「で? お前達は異世界から来た…と?」

  疑いのまなざしを向けながら問うているのは、先程智之と一樹を芋虫から助けてくれた男。

 取り合えず助けられたその場で、適当な丸太やらに腰掛けて

  『なんで森の中に武器も持たずに居たのか』

 を説明していた二人なのだが、右目に大きな傷のある、長身の男に睨まれて、頷く二人の表情に、僅かとは言え脅えが含まれているのは仕方ないだろう。

「お前等二人が異世界の住人だって言う証拠は?」

 言われて二人は顔を見合わせた。

 証拠、と言われてぱっと思い浮かぶ物がない。

「証拠ったって……」

  悩む二人に重ねて男が言う。

「何百年か前は異世界の文化を学びに扉を開けてたって話だ。そっちの方が文明は進んでいるんだろう?」

 そう言われてアスラの言葉を思い出した。

  『科学は無いと思います』

 だったら何かデジタル商品を見せればいいのだ。

「そーだ! 携帯!」

 と、智之が取り出したのは携帯電話だった。

「なんだ? これは?」

「電話って知ってる?」

「しらん」

 即効で返事を返す男の反応に、智之はアスラの時に引き続き、説明役を一樹に委ねた。

「電話ってのは機械と機械を特別な線で結んで、どんなに遠くにいる相手とも話が出来る物なんだけど、これは線なしで話が出来るんだ」

「ほほぅ」

 一樹の説明で携帯の機能をなんとなく理解した男に、智之が重ねて説明を始めた。

「電気で動いてるんだけど、その電気を送る中継基地があって、そこを通して相手と話が出来るんだ。今はその中継基地が無いから話しは出来ないけどね。証拠にはなるだろ?」

 と威張る智之に男は冷たい視線を投げ掛け……

「動かないんじゃ、証拠にはならんな」

 と言い放った。

「そんなぁ! どうしよう一樹ー」

「ったってなぁ……」

 再び二人が困り出した、その時…

 ピピピピピピピピピピ!

「うわぁ!」

 携帯を持っていた智之を含めた三人の声が重なった。

「なんだ? なんの音だ!」

「わー! 落ち着いて! 剣しまって!」

「この音はなんだ?!」

「携帯のアラームだよ!」

「アラーム? アラームってなんだ?」

「時計だ時計! 自分の好きな時間に音を出すからくりがある時計!」

 聞きなれない音を警戒して、剣を握っていた男の手から力が抜けた。

 どうやら時計で納得した様だ。

「今後不用意にそれを鳴らすなよ」

 腰に剣を戻しながら言う男を怖い物知らずな事に、智之がからかう。

「なんだー? お兄さん見かけによらず怖がりさん?」

「切られたいか?」

「遠慮しまーす」

 この出来事を切っ掛けに、二人が話す異文化の数々に男はやっと二人を異世界の住人だと認めた様だ。

「しかし、扉も通らず、どうやってこっちの世界に来たんだ?」

 男が言うには、聖剣と邪剣の二つで、もしくは伝説の光と闇が共存する剣で扉の封印を解かないと、異世界との交流は不可能なんだそうだが……

「それは俺達にもわからない。ただ俺達はゲームをやろうとして…」

「そうしたらアスラさんが……」

 二人が交互に状況説明をしていると、男から待ったが掛かった。

「ゲームって何だ? アスラって誰だ?」「あぁ、ゲームってのは自分が主人公になり切って読んでいく、動く絵本」

 と、一樹がアスラにしたのとまったく同じ説明を智之が男にした。

「アスラってのは、俺が向こうの世界の道で拾った不思議な姉さん。どうも俺達の世界の住人じゃなかったみたいだ」

 アスラの言う事を全く信じていなかった二人だが、自分達がこんな状況になったら信じるしかないだろう。

「で? そのゲームってのはどんな話だったんだ?」

「魔王が世界を征服して、それをシールって一族が封印して…って話し」

「なんだと?」

 ゲームの内容に男が大きく反応した。

 確かアスラもシールと言う言葉に反応していた。

「なんだよ?」

 声を上げたまま黙ってしまった男に少し苛立った感じに一樹が聞く。

「魔王もシールも封印も、こっちの世界じゃ現実だからさ」

「…え?」

 どうやら今度は二人がこの世界の事を聞く番の様だ。

「いいか、この世界は白と黒の魔術が支配する世界だ。人々が暮らすのに使う火や水なんかは全て魔術で作った物だ」

「じゃあ住人は皆魔術師って事か?」

「そうだが少し違う。魔術は当たり前の物だからな、その中でも攻撃・防御・治癒魔法や召喚術と言った戦闘向けな魔術を操る人間を魔術師と呼んでいる」

 うんうん、と新しいゲームや漫画の説明を聞いているかの様に、すでにこの状況を楽しみ始めている智之と違い、一樹は冷静だった。

「魔術についての細かい事は後で聞くとして、どうして俺達がこの世界に来たのか、どうしたら帰れるのかはわかるか?」

 これからこの世界でどう動いたらいいか、なにをしたらいいのかはそれで決まる。

 一樹の頭は既にそちらに向いていた。

「お前達がこの世界に来た理由はたぶん、お前達が鍵だからだ」

「鍵?」

「扉を開くのには鍵の存在が必要だ」

「ちょっと待て。長くなってもいいから順を追って説明してくれ」

 一樹の申し出に、男は少し考えてから一つの提案を出した。

「場所を変えないか? この森は夜になるとレベルの高いモンスターが出現する。その前に出たいんだが?」

「あ、でもアスラさんが……」

 もし、彼女がここに来ているのなら、女一人でこの森の中に残して行く訳には行かない。

「一回り探して来るか……」

 と結論を出すが早いか、男が立ち上がりその場を離れようとした時、背後から物音が聞こえた。

「まさか……」

「またモンスター?」

 男が無言で剣に手を掛けた。

 音が段々と近づいてきて、三人の目の前にあった茂みが揺れ動き、音の正体が現れた。

「アスラさん!」

「ちょっと、こんな所に居たの? 探したわよ!」

「モンスターに襲われて移動せざるえなかったんだよ。そっちも無事みたいで良かった」

 無事再開を果たした二人に、アスラは二人をいくら起しても起きなかったので村が無いか探しに行っていたと報告し、二人はモンスターから助けてくれた人として男を紹介した。

「あれ? そう言えば名前聞いてないや」

「そう言えば名乗ってなかったな。俺はリドル。リドル=スクライド。職業は刀鍛冶だ」

「刀鍛冶? 見えねー」

「ほっとけ。で? そっちの姉さんは?」

「ただの剣士兼闇魔術見習いですわ」

「ふぅん…ただの剣士が異世界にねぇ…」

 リドルが訝しげな視線を送るが、アテナはそれを笑顔で返したが、余計な追求を避ける様にも見えた。

「ともかく、移動するぞ」

 リドルに促されて三人は森から脱出した。