| (間違い無いわね……)
 少し時をさかのぼった頃、目が醒めてからアスラは二人を置いて森を抜けていた。
 
 森のすぐ近くには小さな村があり、人々の様子を見る限りここは自分のいた世界だと確認できた。
 
 
 (でも・・・・・・何か変だわ)
 
 アスラは村を歩きながら違和感を感じた。何が違うとは言い切れなかったが、何かが違う気がしてならなかった。
 
 そんな時、ふと耳に村人達の会話が入ってきた。
 
 「去年、一昨年と豊作が続いたが、今年はダメだな」
 
 「邪軍の仕業に違いないよ。気候を操ってあたし等の暮らしを台無しにしてるのさ」
 
 この会話を聞いてアスラは目を見張った。
 
 (私が異世界に落ちる直前は豊作だったはず・・・・・・それに邪軍の仕業ですって?! あの時、邪王は封印されたのではなかったの? この世界は、今誰が支配している? もし、本当に邪軍が支配しているのなら・・・・・・あの方は無事なのだわ。我が王、カオス様!)
 
 表情にはつとめて出さずにアスラ・・・いや、邪王カオスの腹心アテナは王の健在を喜んだ。しかし、歩くにつれて解ってくる村の様子に、その考えを否定しなければならないような気になって来た。
 
 (カオス様が統治しているのなら、なぜ世界に『光』があるの? 今年が凶作と言う事は私が飛ばされてから何年か経っているの? そうだとしても、それなら尚更この闇でも光でもない世界の状態はなんなの?)
 
 カオスが封印されているのなら、世界は光に溢れ空には青海が広がる。逆に、邪王カオスの統治下であれば世界は闇に染まり、暗黒の世界となっている筈だ。しかし、今この世界は薄い雲に覆われた空から時折光が差す。
 まさに、『闇』でも『光』でも無い状態だ。
 
 さまざまな疑問を抱えつつ歩いていると、路地から飛び出してきた子供とまともにぶつかってしまった。
 普段ならこんな失態はやらないが、考えに入り込んで気が付いた時には避けられない状況だった。まともにぶつかった二人は体制を崩して道に転がってしまった。
 
 「いっててて・・・・・・ごめんな姉ちゃん。大丈夫?」
 
 「まぁ、平気よ。手を擦りむいただけで」
 
 優しげな言葉とは異なった怒りの表情が少年を怯えさせた。正体を隠している状況でなかったら、即座に叩切っている所だ。
 
 笑顔で睨むアスラに、怯えながらも目を向けていた少年は、ある事に気が付いた。
 
 「あれ? 姉ちゃん変わった服だね。これ、どこの民族服?」
 
 「え、これは・・・・・・」
 
 (そういえば、異世界の子供から服を借りてたんだわ・・・・・・)
 
 とは言え、簡単に異世界の物だとは言えるわけも無く、少年の問いに答えあぐねていると・・・
 
 「あー!」
 
 突然少年が叫んだ。
 
 「姉ちゃん異世界から来た鍵なんでしょ?! 当たりだろ?」
 
 「え、違・・・っ!」
 
 否定しながらアテナはあたり一面に聞こえる大声で叫んだ少年の口を慌てて塞いだが、遅かった。
 
 「鍵?」
 
 「鍵だと?」
 
 騒ぎにしたくなかったアテナの心境を裏切って、周りにいた村人達がざわつき始めてしまったのだ。
 
 (まずいわ、こんな中でもし闘神アテナだと解ったら、いくら村人の雑魚相手でも人数的に絶対不利・・・・・・)
 
 瞬時にそう判断したアテナは少年を放り出し、踵を帰して村の入り口に戻ろうとするが、周りはもう村人に囲まれてしまっていた。
 
 「鍵よ、勇者よ! 良くぞ参ってこられた。さぁ、長老の所にご案内いたそう」
 
 さぁさぁ、と強引に背中を押され、村の奥へと連れて行かれる。
 
 「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて人の話を・・・・・!」
 
 「いやいや、詳しい話は長老の元で。さぁ、こっちじゃ」
 
 「ちょっとぉ!!」
 
 (人の話を聞けー!)
 
 心中で怒鳴りながらアテナは長老の元へと連行・・・・・・ではなく、案内されてしまった。
 
 「私は鍵じゃない!」
 
 長老の前に座らされて、アテナは開口一番にそう言い切った。
 
 「しかし・・・・・・それはまぎれもなく異世界の服」
 
 「私は異世界の『鍵』をこの世界に誘う巫女役。この服は異世界に行った時に借りたものです」
 
 「では本当に鍵では・・・・・・」
 
 「無いです!」
 
 本来ならば巫女役などありはしないのだが、アテナの口からでまかせを信じているあたりこの村は、シール一族や賢者、聖者とは縁遠いらしい。
 
 「カオスの封印が解けてから苦しい生活がつづいとってのぉ。やっと救いの手が現れたかと思ったのじゃが・・・違ったか・・・・・・」
 
 落胆する一同に気が付かれないような冷たい視線を投げかけて、アテナは情報を引き出せるだけ引き出そうと思った。
 
 「申し訳ないんだけど、異世界とこっちの時の流れが違うみたいなの。私が異世界で暮らした時間はたったの丸一日だけど、こっちでは何年の月日が経ってるのかしら? 私が異世界に行ったのは『シール一族』が滅んだ年の三年後、オーミターション歴4682年」
  アテナが年号を言うと、長老だけでなく周りの村人からも驚きを含んだ声が上がった。 「なんです?」  その声に苛立ったアテナのキツイ視線を受けて、長老は言葉を切り出した。とても言いずらそうに。 「お前さん、これからが大変じゃぞ」 「だから、要点を話して!」
 「今の年号はオーミターション歴4829年。お前さんの時代から147年も経っておる」
 
 「・・・・・・・・・何ですって・・・?」
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