歩を進めるごとに、空気が張り詰めて行くのが分かる。

 神聖でいて、暗い。

 今はカオスの意識が強い分、暗さが勝っている様にも思える。

 洞窟の通路に終わりが見えて来た頃、急激に気配が重くなった。

「遅かったな。サルース、それから、鍵」

「カオス……」

 仮宿の姿でもわかる。異世界への扉に続く階段に座っている男は、紛れも無くカオスその者だった。

 気付けば、入り口にはいつの間にか出現した扉が退路を断ち、室内にはドライ、フィン、そしてアテナの姿もあった。

「まず、直にその力を見せて貰おうか?」

 ニヤリとカオスの顔が歪むと、地面に出来ている影から、無数の魔物が出現した。

「こいつらは……!」

「この我が、仮宿を得てから何もせずに貴様等を待っていたと思ったか?」

 強い視線でサルースがカオスを睨む。

 出現した魔物の殆どが、150年の長い月日、サルースが封印し続けて来た魔物達だったからだ。

「そいつ等を倒してから、我と刃を交える事を許そう」

「くっそ…!」

 今直ぐにでも、カオスに向かって行きたい衝動を抑え、4人は魔物と対峙した。

 怒号と剣撃が入り乱れる中、異彩を放っていたのが智之だった。

 アテナに剣を奪われた事で、智之の剣を一樹に渡し、智之自身は剣から銃に変えていたのだ。

「切りがなー―い!」

「咆えても仕方ねぇだろ!」

「だってうざーい!」

 彼等なりに真剣なのだろうが、外野から見ればかなり緊張感の無い会話をする智之を一樹を見て、アテナはこんな時でもいつものペースを崩さない二人に、思わず笑いが込み上げて来た。

(! 駄目よ。奴等は敵。カオス様の理想を邪魔する敵よ……)

 言い聞かせるように心の中で念じる。しかし、このまま戦いを傍観しているだけでは何時また心が揺らぐか分からない。

「カオス様……」

 参戦を仰ぐアテナに、カオスは薄笑いと共に許可を与えた。

「……良いだろう。フィン、ドライ。お前等も参加しろ」

「はっ」

 雑魚の魔物は山と居る。いくら倒しても切りが無い。
 それがわかっていてカオスがこんな攻撃を仕掛けたのは、一樹のレベルを上げさせる為。そして、傷を負わせて同化しやすくさせる為。

(乗っ取った後低いレベルのままだと面倒だからな……それに……)

 カオスが一樹の体を乗っ取るには、邪剣の開放が条件だ。その為には聖剣を軸に作られている結界を解かなければならない。

(もっとだ。もっと血を流すといい……)

 魔物との戦いが激化するに比例して、封印の地がどんどん魔物の血で覆われて行く。

 そして、アテナ達3人の参戦により、サルース達の血も、流される。

「アスラさん! 俺、やっぱアスラさんの事攻撃できないよ!」

「そんな事言っても戦いは終らないわよ、智之」

「ねぇ、俺達といて楽しくなかった? 嫌だった? 全部演技だった? ほんの少しでも魔族に戻るの躊躇わなかった?」

「うるさい!」

「戻って、微かにも後悔しなかった?」

 智之の言葉に、アテナの攻撃が緩む。

 後悔……した、かもしれない。

 それでも今更戻れない。

 緩慢な動きになったアテナに変わって、智之をフィンの炎が襲った。

「アテナをそちらに引き込んだとしてどうする?」

「え?」

 体術に転じたフィンの攻撃を避けながら、智之はフィンの言葉に耳を貸した。

「魔族を人間が引き込んでどうする? 魔術を使って下働きでもさせるか? 牢に繋いで虐待をするか?」

「違う! そんな事しない!」

「ではどうする?」

「どうもしない! 仲間にどんな事でも強要なんかしない!」

「……そうか」

 怒鳴る智之の言葉に、何か納得したように呟くと、唖然とする智之を置いてフィンは攻撃をサルースへと転じた。

「シール。邪剣をどうするつもりだ?」

「敵に手の内を教えるとでも?」

「この封印の地は、お前等が来る前に数多くの血で汚してある。そこに魔物の血と、シール一族の血、鍵の血が加わった。俺の言わんとする事が分かるか?」

「まさか……カオスは血で結界を破るつもりか?!」

 血は、何者の物でも『汚れ』を現す。

 結界の上で多くの血を流せば結界を破れると、聞いた事はある。だが、それがどれくらいの量を流さなければならないのかは見当が付かない。

「そのまさかだ」

 しかしカオスは知ってた。どれほどの血が必要か。どの血を流せば結界が破れるか。

 もしこのまま血で結界が破れれた場合、カオス自らが邪剣の開放を行なうとなれば、剣から抜け出た魂を切り落とす事は不可能となる。

 振り向き、結界の状態を確かめるサルースの目に、最悪の事態が映った。

「結界が……」

 ひびが入り始めている。

 このまま血が流れ続ければ、結界が破られるのも時間の問題……

 また唐突に攻撃を止め、少し離れた場所に移動したフィンの視線がサルース達4人を収める。近い場所にいたせいか、皆今の会話が聞こえていたらしい。動揺が伺える。

「だけど、血を流さないように闘うなんて無理だよ!」

「サルース、まとめて一気に封印とか出来ないか?」

「無理です。シールの力はそんなに万能じゃない」

「俺が、乗っ取られなきゃ良い話だろ?」

「一樹……?」

 一先ず、敵の攻撃を避ける事に転じた智之と、背中合わせの状態で、一樹がサルースに確認を取る。

「サルース、お前俺達に隠してるだろ?」

「何を、です?」

「カオスの殺し方」

「?!」

 咄嗟に言葉が出て来なかった。バツの悪い表情で黙ってしまった事が、かえって肯定の合図となる。

「カオスを俺の中に入れて、俺ごと光と闇の剣で切れば、倒せるんだろ?」

「いつ、それを……?」

「ここに来る寸前。聖剣で切るだけなら俺達がここに呼ばれた意味が無い。
 それに、1人でいい所を2人もだ。
 そうしたら、どっちかが『鍵』で、どっちかがカオスを入れる為の『器』だって考えた方が自然だろう?
 それにこの事を暗示したように夢も見たしな」

 一樹の言葉に、サルースとリドルの表情が曇り、智之は驚愕に仰いだ。

「俺が一樹の事殺すって事か?!」

「そうなるな」

 あっさりと肯定する一樹に、智之は二の句が告げられなくなった。

 一樹はもう覚悟を決めている。

 そうなった時に誰がなんと言おうとも、他に方法が無い限り、一樹はそれを通そうとする。

 驚きは、智之の物だけではなかった。
 邪王軍にも、一樹の言葉は驚愕だった。

「死を前にして平常心でいられるとはな。お前をそうさせるのはなんだ? 正義感か? 責任感か?」

 フィンからの問いかけに、一瞬悩んでから、一樹は答えた。

「責任も正義も感じてねぇよ。やってみなくちゃ、死ぬかどうかわかんねぇだろ? そんだけだ」

「そうか」

 薄く笑みを溢す一樹に、フィンも釣られたのか、小さく笑った。

(エアストの言うとおり、おかしなやつ等だ……こいつ等なら、良いかもしれん)

 カオスの命令のままに、一樹達を襲い続ける魔物から少し退き、表情を固めたアテナの方を見る。

(一樹を殺す? そんな事、聞いてない、知らない。一樹が器? だったら、カオス様が勝つにしろ滅ぼされるにしろ、一樹は死ぬんじゃない……)

「アテナ」

 急に声を掛けられ、はっとしてフィンを振り向いた。

「どうするつもりだ?」

「どうって、何をよ……」

「鍵の元に戻りたいのかと思ってな」

「そんな訳……!」

「真意か?」

 真っ直ぐに睨み返されて、アテナは言葉が続かなくなる。

 カオスの為、カオスの理想の為にと、今日まで信じて疑わなかった。しかし……

(確かに、共存を望んでいるなら剣からの復活の為に手当たり次第の村を襲って虐殺しまくるのはおかしいと思ったわよ。
 私を拾ってくれた頃のカオス様では、絶対にやらなかった様な非道も犯して来た。何か、何かが違う様な気はしてた……)

 それでも、自分の様な子供は作りたくないから。

 自分の一族の様な末路は辿って欲しくないから。

(だからカオス様を信じ、カオス様の為に、助けられたこの命を……)

「アテナ、昔お前の村を襲ったのはカオス様だ」

「え?」

 フィンの冷めた様な、痛みを堪えるような声で、アテナの思考が中断される。

「異世界の者を妻に娶った村長が、授かった子供には光と闇の力が備わっていると聞き、カオス様は異世界侵略の重要な駒になると、お前を差し出すように村長に迫った。
 娘を道具にはさせないと、村長は申し出を断り、村人はお前を隠し、守った」

「……それで、皆殺しに…?」

「そうだ」

「嘘よ……」

「信じなくとも良い。だが、それが俺が知る事実だ」

 嘘だ、そう呟いてカオスの事を仰ぎ見る。
 仮宿の顔はしているが、そこには、禍々しく揺れる闇の気配と、アテナさえ、恐怖を抱く邪悪なる笑み。

「封印が解けるぞ!」

 笑みを崩さぬままのカオスが叫ぶ。その言葉に結界を振り向けば完全にひびが入り硝子のように砕け始めた結界が見える。

「一樹!」

 叫ぶサルースの声に、一樹が身構える。

 仮宿が剣を大地から抜き去った途端、黒い霧の様なカオスの魂が剣から溢れた。

 一瞬空中で留まり、一気に魂が体を突き刺す槍のように一樹に伸びる。

「絶対負けねー!」

 大人しく取り込まれてやるものか、一樹がそう怒鳴った瞬間、視界にあった黒い影を遮るものがあった。

 灰金髪の長い髪。

「アテナ?!」

 黒い霧に貫かれ、その霧を体内に取り入れた。

「シール! 聖剣を抜きなさい! 光と闇なら私の中にも混在してる……私が抑えている間に……!」

 アテナの声に弾かれたようにサルースが走る。
 諸共に崩れた結界の中から聖剣を引き抜くが遅かった。

 突如、アテナの口から血が吐かれた。

「アテナ!」

 倒れ込むアテナの体を一樹が受け止める。それと同時に全身から黒い霧が噴出した。

 アテナの中にある光の力だけでは、カオスを受け切れなかったのだ。

【アテナァア! 貴様ァ!】

 石版の精霊の時と同じ様に、直接頭に響く声が聞える。
 しかしそれは精霊の物とは比べ様にならない程、低く、暗く、脳に重くし掛かるような、そんな声だった。

 噴出した影が、一樹とアテナを襲う。

「させない!」

 サルースの聖剣が、影に届こうと言う所で、魔物達の手が、サルースを捕え、阻止する。

「くそっ数が多すぎる!」

 力量では勝っていても、うぞうぞと大挙されては切り払う動きが出来ない。

 そんな間にも再度カオスは一樹目掛け触手を向けた。

「馬鹿かお前は! 何で敵の俺庇ってんな怪我してんだよ!」

 受け止めたアテナの体を抱きながら、怒鳴る一樹に、うっすらと笑いを浮べながらアテナが呟いた。

「そんなの……」

「え?」

「そんなの、私が聞きたいわよ……」

 いつか一樹に言われた言葉を、そのまま返したのを最後に、アテナの体は、動く事はなかった……

 そのまま動かない一樹に、あと僅かでカオスの触手が届く。

 動かないアテナを見て、魔物の攻撃等気にもせず、走り寄る智之。

 二人共、完全に無防備な状態にあった。

「ちっ、世話の焼ける」

 短く叫んだのはドライだった。

 その言葉と共に、ドライとフィンが一樹と智之に向かって何かを投げ付けた。

 二人の前で床にぶつかり、割れたそれから真っ白な光が溢れ出した。

【貴様等もかぁ! ドライ! フィン!】

「貴方はもやは従うに値しない!」

「理想を違えた狂王に、ついて行く程馬鹿ではない」

 二人が投げたのは光の力が凝縮された結界石だった。
 投げられた事によって一時的に張られた結界が二人を包み、攻撃の手から遮った。

「カズキ、カオスの様子が変わっている事に気がついているか?」

 結界の中で、フィンに話し掛けられて、初めて一樹の視線がアテナの亡骸から離れた。

「様子?」

「お前達が倒した魔物の魂を吸収して、より強い力をつけている。もうああなったら剣で傷つけるのは難しい」

「誰かが押えてないと駄目って事か」

「そうだ。……折角、アテナが庇ってくれたが、お前の中にカオスを封じ、切らねば奴は消えない。ただし、封印だけ行なうのなら話は別だ。どうする?」

「でも、シール一族はもうサルースだけだ。この後で封印が薄れた時、誰が掛け直せるんだ?」

「だから、お前に聞いている。命を張るお前が決めろ」

「俺の自我が保っていられる確立は?」

「五分」

 フィンの言葉をしばし考えたが、一樹の中で、もう答えは出ていた。

「フィン、お前がちゃんとカオスと切れたと思って頼む。結界が消えたら、この剣を智之に渡してくれ。それから、迷うなって伝えて欲しい」  

「……分かった」

 一樹が決意を決めた頃、もう一つの結界では智之がドライに決意を求められていた。

「一樹を切るなんて出来ないよ!」

「しかし、お前がやらねばカズキは完全にカオスに乗っ取られ、この世界も、お前達の世界も滅ぼされるぞ」

「だからって、いきなり親友切り殺せって言われて、はいそうですかって切れるわけ無いだろ!」

「だが、その親友は覚悟を決めた様だぞ」

 ドライに促されて、一樹達の方を見ると、一樹がフィンに光と闇の剣を渡し、智之の方を見ている。

   行くぞ。

 一樹の視線は、そう語っていた。

「一樹……」

「切る者の技量によっては、カオスだけが滅びる事もある」

「なんだって?」

「切る鍵、切られる器の信頼。それと鍵の光の力。それが強ければ器だけを死の渕から救えるかもしれない」

 信頼……

 一樹は、きっと俺だから任せてくれたんだ。

 そう悟った智之も、やっと覚悟を決め、ドライに協力を申し込んだ。

「俺がフィンから剣を受け取るまで、援護頼めるかな?」

「承知した」

 ドライの承諾と共に、結界が薄れ始める。

【その体をよこすのだ! 器よ!】

「言われなくても、そのつもりだ!」

 声と共に襲い掛かる影。

 正面から受け止める一樹。

「一樹!」

「止めるなサルース。あいつはきっと死ぬ気なんざねぇよ」

「リドルさん、しかし……」

「智之の顔見てみろ、死なせる気なんか無いだろ?」

 視線を動かした先に、フィンから一樹の物だった剣を受け取る智之が写った。

「……分かりました。では、私も決戦に備えます」

「何をするつもりだ?」

「聖剣に力を集めます。その気を、一樹を切る直前の智之に注ぎます。聖の気で保護すればカオスにはダメージが大きくなっても、一樹の助かる確率は上がりますから」

 言いながらも、剣に気を集中し始めるサルースを庇うように自分の後ろに回す。

「だったら、俺は少しでも面倒が減るように雑魚を片付けておくか」

 二人を取り囲むように蠢く魔物に向け、リドルも剣を構えた。魔物の中をすり抜けながら、フィンが智之に剣を渡す。

「一樹は?!」

 左手で剣を受け取りつつ、右手の銃で魔物を倒す。フィンとドライに背後を任せながら智之が見たものは……

「うあぁああああ!」

「一樹!」

 黒い霧に包まれ、絶叫を上げる一樹の姿。

【我に、その体を! 魂を明け渡せ!】

「ぁああっぐ…ぁああ!」

 光と、闇が体内でせめぎ合い、一樹の精神を削る。

「どちらが勝るか……」

「一樹―!」

 智之の叫びを合図のように、一樹の体から強力な気が放出された。

「うわっ!」

 爆発を起したかの様な勢いで吹き荒れるそれの気配は……闇。

「手に入れたぞ。光と闇の器を……」

「一樹…!」

 一樹の顔で、一樹の声で、吐き出された言葉はカオスの物だった。

「異世界への扉、開けさせて貰うぞ!」

 黒い風が起こると、カオスの手にはいつの間にかアテナが握っていた筈の剣、一樹の物だった光と闇の剣が握られていた。

「智之! 彼を切るんです!」

 扉が開けられれば、智之達の世界もカオスの脅威に晒される事になる。開けさせるわけにはいかなかった。

「待て! カオス!」

 後を追う智之に向けて、カオスが鋭く剣を振るう。途端に風が巻き起こり、智之の体が吹き飛んだ。

「うわぁあ!」

「智之!」

 その姿を嘲るかのように笑みを浮べると、カオスは扉を切り落し、その中へと姿を消した。

「カオス!」

「智之、追え! ここに居る魔物を扉から出さない様に、俺が何とか食い止めてみる! お前とサルースで追うんだ!」

 後ろからリドルの怒鳴り声が聞こえてくる。それに続いてフィンの冷静な声が智之を後押しした。

「俺達も残る。行け!」

「わかった。頼んだよ!」

 リドルとフィン、ドライに背を向けて、智之とサルースは扉の向こうへと走り去った。



(ここが、異世界……)

 流れる風にカオスは芝生の上に立っていた。辺りは、同じ様に芝生で覆われ、見る限り一面が広場になっている。

(広場……公園……? 市設の場所……)

 始めて見る光景、初めて立つ場所、初めて感じる風。知らない筈のこの場所を、カオスは昔から良く知っていた。

(器の、記憶か……)

 一樹の魂との同化によって、カオスの中に新しい記憶が産まれる。

「こやつの住まう街か。ここは」

 歩を進め、辺りを見渡しながら魔力を集める。新しい体での威力を試して見るのには丁度良い場所だった。

 膨大な力を集め、放出し様としたその時

「待て!」

「追ってきたか……」

 カオスの背後に黒い影が出来上がり、その中から智之とサルースが現れた。

「ここ、うちの市の公園じゃん」

「智之の暮らす街ですか?」

「一樹もね」

「きっと、器の力に導かれたのでしょう」

 人の気配を気にしてか、辺りを見渡すサルースに、剣を構えながら智之が教える。

「ここは犬の散歩用広場なんだ。闘うならここがいいよ。人は滅多に来ないし、それに広い」

「分かりました」

 智之の言葉に、サルースも剣を構える。それを合図の様にカオスの攻撃が始った。

 先ほどまで溜めていた気を二人に向け放つ。黒い突風が巻き起こり、周りの木や芝生を巻き込んで吹き付ける風に、思わず目を閉じる。と、腕や足に鋭い痛みを感じる。

 風に隠された痛みの正体は、同時に起した鎌鼬だった。

「魔法攻撃は卑怯だ! 俺魔法使えないのに!」

「私が援護します。その隙に」

 サルースが両手を前に突き出すように動かすと、手を頂点にした白の防護壁が出来上がる。黒の風が吹き止むのを待つ間に、サルースは続けての詠唱を始める。

「智之、準備は良いですか?」

「おう!」

 風が緩むと、防護壁を掻き消し、サルースはカオスへと向かって走り出した。

 向かって来るサルースに、土塊で作った魔物を仕掛ける。

「サルース!」

 土塊には目も振らず、カオスの元へと駆け寄るサルースが、聖剣を握る手に力を込めた。強く地を蹴って、上空からカオスに向けて聖剣を振り下ろす。

 掲げた光と闇の剣で聖剣を受けると、瞬間的に力を抜いて体を後ろへと逃がす。自分が居た場所に、サルースが着地した瞬を狙い、地を蹴って前へと走り込む。

 突きの攻撃を身を捻りつつ後退する事で避けるが、僅かにカオスの早さが勝った。

「ぐっ…ぁ!」

 脇腹を傷つけた手応えに、カオスはそのまま剣を横薙ぎに振った。

「うあぁあっ!」

「不死の命とは言え、ここまで傷付ければ暫くは動けんだろう。それとも、このまま腹を切り裂くか?」

 更に剣に力を込めながら、ニヤリと笑うカオスの言葉に、サルースは怯む所か笑みを返した。

「……動けないのは、貴様も、同じだ」

「なに?」

「カシェ!」

 サルースの全身から白い光が発せられる。

「剣が、抜けない……! 自分の体を結界石変わりに、我の動きを封じたか?!」

「智之!」

 剣を握ったままの状態で動けなくなっているカオス目掛け、いつの間にか横に回り込んでいた智之が剣を振りかざす。

「起きろ馬鹿一樹―!」

 智之の怒鳴り声と共に、光と闇の剣が一樹の体内、カオスの魂へと食い込んだ。

「がぁあああ!!」

 一樹の声で、苦痛を込めた叫びが上がる。その絶叫に、智之は思わず耳を塞ぎたくなる。だが、それを堪え、剣を握る手に力を込め、しっかりと剣を突き刺す。

(一樹! 起きろ! カオスの中に居たら死んじゃうんだぞ!)

 心中で一樹への呼びかけを行ない続ける智之の思いが、緩やかな波となって剣を伝いカオスの精神へと入り込む。

 サルースもその並に合わせて聖剣の気を送り込む。わき腹に刺さった剣は引き抜いたが、いまだ呼吸は整わない。

(…起きて、一樹!)

 必死に精神を集中させて呼びかける。

「起きろ! 一樹!!」

「うわぁああぁあぁぁあ!!」

 断末魔の声を合図に眩い光が爆発的に膨らみ、あたり一帯を包み込んだ。