の命 V


 ゆらゆらと、揺れている。

 揺れているのは自分なのか、今存在している世界の方なのかリルには解らなかった。

「君は、まだ来ちゃいけないよ」

 不意に、そんな言葉が頭の中に響いて来た。その声は直接脳内に話しかけられている様に響くが、別段不快ではなかった。

  だれ?

 聞く自分の声が、声でない事に気付く。

「声は出せないよ。ここは肉体の無い世界だから」

  にくたいのないせかい?

「そう。生と死の狭間って所かな」

  せいとしのはざま……

 鸚鵡返しに繰り返して、リルは頭の中を整理する。
 自分はなぜこんな所に居るのだったか。それを思い起こして、はっとする。

  わたししんだ

「死んでないよ。狭間だって言ったろ? 僕の居る所より向こうが死。君の居る所から後ろが生」

 言われてあたりを見渡そうとすると、ぐるりと風景が変わり眩暈を覚えた。しかし、後ろと前では辺りの色が違う事は解った。
 生の方向は金と白と緑の光が入り混じり、死の方向には黒と赤と灰の渦がうねっている。

  いきかえれるの?

「君と、君を呼ぶ者の特別なものが失われる。それでも良いかい?」

  とくべつ? それはみどりのすなの……

「そう。水を得ると言う事は命を得るという事。君の特別で水を。君を呼ぶ者の特別で君の命を得る事が出来る。どうする?」

  わたしをよぶのは、だれ?

「それは、教えられない。教えなくても解るだろ?」

 問われてリルの脳裏に思いつくのは一人だけだった。

 かでぃ……

「彼の特別を失わせれば、君は生き返れる。彼もそれを望んでいる。後は君次第だ」

 決断を迫られ、リルは思案する。カディの特別なもの。それが何だか解らない。
 それは、無くなってしまっても平気なものなのだろうか? カディは望んでくれていると言うが、それは本当に失って困らないものなのだろうか?

 カディは、大切な人だ。
 そう思える人だ。
 その人の特別な何かを奪ってまで、生き返りたいだろうか?

「どうする? 死が迫ってるよ?」

 言われて視線を向ければ、先ほどよりも黒と赤と灰のうねりが近付いて見えた。

  わたし いきたい

 例え、失って困るものだったとしても、それは自分が補ってあげれば良い。補えないものなら、その苦労を分かち合えば良い。

「その答え、変更は聞かないよ」

 嬉しそうな声が頭に響き、薄れる意識の中でリルは、光を放つ白い肌に銀の髪を湛えた緑の瞳の青年を見た。

(カディに、そっくり……)

 そう思ったところで意識は途切れ、リルは青年の放つ光の中に溶け込んだ。


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