の命 W

 駆け付けた先に見たのは血だらけの少女。

「この傷は羽蟲……でも傷が少なすぎる」

 大人の小指ほどの体をし、鋭く切れる羽を持つ羽蟲は集団で人を襲いその血を食する。
 だが、倒れている少女の体には切り刻まれた後が少なすぎる。
 不思議がるナークをよそに、街の者達が少女を担ぎ安全な場所へと避難する。
 移動した街中で大勢が見守りつつ少女の治療が始まった。と、その時ナークが気がつく。

「傷が……」

 深かく切り裂かれている傷以外、細かい傷は見当たらず、既に直っている傷痕もみえた。

「カディ……」

 小さく名を呼ぶナークに、視線は少女に向けたままカディは神妙な表情で頷いた。
 二人のやり取りを見ていたティコがいぶかしむような視線を少女に向けたが、大人達はそんな事に気が付かず大騒ぎをしながら街でただ一人の医者を連れて来た。

「こりゃひどい。この子は以前にも羽蟲に襲われた事があるんだな。よく生き延びた物だ」

 治っていた傷を見て医者は古傷と診たようだ。ナークとカディは思わず顔を見合わせてしまった。
 軽い傷には消毒を施し、深い傷には針と糸を用いて治療をする。
 医者が気にしなかった治り傷の数と治り具合いから見て、出血の量と今縫っている傷の『本当の深さ』を想定すると……

「命はないね」

 短く小さいナークの言葉は隣ではっきりと頷くカディにしか聞こえない。二人とも表情は固く、一見すると少女の容態を心配しているようにも見えるが、真意は違った。

 一通りの治療が終った所でカディが不意に踵を返した。

「カディ?」

 不審に思って呼び停めるナークに、少し困った様な表情を浮かべてナークは回りにいる人々と、目を閉じて浅い呼吸を繰り返す少女に視線を向けて、指先で空中に小さな円を描いた。

「そうだね、人が多いし意識が戻るまでもう少し時間がかかりそうだ。僕等も仮眠取っておこうか」

 それだけの動作でなぜ意思が通じるのか謎だが、ナークの言葉に頷く所を見るとカディの意思はきちんと伝わっているらしかった。

「ティコごちそうさま。僕達は部屋戻らせてもらうね」
「え、あぁ。うん。おやすみ」

 軽く手をあげて答えるナークを見ながら、ティコは二人の行動に違和感を覚えていた。

(あの二人なら真っ先に治療に駆け寄りそうなのに……)

 医者が来たとは言えまだ治療中だ。蟲にやられた傷は外傷の治療だけではなく、体内に毒等が入っていないか調べる必要がある。
 街医者にも蟲毒の知識は勿論あるだろうが、特殊な毒になると発見できなかったり下毒薬を持ち合わせていなかったりする。それを補えるのが蟲司の知識と彼等が飼っている蟲だ。
 ナークのように戦闘向きの蟲を飼う者もいるが、蟲司一族の多くはこう言った治療目的の蟲を飼い、各地に散らばっていると聞いた。

(なんか、変なの……)

 二人の去った方を暫く眺めていたティコは、少女の治療を手伝っていた父親に呼ばれた事でやっとその場から動き出した。