| 取 | 
        
          
            | 「寝てるぞ……」 
 「居眠りだね」
 
 「今のうちに集落に帰っちまおうぜ」
 
 洞窟から出て来た6人が見た物。それは『見張っている』と言っていたにもかかわらず居眠りをこいている敵の姿だった。
 
 「ま、俺等が洞窟攻略する間、良く待ってたと思うよ。実際」
 
 「ほんとにね」
 
 99階ダンジョンを攻略するのに掛かった日数はおよそ6日間。
 一週間分の食料しか持っていなかったのでギリギリの所だったのだ。
 
 「でも、6日間ずっとここで待ってたのか疑わしくない?」
 
 「確かにな」
 
 しかし、一樹と智之の会話はハズレだと言う事が直ぐにわかった。敵の周りに散らばる野宿用の道具の数々がそれを物語っていた。
 
 「このまま通り過ぎる?」
 
 「けど、なぁ……それもどうだろう? 人として」
 
 こう言う時に、容赦なく見捨てて先に勧めてしまうのが智之。折角待っててくれたんだし、と起さないまでも、起きる様な行動を取ってやるのが一樹。
 
 こうして二人はRPGをクリアする時に、レベルに大きな差が出ているのだ。
 
 「ここで対峙しておかないと、集落にまで迷惑が掛かるかもしれません。間の抜けた敵ですが、起すのならば油断はしない方が良いでしょう」
 
 「集落に迷惑がってのは同感だな。追ってこられたら面倒だ」
 
 「じゃ、起すか」
 
 と、智之が手にしたのは最大20発まで連射する事の出来るオートマチック式の拳銃だった。
 
 「智之、どうする気だ?」
 
 「こうする」
 
 言うが早いか、智之は眠っている敵に向けて銃を連射した。轟音と共に敵の周りには、体から一センチほどしか離れていない場所に銃創が出来て行く。
 
 思わず耳を塞ぐ轟音がしていると言うのに、目の前の敵は微動だに動く事はせず、それでも音で起きたのかゆっくりと目を開けた。
 
 「遅い。待ちくたびれたぞ、鍵」
 
 低い声と共に、顔の半分を覆っていたハイネック部分を下げる。それで、初めて魔物の顔が見えた。
 
 「居眠りこいてた奴が何言ってんだ」
 
 「居眠りするほど暇で長い時間だったんだ。石版はどこだ?」
 
 「持ってるよ」
 
 と、一樹が片手に持っていた石版をチラリと見せた。
 
 「他の2枚の石版は?」
 
 「さあ? どこでしょう?」
 
 「素直に出さんと、痛い目を見て貰う事になるぞ…」
 
 言葉を進めると共に、男の体からは緩やかに風の気配が流れ出して来ていた。
 
 「鍵一人居れば十分だ。後の者は死んで貰おう。特に、シール。貴様はな」
 
 前大戦でも二人は対峙した事があるのか、サルースの顔には緊張の色が浮かんでいる。
 
 「サルース、奴の実力は?」
 
 「強いです。力が強いと言うより、動きが速くて捕え辛い。石版を奪われないように気を付けて下さい」
 
 サルースの言葉に無言で頷き、智之と一樹は暗黙のうちに石版を持つ人間を智之に決めた。
 
 「……智之で大丈夫か?」
 
 「リドルさん酷い……」
 
 「動体視力と素早さなら智之の方が上です。それに、俺は石版抱えてるより戦闘に加わった方がやりやすい」
 
 「なるほどな」
 
 一樹の言葉に、頷いたのはリドルではなく敵の魔物だった。
 
 「トモユキ……たしか武術をやっているんだったな。カズキは、剣の使い手だったか?」
 
 「なんで、それを?」
 
 「エアストからの情報だ。裏切りの同胞から最後の土産だ」
 
 石版を奪わず、鍵を殺さないで戦いの場から退いたエアスト。
 カオスの下から離れたといっても、情報だけは置いていったようだ。
 
 「狙うはお前だ。行くぞ」
 
 短い合図と同時に魔物の姿が消えた。いや、消えたように見えた。瞬時に一樹の間合いまで詰めより、風を紡いだ剣を降り下げる。
 
 「うぁっ…!」
 
 「止めたか……」
 
 寸での所で己の刃で受け止めたが、一樹の体制は良くない。弾き返す力が入らない。
 
 「くっそ……!」
 
 力負けして押し切られるか、と思った瞬間、脇から氷の刃が飛んで来た。
 
 「なに?!」
 
 一樹から剣を外し、後ろに飛んで刃をかわす。と、同時に刃を放った人物を横目で確認する。
 
 「雑魚が……」
 
 集落の青年が、水の闘気をまとったまま、身構える。この青年もまた、攻撃魔法を使う事が出来たのだ。
 
 魔物は、振り向く事も無く大量の風の刃を作り出し、青年を襲わせる。
 
 「!」
 
 鎌鼬の様なそれは、気がついた時には既に青年に襲い掛かり、無数の裂傷を産んだが上手く避けたのか、致命傷にまでは至ってない。
 
 「しぶとい奴だ」
 
 魔物が新たな鎌鼬を作り上げ様として、止めた。
 
 「ちっ、気付かれたか」
 
 「不意打ちとはなかなか卑怯だな、鍵」
 
 「誉め言葉と受け取っとくよ」
 
 鎌鼬を作ろうとしていた気を、瞬時に刀に変えて、一樹の剣を受け止める。受けられた一樹は一度刃を合わせただけで後方へ飛んで間合いを取った。
 
 「…!」
 
 魔物が何かに気がつき、弾かれるように後方を振り向く。
 
 「シール! 貴様!」
 
 「もう遅い! カシェ!」
 
 戦闘開始から、リドルの後ろで詠唱をしていたサルースから白い光が放たれる。
 
 シール一族特有の封印呪文。
 
 「くっ!」
 
 輝く光が魔物を捕縛した。通常の魔物ならば、これで完全に封印できるが、相手の力が強い場合弱った状態で術をかけないと一回での封印は難しい。
 例に漏れずこの魔物も続けての詠唱を余儀なくされた。
 
 「ぐ……こんな、戒めなど……!」
 
 二回目の詠唱に入ったサルースの隙を突いて、魔物は捕縛された状態から周囲の風の気を物凄い集中力で取り込み始めた。
 
 「まずい、戒めが解ける!」
 
 「うあぁぁー!」
 
 雄叫びと共に、魔物の中から爆発的な風の気が放たれ、周囲に突風を巻き起こした。
 
 しかし、戒めを解くのに膨大な力を使った為に、魔物が一瞬無防備になった。それを逃すリドルではなかった。
 
 突風が弱まった途端魔物の元へ走りこみ、魔術を使う際の媒体となる石ごと右手首から先の手袋を切り落とす。
 
 瞬時に剣を持ち替え、落とした石に突き立てると、そのまま上へ上げて魔物の首へと突き付ける。
 
 「これで魔法攻撃は出来ないだろ? 媒体無しで魔術を使うのは命を削る」
 
 「ちっ」
 
 そろそろサルースの詠唱も終る。このまま捕縛して少しでもカオス側の状況を知りたい。
 
 戦闘の終わりを見て、僅かに智之が魔物に近付いた途端、魔物の体内から風の気が迸った。
 
 「何?!」
 
 「魔物が命を削らずして、戦いに挑んでいると思ったか?! ドライの名に於いて命ずる風よ、我が力となれ!」
 
 叫びと共に魔物―ドライの体はリドルの手から離れ、智之の後方へと移動していた。
 
 「石版は頂くぞ」
 
 「! いつの間に!」
 
 空間転移に物質移動。
 風の術の中でも超高等魔術の類に入る術を同時に2種類、しかも媒体無しで使ったのは、ドライの体に相当な負荷を掛けた。
 
 短く話すドライの息が荒い。口からは微量だが吐血が見られる。
 力を使った負荷は肺を破ったらしい。
 
 「次は、お前達を殺し、全てを奪う」
 
 言葉に掛かるように巻き起こった竜巻に、ドライの姿が見えなくなり、風が収まる事には消えていた。
 
 「なんで……」
 
 「一樹?」
 
 「なんでだ? なんで奴等はああまでしてカオスを復活させようとする?」
 
 「それは、魔物の世界にしようとしてるからじゃん?」
 
 「じゃぁツヴァイの言ってた事は? もう本当はどうしたかったのか解らなくなったって、あいつは言ってた。少なくとも自分は好んだ争いじゃないって。それは、奴等の信じてたカオスに、何か変化があったから出て来た言葉じゃないのか? あいつは、ドライはそれでも、カオスを信じるのか?」
 
 上手く言葉になっていないが、一樹の言いたい事はなんとなく、その場に居た者に伝わった。
 
 魔族とは、本来自分の欲望のままに狩りを楽しむ残虐的な物で、仲間意識など皆無に等しい。
 それが命を削ってまで石版を奪う事に専念する。
 そうまでして、カオスを信じている。ただそれだけなら、カオスの強さと魔物を従えるカリスマ性を窺えるが、ツヴァイやエアストの行動には、カオスの変化が見受けられる。
 
 最初は、『理想』に向かっていたカオスに賛同していたが、今は賛同しきれない。
 そんな感じがツヴァイの言葉に含まれている気がした。
 
 「ま、でも」
 
 シリアスな場に相応しくない声が聞えた。智之だ。
 全員の視線が智之に集まる。
 
 「悩んでも仕方ないから。先進もうよ。石版後一個あるし」
 
 「……そうだな」
 
 軽い溜息の後、笑いながら一樹は智之に賛同した。
 
 「サルースもこのまま一緒に来るだろ?」
 
 「いえ、あの男を追います。出来れば石版を取り戻しますが、それが不可能でも敵の戦況を探ってきます」
 
 「一人で平気か?」
 
 一樹の言葉に、サルースは笑顔で返す。
 
 「今までも一人でした。伊達にじじいじゃありませんから、引き際は心得てます。ご心配なさらず」
 
 そしてサルースはまた、一人旅立った。
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