砂の命 | |
「ねぇお母さん。旅のお話聞かせて」 「また? 貴方達は旅の話が好きねぇ」 「だって面白いんだもん!」 砂黄の町の一角に、一つの宿屋がある。 そこには赤い髪をした元気な女将さんと、青い髪をした穏やかな主人と、二人の子供がいて、子供達は毎日のように両親の旅人時代の話をねだり、その話を両親は嬉しそうに話すのだ。 「私、お母さんが初めて旅をした時の話が聞きたーい!」 「僕も!」 「昨日もしたじゃない」 「だって面白いんだもーん!」 声を揃えて言う二人の子供に、くすくすと笑いながら母親は話し出す。 「私の旅はね、父さんがこの宿に泊まりに来た所から始まるのよ」 期待に目を輝かせて話を聞く子供達は、姉が父の、弟が母の髪色を受け継いでいて、けれど、ころころと良く変わる表情は全面的に母から受け継いだ物だろう。 話を聞き終わってから、ぽつりと姉の方が漏らした。 「あのね母さん。私小さいころは赤の王様嫌いだったの。けどね、たくさんお話聞いているうちにね、本当はえらい人だったのかなって思ったの」 その言葉に驚きながら、母は姉の頭を撫でて頷いた。 「そうね、そうかもしれない。彼がそうして動かなければ、この緑の世界は無かったんだから」 そう言って窓の外を見ると、まだ少なくはあるがぽつぽつと緑の葉が生い茂る木々が見える。 各地にその水を引き込んでも枯れる事無く溢れ続ける湖は、いまも豊富な水を湛えて五つの砂が混じる場所に佇んでいる。 「ねぇお父さん」 「ん? なんだい」 宿の仕事を終えて、家族のいる居間に戻って来た青い髪の父にとてとてと近付いて弟が不思議そうな顔をしている。 その弟を抱き上げて目線を合わせてやりながら、父は話を促した。 「なんで湖はできたの?」 「それは伝説が本当だったからって言ったじゃない」 弟の質問に、父より先に答えたのは姉だった。 母の話してくれた話を理解していないのか、と馬鹿にするような含みのある言い方で。 「ちがうもん! 特別ってなんだったのって聞いてるんだもん!」 姉の言葉に顔を真っ赤にして反論する弟の言葉に、姉もそう言えば、と父に向き直る。 「湖の水でいっこでしょ? お姉ちゃんの命にいっこでしょ? 二人はどんな特別を無くしちゃったの?」 「あぁ、それはね……」 緑の砂に水を呼んだのは砂白の特別。 『死なない命』 少女の命を戻したのは砂黒の特別。 『拒絶の力』 「じゃあ、お姉ちゃんは怪我したら死んじゃうの?」 「今は、そうね」 「お兄ちゃんは話せるようになったの?」 「……話し方思い出したのかなぁ」 「二人はそれをなくして不便なの?」 子供達のぴたりと揃った質問に、両親は答える事が出来なかった。 「それは、本人達に聞いてみないとね」 微笑む父の言葉の後に、ラナクの鳴き声が続いた。 窓の外から聞こえて来るその声に、子供二人は父を見上げる。 「今日あたり、旅の途中で寄るって聞いてたんだ」 そう言って父が子供に見せたのは、小瓶の中で眠っている飛蟲。 「じゃあ、やっと会えるの?!」 「そうよ。あなた達の大好きな『お兄ちゃん』と『お姉ちゃん』に」 笑う母の言葉に、子供達の顔は見る見る満面の笑顔になって行く。 「私、お出迎えする!」 「あ、ずるい! 僕も!」 ばたばたと走って行く二人を笑って見送りながら、父と母も扉の方に向かう。 「僕達もお出迎えしますかね? ティコ」 「当たり前じゃない。数年ぶりの再会だもん。早く行こうナーク」 手を繋いで、あの頃の様に。 きっと、まだ姿は変わらないで若いままでいる二人を出迎えよう。 「ちょっと、ティコ! ナーク! この子達離してー!」 子供二人にしがみ付かれておたついているのは白銀の髪の少女。 それを見て笑っている黒髪の青年は、長年の旅仲間であるラナクの手綱を持っている。 「あははは。しょうがないよ、リルもカディもこの子等の憧れなんだから」 「なにそれ? ナーク、また変な事言ってるんじゃないでしょうね?」 「あ、酷い」 「ほらほら、ここじゃ話も出来ないから部屋に行こう。二人ともお姉ちゃんを離して上げなさい」 「はーい。あ、おじーちゃんの事も呼んでくるね!」 「あ、僕もー!」 来た時と同じように走り去る子供達を眺めて、リルが呟く。 「……元気ね」 「まぁ、子供だからね」 笑って答えるティコは、年齢こそ上がったがその笑みと話し方はまったく変わっていなかった。 「そう言えばカディ、話し方は思い出したの?」 尋ねるナークの意地悪そうな笑みと、尋ね方も相変わらずだな、と思いながらカディは苦笑を浮かべる。 「思い出してないの?!」 驚くティコに、にっこりと笑ってカディはゆっくり口を開く。 「ナーク、ティコ。久しぶり」 終わり |
終 章 |