の命 T

「ねぇ、お母さん。旅のお話して?」
「また? 貴方は旅の話が好きねぇ」
「だって面白いんだもん」

 寝台に横になりながら期待に目を輝かせて子供が笑う。
 部屋の明かりの強さを調整していた母は、その様子を見て苦笑交じりに寝台の横に来て椅子に腰掛け、じゃあ少しだけ、と旅の思い出を語ってくれるのだ。

「この砂黄のお隣、さか砂赤地域はね砂黄と砂白・させ砂青を繋ぐ流通の道としてとても栄えている街なの」
「りゅうつうって何?」
「通り道って事よ」

 話の中に分からない単語が出て来るたびに子供は母の言葉を切って質問をする。
 度重なる質問にも、必ず笑って分かりやすい言葉に代えてくれる母が大好きだった。

「着ている物も綺麗なのよー。鮮やかな青や赤の布に金の糸で細かい刺繍がしてあってね、耳飾や腕飾りもそんなに着けたら重いんじゃないかしら? ってこっちが心配になるくらい着けてるのよ」

 懐かしい思い出を話す時の母は、とても楽しそうで、聞いている話も楽しかったがそんな母の顔を見ているのがなにより嬉しかった。

「父さんってば無理しちゃって、母さんの気に入った首飾りを買ってくれてね。それは今でも母さんの宝物よ」

 今ではそんな気遣いなどした事の無いような父の、意外な一面も母の話には見え隠れして、その頃の母と父の『恋人』と言う関係に憧れて、子供はいつも砂の世界を旅する自分と、きっと素敵な人であろう誰かの夢を見た。
 いつの日か、きっと私も旅をする。
 そんな小さな夢を見て、少女は日々を過ごしていた。

「ねぇ母さん。旅の話聞かせてよ」
「ほんとうに、旅の話が好きねぇ。あなたお客さんにもねだっているんですって?」
「話してくれそうな人にだけだもーん」

 くすくすと笑う母は、仕方ないわね、と言いながらもやはり楽しそうに旅の話を聞かせてくれるのだ。
 父とののろけ話もきっちりと織り交ぜて。

「あなたも、きっと良い人と素敵な旅ができるわよ」

 その時は、時々帰ってきて旅の話を聞かせてね?
 そう言って微笑んだのが、子供が見た母の最期の記憶だった。