砂の命 | U |
「旅って大変なのね……」 砂黄の街を旅立って1週間目。 人生初めての旅にそろそろ疲れが見え始めたティコがぽそりと呟く。 「あははは、慣れないうちは僕も大変だったなぁ。野宿」 笑いながら簡素な天幕を立てるナークとカディがティコのぼやきに同意してくれた。 砂黄の街から混乱に乗じて逃れた一行は、一先ず砂赤とは反対方向の砂黒の方に向かっていた。 結局、あの時ティコはナークの手を取り旅に参加した。それと言うのも、決断の時に現場に駆けつけた父の後押しがあってこその事だろう。 「ティコ! 無事か?!」 「父さん……」 差し出されたナークの手を、取るか取らないが悩んでいたティコの目に、安否を気遣って走り込んで来た父の姿が映る。 父は父で、その血に濡れた現場とナーク達三人の様子を見て一瞬の躊躇と沈黙の後、状況を飲み込んだ。 「娘を助けてくれたんですね。ありがとう」 その言葉に「いえ」と短く答えてからナークはティコに一度視線を向けてから父の方へ向き直る。 「僕達はもう出ます」 「あぁ、そうした方が良いでしょう」 「面倒をかけます。すみません」 「後の事は気にしないで下さい。娘の事を、頼みます」 「父さん?!」 淡々としたナークと父のやり取りを、混乱した頭で聞いていたリルは、父の言葉に聞き捨てならない事を聞いて思わず父に詰め寄った。 「どう言う事? 頼みますって……」 「旅に出たいんだろう?」 滅多に見せない微笑さえ浮かべて、穏やかに言う父に、ティコは次の言葉が出せなかった。 旅には出たい。けれど、それでは…… 「父さん、独りになっちゃうじゃない……」 ぽんっと軽く両の肩に乗せられた父のを握ってティコは泣きそうな声で言った。 しかしそれは父の豪快な声で吹き飛ばされてしまう。 「子供じゃあるまいし。一人でも平気だよ」 「でも……!」 「なにも二度と帰って来ない訳じゃないだろう? 旅の途中に寄って行っても良い。旅の終わりに帰って来ても良い。俺はその日までここで待っている」 だから、行っておいで…… そう背中を押されてティコは街を出た。 名目上、ティコとリルの旅の護衛を請け負ったのがナークとカディ、と言う事になっているが内容を見ればリルの旅に三人が無理やりくっついて行っている形になる。 「そう言えば、リルは二人の同行を断っていたんじゃないの?」 天幕を張るのを手伝いながら、簡素な食事の用意をしていたリルにティコが問うと、リルはほんの少し嫌そうな顔をしてぽそりと答えた。 「成り行きよ」 その不機嫌そうな様子を見てナークとカディは苦笑する。 あの状況で慌しく逃げ出して来たものの、なにも同行して無くても良かったのではないか? と言う事にリルは最近気が付いたらしい。しかし、それでも嫌だとか付いて来るなとかここで分かれよう等と言わない事から、諦めて同行を許してくれたのだろうとナーク達は判断していた。 実際のところ、リルは丸め込まれた様な気がしてそこが引っかかるだけで、彼等の同行事態は最初程抵抗はなくなっているのだ。 「さて、これからどうしようかね」 作り上げた天幕の中でナークが切り出す。砂黄を出た時は慌ただしかった為、行き先をはっきりと決めていなかったのだ。 「ひとまず砂赤とは逆方向に来たけど、このまま砂黒に行くと僕とカディはは来た道を引き返す事になる。それはちょっと避けたい。目的のない旅じゃないからね」 地図を広げて進行方向を指差しながらそこまで言うと、ナークは視線だけでリルに話を振る。それを受けてリルは少し考えた後に逆にナークに聞き返した。 「目的って、私と旅をするのが目的だったんじゃないの?」 「うん。それも目的の一つ」 確か、ナーク達は占師の言葉を実行する為にリルに同行すると言っていた。しかしその他に目的があると言う。 「私が何か目的があって旅をしてて、それも譲れないって言ったらどうするつもりだったのよ?」 「んー、それはその時」 「あのねぇ……」 明るく切り返すナークに肩を落として溜息を付いて、リルは色々と聞きたい事が男二人にある事を思い出したが、この様子でごまかされる事は確実だろうと思いやめておいた。 (話してくれたら聞けばいい) 自分だって、まだ話したくは無いのだから。 「はい。提案」 ぱっと手を上げてティコが言う。 「はい、ティコちゃんなんでしょう?」 ナークによって発言権を得たリルは、広げられた地図の中央を指差して元気いっぱい行き先を提示する。 「私、『緑の砂』見てみたい!」 「緑の……」 「……砂?」 嬉々としたティコの発言に、ナークとリルから不思議そうな眼差しが送られる。 「うん。『緑の砂』知らないの?」 意外だとばかりにティコが二人に聞き返す。旅慣れているのだからきっと知っている物だとばかり思っていたのだ。 「あれ、カディは落ち着いてるね。もしかして知ってるの?」 問うナークに頷いて答えてから、カディは持っていた紙に何かをさらさらと書き出した。 旅を一緒にして分かった事だが、カディは長い話をする時には動作で伝えると共に、筆談をする。その為にこう言った話をする時には必ず紙を持っていた。 カディが書き終わった紙をナークとリルの二人に見えるように差し出す。そこにはティコも知っているお伽話の一説が書いてあった。 「なになに? “五つの砂が混じる場所。そこには大いなる神秘が眠っている”」 赤・青・黄・白・黒の五つの砂が混じる場所。そこには大いなる神秘が眠っている。 神秘の力目覚めし時は、大地潤い木は茂りそこは緑の大地に転ずるだろう。 目覚めの時は月の道。 必要なのは五つの砂。 神秘の代償は命の次に大切な物 失う覚悟があるなら探せ 月の道と五つの砂を 「なんか、お伽話って言うより……」 「これって伝説って言わない?」 「かも。でも私はお伽話って聞いたよ」 眉を寄せて怪訝そうな顔をするリルとナークに反論するティコは助けを求めるようにカディを見る。 するとカディは『言い伝え』『噂』と紙に書き足した後、もう一言付け加えた。 『願望』 「願望? あぁ、そうだね。民の願望か」 「どう言う事?」 カディの言葉に一人で納得しているナークに、リルとティコで説明を求める。ナークはカディから羽筆を借りると文章の一部に線を引き始めた。 「緑の砂って俗称と『大地潤い木は茂りそこは緑の大地に転ずるだろう』この一文で『神秘』が何なのか分かるだろ?」 「?」 ナークに言われて二人はじっと文字を見詰める。眺めた所で文章は変わらないのだが繰り返し読む事で考える材料にはなる。 ぶつぶつと文章を繰り返してた女二人は、ほぼ同時に声を上げた。 「わかった、水だ」 「正解」 カディとナークが正解を称えて小さく拍手をすると、リルとティコもそれに応じる。 そうやらこの四人、息が合って来たようだ。 「何かの条件を揃えてその場所に行けば水が湧き出てくるって事だろ? これはリルと僕は知らないはずだよ」 にこやかに言うナークの言葉に、瞬間リルが凍りつく。 「ナーク、なんで……」 「なんで知らないの?」 強張った表情のままナークに問いかけるリルの声は、ティコの声に消された。ナークにはリルの声も聞こえていた筈だがそれには答えずティコの問いに答える。 「砂白に湖があって、その水を輸出していたのはティコも知ってるだろ?」 「もちろん。何年か前までやってたもんね。最近急に見なくなったけど」 「その砂白に近い地区に住んでた僕には、水を渇望する噂話なんて耳に入らなかったんだよ。水に困ってなかったからね」 そのナークの言葉にふぅん、と納得してからティコは何か思い当たったようにリルの事を見る。 「ん? じゃぁリルは砂青か砂白の生まれって事?」 素直な疑問にリルは動揺する。 「リル?」 怪訝そうに聞いてくるティコに、そんなところ。とだけ答えてその場を誤魔化した。 今はまだ言えない。言いたくない…… 「それじゃ、真ん中に向かってみる?」 わざとらしく明るい声がぎこちない雰囲気のその場を壊した。ナークの言葉にティコが喜んで明日の旅立ちに備えて寝よう、と言い出したので解散とあいなった。 |
5 章 |