通り、動き回る5つの光を踏む事が、扉を開く事の条件だった。
 が、その光は地水風化、それと光と闇の混ざった物の5種類の属性を持ち、それに相応する力を持った者が光を踏まなければならない。
 しかも、順番通りに。

「誰か順番知ってる人―?」

「聞いた事もねぇな」

「集落のお二人は?」

「いえ、集落にはそう言った伝承はありません」

「順番が関連している昔話、と言う物だったら、一つだけ知っていますが……お役には立たないかもしれません」 

 サルースが語るのは古からの昔話。

「昔、地水風化の四大属性の大精霊達と、闇と光の力を象った銅像を作り、祭っている街があったんです。
 その村には不治の病に掛かった母と、二人で暮らす幼子が居ました。
 幼子は母の病が治るようにと、毎日5つの銅像に祈りを捧げていたんです。
 それこそ、雨の日も雪の日も。その幼子の健気さが、銅像を通して四大精霊に伝わり、精霊達の力と、光と闇の力を掛け合わせた薬が、幼子の元に現れ、それを飲んだ母親は見違えるほど元気になり、幸せに暮らしたと言います。
 それ以来、5つの銅像に祈りを捧げると願いが適うと言う伝説が出来たんです。
 でも、それは幼子の通った順番通りに願いが適うまで何度でも、と言う条件付きでですがね。
 時代が進むに連れてその順番があやふやになってしまい、何通りかの説があります。
 なので、順番は結局わからないままです」

 大人しくサルースの語る伝承に耳を傾けていた面々だったが、これからの苦労を思ってか、疲れ切った声で智之が言葉を吐いた。

「って、事は。どれか正解を踏むまでやり続けなきゃならないのね……」

「それより問題は属性だ。人数ばかり気にして属性は気にしていなかっただろう?

「俺は魔法が使えないから無属性だ。お前等は二人共闇と光の混在だろ? サルース、お前は?」

「私は、シールの一族は大概封印魔法しか使いませんから、無属性と言ってもいいのですが、一応産まれ持った属性は風だそうです」

「んじゃ、集落のお二人さんは?」

「私は地、こいつは水です」

「……火が足りないのか」

 困った。火属性の人間がいなければ次の扉を開ける事は出来ない。しかし、98階まで来てしまっては今更引き返す事も出来ない。

 悩む6人の前に、石版から抜け出した風精霊と火精霊が踊り出た。

【なんでぇ湿気た面してんじゃねぇってんだよ!】

【地精霊、根性悪! 其敗北無念! 仕掛打破! 我協力!!】

「え?」

「協力って、どうやって?」

【我力、無属性注入!】

「げ…」

【少し熱いけど我慢しろってんだ!】

「が、頑張って〜、リドルさーん」

「智之、気持ち悪いから裏声で応援なんかするな! 余計にやる気無くなる!」

「ひどーい」

 こいつらと居ると貧乏くじを引かされてる気がする、と文句を言いながらも、リドルはフォイヤーの事を肩に乗せた。

【少々熱。我慢!】

 叫ぶとフォイヤーの体が赤く光る。

「ぅあっちぃーーーー!!」

 同時にリドルの絶叫も、室内に轟いた。

【終了! 我此侭。頑張!】

「ど、どこが! どこが少し熱いだ! 火傷してるじゃねーか!」

【我儘駄目!】

「我儘じゃねーだろこれは!」

「リドルさん鍛冶屋だから火傷くらい平気でしょ?」

 ぎゃあぎゃあと喧嘩を始める二人に、智之が油を注ぐ。

「それじゃぁお前がやってみるか? 勇者様?」

「それはいや」

「と、ともかく。一応治癒魔法を……」

 フォイヤーが肩から頭に移動した為に、はっきりと見て取れる火傷の跡は、割と酷い。
 サルースが中級の治癒魔法を使う。

「サルース、まともなのはお前だけだな」

 疲れ切ったリドルの言葉に、困ったような笑いしか出て来ないサルースだった。

「じゃ、始めますか?」

 治療の終了を見計らって一樹が言う。

 サルースの知っている説だけでも、順番は25通り。
 それの中に正解があれば良いが、正解が無かった場合……試す数は120。

「気ぃ遠くなって来たんですけど……」

「やるしかないだろう……」

「おい、お前等が弱音吐いてんなよ? お前等は二人居るから交代できるが、俺達は正解踏むまで走り通しなんだぜ?」

「そっか。…リドルさん。老体に鞭打って頑張ってるんだね!」

「一樹! 智之殺していいか?!」

「一応止めておきますが、どうしてもというならどうぞ」

「ちゃんと止めようよ一樹」

 どうやら、光を追って踏む事20回目にして、リドルは疲れの為に壊れかけているようだ。

「一応、伝わっている説は後5回ですから、頑張りましょう」

 息を弾ませながら、サルースが次の順番を話す。

 その行動がそれから繰り返される事5回以上。総計72回目にしてやっと、成功を収めるきっかけを掴んだ。

「踏んだ光が光ったのって、初めてじゃないか?」

「って事は、これが一個目正解って事?」

「風が1個めか。そうしたら後を試すだけだから……最大後24回で終れるな」

「しかし、正解が光るなら今までの中で2回目、3回目で正解があっても良さそうな物ですけどね?」

「初めからの順番通りに踏まないと光ってもくれないんじゃない?」

【地精霊根性悪! 最低!】

【あいつは相当捻くれてるからなー。ま、せいぜい頑張れってんだ!】

 2精霊の応援も加わって、ラストスパートに入る6人に、奇跡が起こった。なんと、2個目の光も光り輝いたのだ。

「れ? 光ってる?」

「光ってるから動くな智之!」

「次は、地か、火か、水か……」

 光の上から動けないサルースの元に、一樹が一枚の紙切れを持って近付く。

「サルース、精霊を司ってる方角に置いて、闇と光を中央に置いてみた。そうすると次は地か火だ」

「なぜ、そういった考えに?」

「精霊をその方角に置いたのは、街で銅像を作るなら、やっぱそれぞれの場所に置こうと思うだろ?
 順番は、子供がお参りした順番なんだろ?
 だったら家に近い順に効率良くまわるだろ?
 風の西が家のある位置なら次は真中の闇と光。
 次に北の地か南の火に行って、東の水に行ったら、南か、北に行って西に戻る」

「そうか、そう回れば同じ所を二回通る事も無いし……それじゃあ、火にして見ましょう」

「根拠は?」

「右か、左かと迷った時に、大体の人は右を優先させるからです。子供なら単純にそうするかと」

「だな、って事でリドルさん宜しく」

「これで失敗したら俺は寝るからな!」

 怒鳴り声と共に走り出す。

 動き回る光を捕まえるのは、流石に72回もやっていれば慣れるのか直ぐに捕える事が出来た。

「光った!」

「一樹の予想が当たってたんですね。そうしたら次は水です」

 それからは早かった。光を捉える事には慣れているわけだから、それから5分も掛からず最後の扉は開かれた。

「ねぇ、これって扉が開いても光放したら閉まるなんて事はあるかな?」

「あるかも……知れませんね」

「一樹。後は任せた」

「はいはい」

 扉が閉まる危険性を考えて、一人動ける一樹だけが扉の先へと進む。

「よく考えたらさ、この洞窟って5人用だよね? だったら動いても平気なんじゃない?」

 一樹の姿が見えなくなってから智之が皆に聞くが、それは精霊達によって即座に却下された。

【エーアデのやる事だからそれはねぇってんだ】

【地精霊根性悪! 心底悪! 九八階迄五人用。九九階突然六人用有得】

【人が落胆する顔を見るのか趣味だって言ってやがったからな。それもありだってんだ!】

「ほんと最悪……」

 精霊仲間を一言も庇いもせず話すと言う事は、本気で性格の悪い精霊なのだろう。

 石版を取りに行って、暫く経つ一樹の事が少し心配になって来た5人の元に、けたたましい声が聞えて来た。

【いやぁー! 美形がいっぱいー! そこの白銀の髪の少年と長身のお兄様お名前教えて下さらない?】

 声と同じくらい騒々しくサルースとリドルの間を飛び回る翠色の精霊が、どうやら地精霊エーアデの様だ。

「一樹、あれエーアデ?」

「みたいだ……」

 石版を持って100階から上がって来た一樹の顔には明らかに疲労の色が浮かんでいた。

 どうやら100階でずっとこのけたたましい声と共に精霊に迫られていたようだ。

「で、俺軽く無視されてる気がするんだけど何故かしら?」

【だって貴方普通なんだもん。エーアデ美形が好きなの】

「自分の事名前で呼ぶ奴ってムカツク」

【普通の人間に嫌われてもなんとも思わないも〜ん】

 べー、と舌を出して智之を挑発する。

「こいつマジでムカツク!」

【勝手にムカついてればぁ〜?】

 喧嘩を始める智之を見て、なんでこいつは精霊と相性が悪いんだろう、と一樹は溜息を付いた。智之と喧嘩をしていないのはフォイヤーだけだ。

【地精霊囂然! 我智之同意見!】

【フォイヤーってば久しぶりに会ったのにやっぱうるさーい。人の事はほっとけって感じ?】

【放置、其不可能! 地精霊暴走! 精霊全員恥!】

【なにー? エーアデが恥さらしだって言うのぉ? フォイヤーこそムカツク〜】

【地精霊開口禁止! 其言葉我嫌悪!!】

【めーれーしないでよねー】

 女同士の醜い闘いは、ひとしきりの休息を取った後、地上への帰り道でもずっと繰り広げられたと言う……