の命 U
 街の入り口で客と分かれた二人は、これからの旅に必要な細々した物の買い出しに、街の中心部に来ていた。

「カディ、カーパラが売ってるよ。買っておこうか」

 こくりと頷くカディに軽く笑みを向けて、その表情のまま露店商を振り返る。

「すいません、これを……六枚下さい」

 しばらく考えてから出した枚数は自分達二人と、これから雇って貰うかもしれない客の三人分を一人頭二枚づつ。と言う計算だが露店商はおおいに驚いた。

「あんた等、旅の者にしちゃ金持ちだねぇ」
「あはは、旅ばっかりしてるから固形食糧買う以外にあんまり使わないんですよー」

 六枚のカーパラを包んだダバの葉と、数枚の銀貨を交換する。
 カーパラとはさ砂き黄地方でしか取れない植物を乾かして粉にし、それをさは砂白地方近くのオアシスから汲める水と混ぜた後、釜で焼いた物だ。
 素材の入手困難さからと、一口食べるだけで一日分の食事に値する栄養値と 満腹感を与えてくれる不思議な特質の為、市場に出る時には必ず高値が付けられる。
 それを包むダバの葉は、比較的どの地方でも手に入る常緑樹の葉で、大人の手よりも大きい葉の部分に高い殺菌作用を持っている為、食糧等の包みや器として利用されている。

「さて、どうしようかカディ。微妙な時間だけどやっぱり宿取っておこうか?」

 大体の買い物を終えてから日の傾きを見ると、もう真上より少し西に傾いて来ていた。

 今から街を出て少し急げば次の街まで行けない事もないが、途中で蟲に襲われればその予定も狂う。この砂黄地方は日中の温度が体温以上にまであがり、夜になると一気に冷える温度差の激しい場所として有名だ。
 少し早くても無理して先に進まず、当初の予定通り宿を取って一泊していくのが得策だろう。
 カディの同意を得てナークは辺りを見回して宿屋らしき建物を探す。
 街を囲む外壁と同じ様に土を固めて作った建物が並ぶなか、宿の看板を掲げた店を見付ける。

「外観からしてそこそこ大きい宿みたいだし、綺麗そうだからあそこ行ってみようか?」

 ラナクを連れての旅は楽な部分もあるが宿に困る事がしばしばある。
 移動手段とは言えラナクは動物だ。入店を断る店がほとんどで、まれに受け入れがあった時でも貴重な動物なので店の者に盗まれかねないのだ。
 だからきっちり指導の行き届いた世話番のいる大きめの宿が必要になってくる。

「すみませーん」
「はーい、いらっしゃいませ!」

 扉変わりにピンと張られた布越しに声をかけると、元気な高い声と共に布が勢い良くまくり上げられた。

「お休みですか? お泊まりですか?」

 出てきたのはナーク達よりもやや年若と見られる少女で、元は白かったのであろう肌が日の光に晒されて少し黒く色付いている。

 それに良く似合う赤みの強い外はねの髪が腰の辺りまで伸びていて、見る者に活発そうな印象を与えていた。

「泊まりたいんだけど、ラナク連れなんだ。平気かな?」
「え、ラナク? うそ、ほんとだ! うわぁ、触らせて!!」
「あぁ、いいよ」
「やったー!」

 宿の中から飛び付かんばかりの勢いでラナクに駆け寄る少女に、手綱を持っていたカディとラナクは驚いて僅かに緊張したが、ラナクの体に触れる少女の手がとても優しくて、すぐその緊張は解けた。

「あー、ラナクがカディ以外になついてる! 俺にはまだなついてくれないのに」
「え? そうなの?」

 少し長めの顔を撫でてやると、ラナクは少女にその鼻面を寄せてきた。
 擦り寄る様な仕草は甘えている証拠だ。
 ラナクはあまり人になつかない。しかし反抗も見せず言う事を聞く辺り、元来おとなしい性格の動物なのだ。

「そうだよ。ほら見ててごらん?」

 と言ってナークが手を伸ばすと、その手を避ける様にラナクがふいと身をよじる。

「ほら、そっぽむかれた」
「ほんとだ」

 むすっとした様子でラナクを見るナークにクスクスと小さな笑みを零して少女はラナクを撫でる。

「こらティコ! いつまでお客さんを立ちっぱなしにさせてるんだ! さっさとご案内しろ!」
「やば……! はーい! 今すぐ!」

 店の置くから聞こえてきた野太い怒鳴り声にティコと呼ばれた少女は首をすくめた。
 ばつの悪そうな苦笑いでナーク達を見るとこっち、と手招きをして店の中に入る。

「あ、ナラクは……?」

 上げてもいいのか? と言う質問に返ってきた答えは少女の物ではなく、先ほどの怒鳴り声の主からだった。

「ラナクの小屋も中に作ってあるんでさ。入れてやって下さい」

 ドアを潜りながら聞いたその声は先ほどの怒鳴り声よりは幾分優しげな色が見られたが、地声が大声なのか、ちょっと怖い。

「お、おじゃましまーす」

 ほんのり引け腰の状態でナークとカディは今夜の宿にありついた。