の命 T
 様々な力を有する一族が住むこの世界でも、特に稀有な力を持つとされている一族がいる。
 硬く黒い砂か積もり、固まり、切り立った崖を作り、天を突き刺す槍の様な大地が続く死の世界。ここ砂黒は周囲の物にそう呼ばれていた。

 そんな砂黒の中で不老を誇り、特殊な力を秘めた者達が一族を成している。
 一族の名は『森羅』

 彼らは死ぬ事の無い、幻の一族と言われていた。しかし、その見解は間違いで、彼らにとて『死』は訪れる。
 彼等が死ぬのは『病』と『外傷』。それと、一族の間で生まれ変わり続ける『死の巫』から『死』賜る事。

 先人は『外傷』を恐れて崖が空気を取り込む為に開けた空洞を住処とした。
 空洞は崖の麓にあり、常人には見つけられない目立たない物。その中に張り巡らされた迷路の様な空気穴を、外敵から身を護る住処として選んだ。

 次に先人は『病』を恐れ、一族に守役を設けて外部との空間を遮断した。
 住処の周りに風を巡らせ炎を焚き、水を巡らせ土を塗った。彼等の持つ、自然の一部を扱えるという稀有な力によって。

 しかし、穴での暮らしは変化が無い。
 老いない人々。変わらない景色。
 穴の中で土を作り、木を作る。それはこの一族にとってなんら難しい事ではなく 食うに困らず、着るに困らず、不自由はなかった。

「外が、見てみたい」

 何をするでもなく変わらない風景を見詰めていた青年が呟いた。その呟きは、誰の返事も貰えないまま空気に消えた。
 誰もが、そう思ってはいても行動に出せずにいた。彼等の先人がここに居を構えてからもう何年になるのか。
 外で暮らしていた頃の事等、覚えている者はもう居なかった。だからこそ怖くて動けない。この場所から出たらどうなるのか、誰もわからないからだ。

「巫女がお生まれになったぞ」

 控えめだが嬉しそうな声が穴の中に広まった。一族の『命』を握る二人の巫女が誕生したのだ。

「巫女の世代交代か……」

 この一族は生まれながらにして業を背負う。背負う業は水・木・土・火・風・金の六種。生まれ持った業の力を扱う事が出来るのだが、巫女だけが違う。

 巫女が背負うのは『生』と『死』
 産まれるのは双子。遠い昔からそう決まっていた。
 死の巫女は『言葉』で命を吸い取り、それを己の生命とする。過剰になった生命を死の巫女は生の巫女へと『魂』を辿って力を分け与え、生の巫女はその力を『祈り』で人々に還す。

 つまりは、その祈りこそがこの一族の『出産』なのだ。
 巫女に言葉を貰わねば死ねず
 巫女に祈りを与えられなければ生まれない。
 だからこの一族の人数は常に変わらず、巫女は一族にとってかけがえの無いものだった。

「今の巫女様の時代が長かったからな、そろそろ次代が生まれるとは思っていたが」
「なんでも、今回の巫女様は類稀な力を秘めた御子らしいぞ」

 新たな巫女が生まれると、現在の巫女からは徐々にその力が消えて行き、緩やかに二人に死が訪れる。
 巫女は一族の女から血筋等も関係なく唐突に産まれる。しかし普通の子供と巫女を産まれながらに見分けるのは容易い。
 この一族は己の業と同じ色を頭髪にも持つ。
 水なら青。木なら緑。土は茶。火は赤。風は紫。金は金。
 
 そして、死は黒。生は白だ。

 新たな巫女の誕生を聞きつけた一族の者達が集って来る。
 その人垣の中には確かに白と黒の赤子が二人、眠っていた。