「さみっ……」

  寒さで目が醒める。 

 顔に草露が当たって頬を濡らす。

(は? 寒い?)

 自分で感じた事に違和感を感じ、一樹はかばっと勢い良く起き上がった。

(なんだ……これ……)

 足元に広がる草むら、頭上を覆い尽くす木々。

「俺の部屋はいつからこんなに広くなったんだ?」

 驚く所はそこじゃないだろう……

「おい、智之! 起きろ!」

 肩を揺するなんて優しいものではなく、背中を蹴飛ばして起こす。智之の寝起きが悪い事を熟知した起こし方だ。

 痛みに顔をしかめながら智之が目を覚ました。

「一樹…痛い……」

「そりゃよかった。痛みは生きてる証拠だ。そんな事より、回り見ろまわり!」

「ん〜?」

 言われて始めて気が付いた。自分が草むらの中に倒れている事に…

「綺麗な森だねぇ」

 俯せから仰向けに寝転がって、心底からの感想を言う。

 確かに、言われてみれば綺麗な場所だった。が、今はそんな事に感動している場合じゃないんだってば!

「まぁ、綺麗だけどな……」

 智之の言葉に焦りも動揺も含まれていないので、一樹も慌てていた気分が何処かへ遠のいた。

「焦っても仕方ねぇか。ここにいるって事実に変わりねぇしな」

 言いながら智之の横に座り込む。

 落ち着いて回りを見てみると、木漏れ日の加減から昼頃であろうと予測がついた。

 生い茂る木々からは、ここが日本ではない様な印象を受けた。

「とにかく、暗くならないうちに森を抜けて、誰か人が要る所に行かないとな」

 一樹の言葉に、賛成して、智之は勢いをつけて起き上がった。立って伸びをしながら辺りを見渡して、智之はある事に気が付いた。

「なぁ、一樹。アスラさんは?」

「あ、そー言えば……」

 ここに来る前、部屋では一緒にいた。とすれば原因は何にせよ、高い確立で彼女もここに来ていると考えていいだろう。

「どこ行ったんだろう? 捜しに行った方がいいかな?」

「方向も何もわかんないこの森の中でか?逆に俺達が迷うぞ」

「だよねー」

  さてどうするか。と悩んでいると…

「なんか、音しなかったか?]

「したね。茂みの揺れる音に混じって、なんか嫌ぁな音が……」

「音って言うか……]

「声って言う…か…」

 口調と同様に、恐る恐るゆっくりと首をめぐらせると、そこには鋭い牙と、爪を二人に向けて、今まさに襲い掛からんとしている巨大な化け物が居た。

「でっかい芋虫!]

「ぎゃー! 気持ち悪りぃー!」

 緊張感の無い台詞を吐きながらも、咄嗟に後ろに避けたお陰で、芋虫の繰り出した攻撃からは逃れていた。

「うわー、メッチャよだれたらしてる…」

「やっぱ、俺達の事は珍しい食材にしか見えてねぇな」

「だね。どうする? 一樹」

「お前の範疇だろ」

「なんで!」

「お前戦闘得意だろ? 俺は頭脳労働派」

「それRPGやってる時の役割じゃん! 何でも屋が良く言うよ。自分だって喧嘩上等のくせに!」

「ありゃ相手が雑魚なんだ。頑張れ武道七段」

「剣道師範代のくせに!」

「剣が無い」

「俺、こんなの殴り殺すのやだよー!」

「急所が何処かもわからんしなぁ」
 
 漫才のの様な掛け合いをしながらも、芋虫の動きが遅いのも手伝って、攻撃を避け切って来た二人だが、迂闊な事に周りを見ないで逃げて来た為に崖端へと追い詰められてしまった。

「さてどうするよ、智之さん」

「どうしようかねぇ、一樹さん」

「智之、覚悟を決めて殴り倒せ!」

「うわーん! やっぱり!」

 命には変えられない、と覚悟を決めて智之が拳を振り上げた、その時

「ぎゅわぁあああぁああぁあ!」

「へ?」

 紫色の不気味な煙を上げながら、芋虫が砂の様に崩れていった。

「なんだ…?」

 一体どうなっているのか、きょとんとしている二人の視界に、紫煙の向こう側にいる人物が入った。

「ちっ、男か」

 大剣を構えた男。

 芋虫を切り伏せたであろう姿勢から、彼が発した第一声がこれだった。