砂の命 | V |
「へぇー。じゃぁ噂の蟲司はナークの事だったんだ」 「噂って、この街に入った時に蟲一匹倒しただけなのに大げさだなぁ」 宿の中にある食堂で夕食を取っていたナークとカディの元に、店の娘であるティコが遊びに来て話し込んでいた。 この街から出た事が無いティコは、泊り客に外の話を聞くのが好きなのだそうで、この時も二人の話を楽しそうに聞いていた。 「門番の叔父さんが『すげーのを見た!』って言いふらして回ってるからすぐ噂になっちゃったんだよ。それに、蟲司ってもう数が少ない一族なんでしょ?」 「あぁ、まぁね」 ティコの問いに、ナークは珍しく暗い表情で答えた。それに気がついたティコは、あっと小さく声を漏らして口に手を当てた。 少ない一族、と言う事は何名かを残して他の者は死んでいる、と言う事だ。明るく話せる話題でもない。 「ティコ、気にしないで。滅んで行った一族はうちの一族だけじゃないし。この街だって、そう言う人達が多いんだろ?」 やわらかく微笑んで言うナークに、ほっとした表情を浮かべてティコは頷く。 「この街は砂黄の真ん中。砂赤や砂黒の地方へ抜ける通り道でもあるから色々な人が集るんだ」 話すティコの『砂黒』と言う言葉に、注意しなければ分からない程度にカディが反応した。それは驚きとも困惑とも、怯えとも言えない微妙な表情だった。 「カディ、どうかした?」 そんな僅かなカディの表情に気がついたティコが気遣わしげにカディへ声をかける。 と、カディからはふんわりとしたとても優しい笑顔を向けられた。 それから軽く握っていた杯を持ち上げる。 それだけでティコは無言の中に隠された意味を見つけてカディから杯は受け取った。 「おかわりだね。ちょっと待ってて」 すっくと立ち上がって厨房の方へと姿を消した。 「カディ、平気?」 ティコが消えたのを確認してからナークが問うと、カディはティコに向けたのと同じような優しい笑みで返して来た。 大丈夫だ、と言う事なのだろうがカディの手は僅かに震えていた。 「お待たせー! このお酒気に入った?」 杯と共に小さな盆に杯の中と同じ酒の入った瓶を乗せてティコが戻って来た。 瓶の中の酒はこの砂黄特有の植物、カラの実から作った赤い酒で、口当たりが良く飲み易い。 ナークは密かにカディの瞳の色と似ているな、と思っていたのだが、そんな事を言ったら飲む気が失せると怒られそうなので黙っていた。 「飲みやすいからって沢山飲むと悪酔いするから気をつけてね」 カディに杯を渡してナークにも新しい酒を注ぐ。手馴れた動作からいかに普段から店の仕事を手伝っているかが読み取れた。 「ねぇ、最初っから思ってたんだけどナークの髪って綺麗な青だよね。させ砂青の出身?」 酒を注ぎ終わると、ティコはまた二人の席について話を始めた。別段二人もそれを気にする事は無く話を続ける。 「うん、そう。でも蟲司だって分かってるなら砂青出身だって気が付かなかった?」 「だって、蟲司の名前は有名で知ってたけど、蟲司の一族がどこの出身かなんて知らなかったんだもん」 本人にしたら本心からの疑問なのだろうが、取る人によってかなりの嫌味にも聞こえる発言を、ナークは結構する。 この質問も少しティコを不機嫌にさせたらしく答える口調はぶっきらぼうな物だった。 「おい! 誰か手を貸してくれ! 女の子が蟲にやられたらしい!」 バタン! と派手な音を立てて宿の扉が開いたと思ったら、そんな怒鳴り声が続いた。 ざわついた店内でナークとカディも顔を見合わせてから急いで宿を出た。 |
1 章 |