砂の命 | V |
「追いつかれた?!」 外の混乱を聞いて、リルは寝台の上から跳ね起きた。 混乱している割には素早く動く思考に任せて、手早く必要最小限な荷物をまとめると気配を消して扉に張り付き外の様子を伺う。 (竜蟲のせいとは言え、一箇所に長居しすぎたわ……) 自分の失態に舌打ちをする。 扉の向こうに気配を感じて、腕に巻いた布の下にある隠し武器に意識を向ける。 気配が扉に手をかけ、開けたその瞬間に武器を手のひらに滑らせ投げつける。 「!」 しかしそれは高い金属音と共に弾き落とされリルの足元に落ちる。 「くっ!」 次の瞬間、リルは新たな武器を手のひらに滑らせ敵に向かって振りかぶった。 殺せなくて良い、自分を捕まえられない程度に傷ついてくれれば良い。そうは思っても自然と渾身の力を込めて武器を相手に突き刺そうとした腕を掴まれ、簡単に捻られて背後を取られる。 「っ……!」 腕に走った痛みに武器を取り落とし、それでも何とか逃れようと暴れた時に敵が腕を掴む力を緩めた。 と、同時に体の向きを反転させられ正面から抱きしめられた。 「は?」 あまりに想像外の行動だったので思わず間抜けな声を出してしまった。 戦闘中に抱きついて離そうとしない敵に戦意を削がれ、落ち着いてその相手を見るとそれは見慣れた背中。 「もしかして、カディ?」 その言葉にぱっと体を離し、頷きながら自分を見つめるカディに脱力した。 「紛らわしいまねしないでよ……」 深い溜息を付くリルに申し訳なさそうな表情で返してカディは、素早く次の行動に移った。 「え、ちょっと! カディ!」 リルの腕を掴んで走り出す。 そんなに派手に動いて敵に見つかったらどうするつもりだとリルは焦ったが、思いのほか部屋の外は静かだった。いや、静かにさせられていた。 宿の通路にはそこここに倒れている敵の軍人がいた。ほんの僅かにも動かないその様子に死んでいるのかと思ったが、良く見れば浅く胸が上下している。眠っているのだ。 (これ全員カディが……?) 前を走るカディを見詰めると、視線を感じたのかカディが振り返り笑顔を向けて来る。それは苦笑とも嘲笑とも付かぬ笑みで、リルはカディが戦闘を好んでいない事を悟った。 「なによあんた達! 出てってよ!」 走る二人の耳に、ティコの声が聞こえて来た。まずい事に思いっきり抵抗している。 「カディ、ティコを助けないと!」 向かう先で上がったティコの声は、つまりこの先に敵がいる事を示している。カディはティコ達の様子が見えるが、しっかりと向こう側からは死角になっている場所で立ち止まった。 「カディ!」 何で止まるのかと、声を荒げるリルにカディは首を横に振って拒絶の意を伝える。それから通路で寝ている軍人を指差して次にリルを。彼等は君を探しに来たのだと、そう言っているのだ。 「わかってる……だけどティコの事を見捨てるなんて出来ない! 抵抗する者には女子供であろうと奴らは容赦しないのよ!」 しかしそんなリルの声にもカディは動かない。痺れを切らせて一人で助けようと動いたリルの腕を、カディは慌てて掴み直して再び抱きしめる事で動きを封じた。 「カディ!」 もがくリルの肩を軽く叩いて、カディはほんの少しだけ身を乗り出してティコ達の様子をリルに見せた。 「あ!」 カディが指差すその方向は、二人のいる場所からティコ達を挟んで反対側の壁。そこから僅かにナークの青い髪が覗いていた。 「人の店なんだと思ってんのよ! こんなに荒らして!」 椅子や机などまでひっくり返しながら家捜しをしていた軍人の一人をティコが押さえにかかる。 言葉だけの時は無視されていたが、今度はそうもいかない。軍人の腕を掴むと同時に銀の刃が宙に弧を描いた。 「きゃぁあ!」 悲鳴と共に散ったのは赤い液体。 鉄の臭いと特有のぬめりが床を汚す。 「ちっ、邪魔が入ったか」 「女の子相手に抜刀はないんじゃないの? 軍人さん」 「な、ナーク!」 刀が振り下ろされる瞬間、ギリギリのとこ ろでナークはティコと軍人の間に体を滑り込ませていた。 「本当は蟲を出そうとしてたんだけど……」 ティコの思わぬ激しい抵抗に敵の抜刀が早まった。その為に蟲を呼び出すのが間に合わなかったのだ。 「ふん、庇った所で貴様もろともその女も殺してやる!」 半月刀を水平に構えて突進してくる。背中に庇ったティコごと串刺しにしようと言う事なのだろう。 「僕に血を流させた事、後悔するよ」 切られた腕をだらりと下げて、ナークは足元に血溜りを作る。その上に腰に下げた小瓶から水を数滴落とすと、口早に言葉をつむぐ。 「血と水の契約に従えつるぎむし剣蟲!」 言葉が終わる瞬間、ナークの血から産まれた蟲は六本あるうちの頭部に近い足二本が大きな刀になっていて、その刀で一瞬のうちに相手を二つに切り裂いた。 その速さは剣蟲の姿を捉える事ができなかったくらいだ。 「君達もや闘るの?」 返り血を浴びた血だらけの姿で凄まれて、その場にいた残りの軍人は我先にと慌てふためき踵を返した。 「カディ、いるんだろ?」 軍人達がいなくなったのを確認してから声をかけると、壁の後ろからカディがリルを連れて姿を現した。 「リル、もう状況は分かってるね?」 「分かってる。直ぐにでもここを離れるわ」 「そうした方が良いだろうね」 真剣な面持ちで、しかし平然と進められる話に、ティコは頭がぐらぐらした。 なぜ平気なの? 今、人を殺したのに…… 無意識のうちに細かく震えているティコに、くるりと振り返ったナークが声をかける。 「僕が、怖い?」 「っ……!」 問いかけるその顔はまだ血に濡れていたけれど、それでもいつもの優しいナークの微笑で、でもどこか悲しそうにも見えた。 「僕達の旅は安全な物じゃない。こう言う事がまたあるかもしれない。それでも良いなら一緒に来るかい?」 突然の言葉に驚いていると、血に濡れたままの手を差し出される。 さっきの短い会話の中で、リルはこの二人と共に行く事を決めたのだろう。手を差し出すナークと同じく、ティコの事を見詰めている。 (どうしよう……) 行きたい。外の世界は見てみたい。 だけど、怖い。 ナーク達が怖いのではなく、旅をする事事態に漠然とした恐怖を覚える。 「どうする? あまり、時間はないよ?」 躊躇するティコにナークが言葉を重ねる。外ではまだ喧騒が続いている。いつまたこの宿屋に軍人達が来るか分からない。 (どうしよう……) |
4 章 |