智之達が公園で巻き起こした闘いは、後に大きく報道に取り上げられた。

 いつの間にか撮られていた映像は、映画の撮影じゃないかと噂されたり、どこかの組織のパフォーマンスだと言われたりしていたが、事件としての扱いは無く、都心での出来事でもなかったせいか、話題はすぐに消え去った。

「いってきます」

 智之も、すでに元の生活に戻っていた。

 オーミターションへ行っていた間、こちらでは軽く騒動になっていたらしい。

 とは言え、学校は自宅の階段から落ちて怪我を負った為の休学となっていたあたり、智之の母はしっかりと言うかちゃっかりした根性の持ち主の様だ。

「智之、もう怪我良いのかよ?」

「うん。ご心配かけました」

 一方一樹は、そんな裏工作をしてくれる者もいない為、学校はずっと無断欠席扱いとなっていた。

「智之、お前なんか聞いてないのか?」

「うん……」

 いくらなんでも正直に話すわけにもいかず、一樹の話題が上がる度に、智之は曖昧な答えを返すしかなかった。

 一樹は、こちらの世界に戻って来なかったのだ。


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「俺は、こっちに残るよ」

 カオスとの戦いの後、蘇生に成功した一樹は、目覚めて最初にそう言った。

「一樹……残るって…?」

「俺な、カオスと同化してる時にあいつの記憶を見たんだ」 

「カオスの記憶?」

 そして一樹はその記憶を語った。

 差別されていた事。

 それでも歩み寄ろうとしたて、拒絶されていた事。

 最初に手を出したのは人間だった事。

 闘ううちにカオスの心が闇に狂った事。

 本当に最初は『理想』があった事。

「カオスの言う理想通り、光と闇の共存には中立に立つ者が必要だと思う。もし、俺で出来るなら役立ちたいんだ。死んでいったやつ等の為にも……」

 カオス。アテナ。

 そして、サルース……


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一樹の蘇生をフィン、ドライと共に行えた後で、サルースはその長い生の終焉を迎えた。

 一樹が意識を取り戻すのを待っていたかのように、サルースの体は徐々にサラサラと音を立てて砂となって行った。

「サルース!」

「驚かないで下さい。カオスを倒したら、こうなる事は分かっていたんです」

 カオスがサルースに掛けた呪い。

 永遠に生きるという呪い。

 長い、長い時間を一人で過ごし、生きる事が辛くなっても、サルースは死ぬ事が出来なかった。

「……私が死ぬのには、カオスを倒さなければならなかった。でも、カオスを倒す為には、器を、殺さなければならなかった……」

 異世界の住人を犠牲にしなければ得られない『死』と言う平穏。

 サルースは150年目にしてようやく手に入れたのだ。

「鍵と、器が信頼し合う仲でなければ、今回のように生き残る事は出来なかったでしょう。お二人が来てくれて、本当に感謝しています」

「何で言わなかったんだよ! 一言教えてくれれば、なんか出来たかもしれないのに!」

「言っても、こればかりはどうもなりません。カオスの力で止められていた時間が、一気に過ぎて行くのですから」

 そんな会話の最中にもどんどんサルースの体は砂へと変わり、大半が砂へと変わった時、サルースの口が動いた。

「二人と出会えて、楽しかった」

 そして、微笑みと共にサルースは時へと還っていった。 


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 一樹の言葉にリドルはもちろん、フィンとドライ。今まで姿を消していたエアストも協力を申し出た。

 共存への拠点となるのは、ツヴァイを受け入れてくれたヴァッサーの街と中央都市ツェントルムになるだろう。

 異世界への扉は、光の封印が施されていたが、今までとは形式が異なった。

 異世界と通じる何か。

 つまりは媒体となる物を持っていないと開かない封印にしたのだ。

 異世界との媒体を持つのは、過去に異世界に行った者と異世界から来た者。

 しかし、それらの者は既に天寿を尽きている。

 つまりは、今異世界に行く為には一樹に媒介を借りなければ行けないと言う事だ。

「俺が世界を変える、とか、そんなでかい事を言うつもりは無いけど、共存を望むやつ等の手助けを出来れば良いなと思う。どうせ元の世界に帰っても、待ってる人間はいないしな」

「一樹…俺……」

「お前は、お前に任せるけど、俺は帰った方が言いと思う。家族がいるんだから」

「……ごめん」

「謝る事じゃないだろ。それに、謝るんだったら俺の方だ」

「一樹が、残りたいなら仕方ないよ。また、会えるかもしれないし」

「俺が媒介無くさなきゃな」

 悪戯っぽく笑う一樹に、笑顔を返して、二人は分かれた。

「またな」


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 そうして、元の世界に智之は戻って来たのだが…

「久し振りに道場寄るかな……」

 学校も、なんだかつまらない。

 つい最近まで死闘を行っていた為か、体を動かしたくてしかたなかった。 

 道場に行き、今まで勝った試しのない先輩に乱取りの稽古をつけて貰うことにした。

「止めっ!」

 師範の怒鳴り声で、智之はやっと相手の先輩が落ちている事に気がついた。

「あや?」

「驚いたな……智之、お前いなくなってた間何してた? 山ごもりでもしたか?」

 落ちてしまった先輩に気付けしながら師範が聞いてくる。

「ってか、谷中先輩ってこんなに弱かったんだ」

「喧嘩売ってんのか? お前が強くなったんだよ」

「そぉかな?」

「そーだよ」

「そっか……」

 つまらない。

 ここ一週間程智之はずっとそんな感想を抱いていた。

(今までこんな風に思った事なかったんだけどなー…)

 折角の土曜休みだと言うのに、智之は自室でゴロゴロしていた。

「智、ちょっといい?」

「なにー?」

 部屋に現れたのは母だった。

「あんた、カズ君と二人で暮らすって、いつ実行するの? 準備とかしてるの?」

「あぁ……」

 実行出来るわけはない。一樹は、こちらの世界には居ないのだから。

「そのうち一人暮らしするかも」

「あんたが一人で暮らせる訳ないでしょ? ダメ男なんだから。カズ君、ほんとにどうしちゃったの?」

 問い掛けられて、智之は迷った。

 シラを切るには、母は智之の事も一樹の事も知りすぎている。ヘタな嘘は通じない。

 かと言って、本当の事を言っても通じるかどうか……

「こないだの騒ぎ覚えてる?」

「騒ぎ? 公園の方が大破して、超能力だなんだって、あれの事?」

「うん。あれさ、俺と一樹がやったって言ったら信じる?」

「はぁ?」

「実はね……」

 智之は今までの事を話し出す。

 ゲームから異世界に飛んだ事、石版の事、鍵の事、カオスの事。

 話す間、一言も口を挟まず聞いていた母は、無言で智之の額に手を当てた。

「熱はないわね」

「ないよ」

「これ何本に見える?」

「一本」

「幻覚も見てないっと……」

「あのさぁ母さん……」

 俺はまともだよ。そう言おうとした智之の言葉を遮って、母が口を開いた。

「で? その扉は閉じたままなの?」 

「へ?」

「なに間抜けな声出してるのよ。もう扉を通って異世界へは行けないのかって聞いてんのよ」

「いや、まだ行けるけど……」

「じゃあ、カズ君と二人暮らし出来るじゃない」

「は?」

「だから、あんたがそっち行けばいい話でしょ? 何悩んでんの」

「だって……」

 アテナの例がある。また必ず同じ時代に行けるとは限らないし、帰って来れるとは限らない。

「二度と、会えなくなるかもしれないんだよ?」

 真剣な眼差しで言う智之に、母は何でもない事の様に返す。

「かも、であって確実じゃないでしょ? それに、媒体を持ってれば高い確率でその時代に飛べるのよ」

「え?」

「行きたい時代の人間とお揃いの物とか持ってると一番良いんだけどね」

「母さん……?」

「いってらっしゃい。お前の田舎でもあるんだから」

 笑う母の姿が、誰かと重なった。

 異世界に行って、最初の頃に会った、耳の長い風のエルフ。

「スィーラ……さん?」

「長によろしくね」


   ********************


 ツェントルムで、リドルと共に鍛冶屋兼何でも屋を営む一樹の元に、地の石版を守っていたエーアデが飛んで来る。

【一樹―! 久しぶりぃ!】

「来た早々引っ付くな! 用件を言え!」

【ひどーい! わざわざ伝言を伝えに遠くから飛んで来てあげたエーアデに対する態度じゃなーい!】

「はいはい、ご苦労様。で? 用件は?」

【エアストから。扉に反応有り。直ぐ来られたし。だって】

「早く言え!」

 石版の精霊達はその役目を終え、自由になった筈なのだが、懐かれて…もとい、協力を申し出られて、各人の伝言用に役立って貰っている。

 エアストの所にエーアデ。一樹にはヴィンド。フィンにはヴァッサー、ドライとツヴァイの所にはフォイヤーがついている。
 扉についての急用との事で、一樹とリドルはヴィンドに頼んで風の超高等魔法、瞬間移動で扉の元へと飛ばして貰う。

「エアスト」

「一樹、リドル。やっと着たか。扉が光ったまま止まってるんだ。開くかもしれないからな、一応呼んだんだが、お前等の世界から開ける事は出来るのか?」

「いや、扉自体が無いからな。出来ない筈だけど……」

 では、何者がやって来るというのか?

 一樹に心当たりがないわけではなかった。

    『ゲーム』

 唯一の扉となる物。しかし、それを持っているのは一人だけで

 緊張した面持ちで扉を見守る三人は、1段と光が強くなるのを感じた。

「うわっ、眩しっ……」

 目を閉じかけた瞬間、バン! と言う物凄い音を立てて扉が開く。

「うっわー! 気持ち悪―! この扉通るのってこんな気持悪かったー?」

 叫びと共に扉から転げ出て来たのは……

「智之!」

「あー! よう。タダイマ」

「って、何してんだよ!」

「戻って来た」

「はぁ?」

「向こうの世界つまんなくてさ。一樹いないから」

「どう言う意味だ。って、それは置いといて。おふくろさんとか何て説得して来たんだよ?」

「ああ、そうだ。母さんがスィーラさんに宜しく言っといてくれって」

「はぁ??」

「とにかく立ち話もなんだから移動しようよー。俺なんか飲みたい」

「お前なー……」





        そして、二人の冒険は

          また

        始まった。