の命 V

「僕達蟲司はねティコ、蟲の王。蟲を司る者。つまり、本性は蟲なんだ」
「え……?」

 ナークの言葉に、ティコは思考を固まらせた。
 自分は蟲だと目の前の人は言う。
 始めて会った時から、綺麗だと思っていたそのままの姿で、これは殻だと。本性は蟲なのだと言う。

「嘘でしょ……?」
「本当だよ。僕の一族は何時の頃にか蟲が人に進化した者らしい。以来蟲の本性は血の中に封印されて来た。その本性を引き出し、鎮める事が出来るのが僕達王族の血だったんだ」

 歌姫は歌に宿る言霊を使って弱まって来た血の封印を回復させる役割を担ってきた。血の封印が外されれば蟲司一族の体は蟲へと変体し王族を襲う。
 自分達を縛り付ける血の封印を絶やそうとして王族を襲い、周りの者も襲い始める。
 だから祭に間に合わない者には直ちに討伐隊が向けられるのだ。 

「王子、お逃げ下さい!」
「爺!」
「貴方様方王族は我らと違い言霊では本性は暴かれません。民が暴徒として押し寄せる前に早く!」

 そう言って王子を突き飛ばそうとする爺の手はもはや人ではなかった。
 鉤爪の付いた黒く細長い、蟲の足。
 逃げろと言うその下で、逃すまいと鉤爪を伸ばす。
 避けてくれと嘆くのに、鉤爪は鋭く王子の衣服を切り裂き肌に傷をつけた。

「ナーク! ここは私が抑える、お前は逃げなさい!」
「父上、しかし……!」
「行きなさい、お前だけは助からなくてはならない」
「父上……!」

 どん、と突き飛ばされた先は王宮の裏に繋がる抜け穴の入り口で、王子の事を受け入れると硬く閉じられた。
 敵の追撃をかわす為、自動で閉まるその扉に王子を追った蟲の触手が挟まれて千切れる。
 断末魔の悲鳴と共にその触手は人の腕へと姿を変えて、さらさらと砂になって消えて行く。
 あの手はいったい誰の手だったのか。
 それすらもわからない混乱の場から、王子は懸命に走って逃れた。
 父と爺の想いを無駄にしない為に。
 その後も王子は蟲となった一族の者に狙われ続けた。蟲となった一族の者は王族にしか殺せないし、使役できない。
 逆に王族を殺さないと『王族を殺す』と言う想いから逃れられず彷徨い続けるから一族の者達は王族を狙い続ける。

「僕が今使役している蟲は皆、もと一族の 人達なんだ」

 そう言ってナークは悲しげな笑顔で腰の小瓶を見る。

「さっき話した地方で蟲司の力を悪用した者を連行して王族の前に突き出すのは、その者の本性を王族が引き出して従わせ使役蟲として使う為なんだ。いわば王族は死刑執行人だったって事だね」

 いつも口数の多いナークだが、今は無駄に早口で喋り、そわそわした様子で視線も落ち着かない。
 さっきから黙りこくってしまったティコの事が気になって仕方ないのだ。
 俯き気味に話を聞くティコは、並べられるナークの言葉にもあまり反応らしき反応を返さずじっと下を向いている。
 そんなティコの様子を見て、ナークは諦めにも似た笑みを浮かべてティコに声をかけた。

「僕の事、やっぱり怖い……?」

 言った途端に跳ね上がる頭。
 顔を跳ね上げたティコが見上たのはナークの顔が泣いているかのごとく、あまりに悲しげな表情のナークだった。
 そのナークを見たティコは、思わずナークを抱きしめていた。

「テ、ティコ……!?」
「強がらないで泣きたい時は泣くの! 蟲だろうと人だろうとナークはナークだもの。怖くなんか無い」

 そう言ってティコは力を込めて抱きしめるので、ナークは苦しくなって少しだけ涙を流した。

「ありがとう、ティコ」