「なんっか、のどかだね」

「だな」

 今までの街の中でも一番、街の人間が穏やかだ。

 街の名はヴァッサー。水田と豊かな台地が広がる水辺の街だった。水辺の、と言うか、水の上の街だ。

「全部船で移動なんだね」

「いえ、泳ぎです。私達ヴァッサー種は水中でも呼吸が出来ますから」

 話すのは街の長だった。が、長といっても智之達と同じくらいの年齢で、最近父が亡くなり急遽長の地位を継いだのでまだ慣れていないのだと語った。

「でも、鍵と洞窟の話は知ってます。ご安心を」

 そう言って若き長が持って来たのは大量の木の実だった。

「この木の実は、皮を剥いて噛むと空気を生み出す風の実と言われる物です。大切に使って下さいね。1個で約20分ほどの空気が吸入出来ます」

「ちょっとたんま。使うって事はさ、まさかとは思うけど、石版、この水の下とか言う?」

「はい。言います」

 にっこりと微笑む同い年の街長を、なんとなく殴りたい気分に狩られる智之であった。

「しかし、今日はもう遅いですから水中の温度も下がってますし、何より夜の水中は真っ黒で何も見えません。水中照明もお貸ししますが、明日日が昇ってからの方が良いでしょう。宿を用意してありますので、そちらをお使い下さい」

 長の言葉にそのまま用意された宿へと4人は向かった。

「ねぇ、シールの少年ってどんな感じの子だったの?」

 宿では女性のアテナ用に別室が用意されていたが、まだ寝るには早い今は一樹達の部屋に集まって武器の手入れ等を行なっていた。

「素直な感じの面白い奴だったよ。アスラさんには会わず終いだったもんねー」

「伝説の一族ってのを見てみたかったんだけどね」

 智之の言葉に合わせて、アテナはそう答えたが、実際会っては困る。

 アテナとサルースは前大戦で対峙しているのだ、顔を見れば一発で身元を明かされてしまうだろう。

「そう言えば、シールの子に私の事話さなかったの?」

「ああ、巫女だって話か? なんか機会無くてな。でも、まだガキだったから伝承なんかの話はあんま聞いてないとか言ってたな。リドルさんの事も噂程度にしか知らなかったみたいだし」

「そう……」

(良かった。一樹は勘が良いから巫女の話なんか知らないとでもサルースに言われてたらバレてたかもしれない。でも、今の言い方じゃ、気が付いてないわね)

 自分が居なかった間の旅の話を聞きたがるふりをしながら、アテナはサルースとの出会いで自分の正体がバレていないかを慎重に聞き出していた。

(ドライが上手くやったとして、残りの三枚と光と闇に剣はこの洞窟攻略後に私が奪わなきゃ……残ったのはフィンとドライだけ。戦闘力の高い二人が残ったのは幸いだったわね……)

 部屋に戻ってから、一人空を見上げる。満月が浮かんでいた。

「これで、お別れか……」

アテナは思いもよらずついて出た自分の言葉に、驚いた。

そして、その言葉を取り消すように部屋の明かりを消した。