ドライ達との戦闘の後、一行は一樹の治療の為、ヴァッサーへの宿泊をよぎなくされていた。

 与えられた自室で空を眺めていた一樹の耳に、ノックの音と共に、ドアを開く音が聞こえてきた。


「よ。具合どう?」

「思ったより痛みは無い。治癒魔法の御陰だろ」

「そか。食う?」

「食う」

 智之が持って来たのは街の特産品だと言うフルーツだ。
 形はマンゴーの様だが、皮ごと食べられ、ほのかな酸味がする。


 渡されたフルーツに噛みつきながら、一樹は智之の様子を伺った。

 いつもと変わらなく見えるが、実はかなり落ち込んでいるのが、長い付き合いだからこそわかる。

(どうするかな……)

 実の所、一樹も智之を浮上させてやるだけの余裕はない。

(アスラ……いや、アテナの事は、なんとなく気が付いてはいたんだけどな……)

 闇の魔法が使える事、あれだけ色々な術が使えるのなら、相当な使い手だろうに初級魔法しか使わなかった事、名前の事、魔物を助けた事、それから巫女だと言う話し。 


 一樹は家庭事情のせいで元々警戒心が強く、慎重に事を進めるタイプだ。信じるしかないと、以前アテナに言ったのも嘘ではないが、どこかに引っ掛かりを覚えていたのも確かだ。

(なんとなく気にはしていても、実際なってみると、案外きついな……)

「あのさ」

 自分の思考に入り込んでいた一樹に、ふいに智之が話掛ける。

「アスラさん、楽しくなかったかな?」

「は?」

「俺は、大変だったし、命掛かってるけど、正直楽しいし、今までも楽しかったんだ。一樹とリドルさんとアスラさんでパーティ組んでダンジョンまわるの。アスラさんは楽しくなかったのかな?」

「……完全に一歩引いた形で見ていたんなら、旅の間に見せた顔は皆嘘だろうな」  

「一樹には、引いてたように見えた?」

「いや……」

「だよね。したらアスラさん楽しかったよね?」

「少しは、そうだろうな」

 答えながら、一樹は智之の真意が掴めないでいた。楽しかったのなら、何故裏切ったのか? そう言いたいのかと思った。

 しかし、智之の口から出て来たのは意外な言葉だった。

「なら、アスラさん辛かったよね……」

「……そうだな」

 少しでも楽しかったなら、離れるのはそれなりに辛かっただろう。智之の落ち込みの原因はそこだったのだ。

 「戦うんだね。アスラさんと」

「そうだな」

「勝たないとね」

「ああ」

 暫くの沈黙の後、二人はいつもの調子で雑談を始めていた。

「サルース、起きてるか?」

「はい。どうぞ」

 智之が一樹を見舞っているのと同じ頃、リドルがサルースの元を訪ねていた。

「確かめたい事があってな」

 勧められた椅子に座りながらリドルが言う。何か思う所があるのか、サルースの表情は固い。

「カオスの事は、封印のつもりか、消滅のつもりか。どっちだ?」

「消滅を、望みます。シール一族はもう私しかいません。150年前は、鍵の存在が無かったので封印に留まりましたが、今は違う。鍵もいる。それに……『器』もいる」

「確かに、カオスを滅ぼす為の条件は揃っているがな……」

 話をする二人の表情は一様に暗い。カオスを滅ぼす為の『鍵』

 伝説の通りなら、一人だけの筈の『鍵』

「……伝説での鍵の役割は、剣を作る事と、封印の協力です。
 私の起こした戦いには鍵はいなかった。
 それは、それまでの封印が、光だけの物だったから……でも今は闇と光を折り込んだ結界のせいで、カオスはこちらの世界で異世界の住人を乗っ取らなくてはならなくなった」

 光の結界だけの時はオーミターションの住人を操れば扉は開いた。

 しかし、闇と光の編み込まれた結界が張られた今、異世界の住人を乗っ取る必要があった。
 その為、カオスは結界の隙を縫い、アテナを媒介にして、鍵の召喚に添って器となるべき者を呼んだ。

「奴等には、知らせないのか?」

「……カオスの魂が邪剣から抜けた時、聖剣で切る事が出来れば、危険な賭けはしなくて済みます」

「自信は、あるのか?」

「他に方法が無い以上、やるしかないんです……」

 それぞれの複雑な思いを包み込む様なやわらかい月光が、濃蒼の空に輝いていた。