の命 V

「小さい町だね」
「そう? 平均的な大きさだよ。ティコの居た街が大きいんだよ」

 いかにも普通の会話だった。
 はたから見れば、ナークの様子はいつもと変わらない。
 それでもカディは気が付いている。ナークがさっき出会った男の言葉で動揺を見せている事に。
 砂に住む蟲達が、いつから存在しているかなどわからない。気が付いたら人と共にこの枯れた大地に根付いていた。
 その蟲達の生態を蟲司達はなぜ把握しているのか、なぜ従える事が出来るのか。そう言った根本的な所を人々は知らない。

「宿が開いてて良かったわね」

 町に入って暫く歩くと本当に小さな宿屋が一軒だけあり、部屋も開いていると言うのでそこに宿を取る事にした。
 男女で分かれた部屋割りは当然の事で、カディと二人だけになるとナークは盛大な溜息を付いた。

「駄目だね。簡単に動揺が出ちゃうようじゃ、僕もまだまだだ」

 苦笑いと共に言われる言葉に、カディは軽く首を振って苦笑を返す。
 仕方ないと言っているのはわかるが、ナークは自分が意外と吹っ切れていない事を自覚させられて、どうにも嫌な気分だった。

「ティコ達にも気を使わせちゃったね」

 ふぅ、と溜息混じりに言われる言葉にはどう二人に取り繕おうかを考える響きが含まれていた。
 そんなナークにカディは右腕を軽く叩いてから頭を指差す。それからナークを指差して口の前で手をひらひらと動かす。

「そう、かな……やっぱり」

 躊躇いがちなナークの言葉に、カディははっきりと頷いた。
 ティコはナークの様子がおかしいのに気が付いているから、自分の口から話した方が良いとカディは言っているのだ。
 カディとナークの間では、右腕を叩いたらティコ、左腕を叩いたらリルの事を指すと決められていた。

「明日に持ち越すのも嫌だし、ちょっと行って来るね」

 にっこりと笑って部屋を出て行くナークを見送ってカディは思う。
 ナークが、自分の過去を人に話す事はもうないだろうと思っていた。
 けれどティコと出会って彼女には話しても良いと思ったらしい。それは、ナークにとってはとても良い兆しだと思う。
 彼の場合、過去よりも過去に関わる己の本性の方が問題がある。

 喜怒哀楽が激しく、ころころと表情の変わる純粋な心根の持ち主であるティコに、ナークが惹かれ始めているのがカディには見て取れた。逆に、ティコがナークに想いを寄せている事も、これまたわかり易かった。
 しかし、その本性を知ってもまだティコが想いを持続させられるかどうかが問題だった。
 蟲司がなぜ蟲の事を知り、蟲を従える事が出来るのか。それがナークの本性を知る為の鍵になる。

 独りになった部屋に扉を叩く音が響いた。
 ナークがティコのところに向かった時から、予想はしていた。きっと扉の向こうに立っているのはリルだろう。
 カディは紙と羽筆を用意して扉を開けに行った。
 一方、ティコを尋ねたナークはどこから話せば良いのか、少しの躊躇をしてからなんとか話を切り出した。

「蟲司の事さ、気になるだろ? あそこまで聞いたら」

 なんとか言葉を放つナークに、ティコは頷いて肯定をしてからこう続けた。

「気になるけど、言いたくないなら無理に話せとは言わないよ?」

 いつも元気な表情を浮かべているティコが、珍しく真摯な面持ちでナークの瞳を覗き込んでいる。嘘や無理をしていたら即刻部屋に追い戻すつもりなのだろう。

「無理じゃないんだ。ただ……」

 ただ、話す事で嫌われるのが怖い。
 そう思ってもナークは言葉に出さず、それとは違った事を言った。

「すこし、暗い話になるよ?」
「うん。がんばる」

 その答えに、お互い苦笑してからナークはゆっくりと話し出す。