の命 W

「ティコ、泣かないで。もう少し探してみよう?」
「うん……」

 激流が収まり、静けさを取り戻した砂漠に巨大な湖が豊富な水を湛えている。
 向こう岸が見えない湖は、遥か昔に消え去った海と言う物に近いのだろうとナークは思っていた。

 水に飲まれたカディとリルを探して、湖畔を歩き続けてどれくらいになるだろう。
 もう東の空からうっすらと太陽の光が見え始めている。
 二人が見つからない絶望感に、泣き出すティコを宥めながら歩いていると、白んだ空の光からはぐれたかのように淡い光が二人の前に現れる。

  こっちだよ

「え?」

 声が聞こえた気がした。

「ナーク、今しゃべった?」
「ティコこそ……」

 驚きのあまり涙も止まったティコの鼻先をくすぐって、光は飛び出した。

「あ、待って!」

 訳の解らないまま、でもどうしてか付いて行った方が良いと確信してティコとナークは光を追って走り出す。

  はやくはやく

 再び声が聞こえたと思ったら、目の前に居た筈の光が見えない。しかし、二人の足は止まらなかった。何か確信を持って前へ前へと走って行く。

「ティコ! 見て!」
「あ!」

 ナークの指差す向こうには、小さな影が見えた。
 影は二つ。形は、人の形をしていた。

「カディ! リル!」

 声の限りに叫ぶと、二つの影は座った姿勢のままティコ達に向かって大きく手を振った。

「ほら、やっぱり無事だっただろう?」
「うん!」

 駆け寄る二人を、二つの影は立ちあがって待った。

「リル!」
「ティコ!」

 走った勢いをそのままに、ティコがリルに飛びついた。
 そのまま体制を崩して倒れそうになる二人を、後ろに居たカディが支えて立たせてやる。

「心配させないでくれよ」

 溜息混じりに、しかし顔は笑ったままで言うナークに、カディは苦笑を漏らして掌を横向きにして上下に動かす。

「ごめん、って? 謝らなくて良いから、もうちょっと心配させない方法で助かって欲しいな。言霊、使ったんだね?」

 ナークの問いにカディは頷いた。
 カディの言葉は全てを拒絶する。「触れるな」と水に命じれば、あの奔流にあっても水に飲まれる事は無いし、「沈むな」と言えば浮き上がる事も可能だ。
 そうして湖から脱出したカディは、腕の中の冷たい体に、僅かな温もりが戻って来ている事に気が付いた。

「でも、なんでリルは死ななかったの?」

 一頻り再会の喜びをぶつけた後、ティコはふと思い出してリルとカディの二人に質問する。その問いに答えられるのはリルだった。

「不思議な場所だったわ。今思うと立っていたのか寝ていたのかも解らないけど、そんな不思議な空間で、一人の青年に会って話をしたの」

 リルは思い出せる限りの事を三人に話して聞かせた。
 生と死の狭間。生き返る条件。それから青年の姿。

「最後にうっすらと見えたの。カディにそっくりなんだけど、肌が白くて、金の髪で緑の目をした男の人」

 その言葉に、カディは泣きそうな、でも嬉しそうな顔を見せた。

「もしかしてそれって、生の巫?」

 カディの生い立ちを唯一知るナークが、そんな事を言う。その言葉にカディは嬉しそうに頷いていた。

「生の巫って?」

 不思議そうに尋ねるティコに、ナークはカディの了承を得てから話そうとする。と、リルから静止がかかった。

「ちょっと待ってナーク。カディの話なんだから、カディに話して貰いたい」
「え、でもカディは言葉は……」

 カディの言葉は言霊を生み、下手な語句を口にすれば聞く者の命さえ奪い兼ねない。だからカディは今まで言葉を封印して来たのだ。

「さっき喋ったじゃない! リルって、私の名前呼んだの聞いたもの」

 きっと睨む様な視線でカディを見ると、明らかにうろたえている。

「ほんと? 本当に話したの?」
「あたしカディの声聞いてみたい!」
「ほら、カディ。もう話せる筈でしょ? 話してよ」

 ずいずいずいっと詰め寄って来る三人に、困り果てた顔をして、カディは後ずさる。

「カディ!」

 お願いというより、むしろ脅迫に近くなっている三人の勢いに押され、カディも声を出そうとする。
 が

「ん? どうしたの?」

 喉を指差し、それから合わせた掌を離す。次に頭をとんとん、と指先で叩き、困った笑いを浮かべる。

「……ナーク。カディなんだって?」

 唖然とするナークにティコが翻訳を求める横で、ふるふるとリルの腕が震えている。

「長い事使ってなかったから、声の出し方忘れたですってぇ?!」

 怒鳴りながらカディの胸倉を掴むリルの勢いに、ティコもナークも止めに入る隙さえなかった。
 胸倉を捕まれて慌てながらも、リルの頭を撫でて困った顔のまま微笑むカディは、たぶん「ごめんね」と言っているのだろう。

「……良いわよ。カディらしくて」

 溜息混じりに諦めの言葉を言うリルは、にこりと笑顔を向けた。
 それに、カディもほっとして笑みを返し、そんな二人を見て、ナークとティコも頬が緩むのであった。

「さて、どうしようかね」

「一旦砂黄に戻らない? 水の事、町の人達に知らせた方が良いと思うし、ラナクも連れて来て上げようよ」
「そうね。町の代表者に伝えて、砂赤との話し合いに持ち込んだ方が良いわ」
「それじゃ、着た道を戻りますか」

 それから先の旅はどこに行こうか。
 きっと行き先はティコが決めて、ナークが道を調べて、リルが旅の支度に気を使って、カディがラナクを引くのだろう。
 四人の旅はまだまだ続く

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