の命 X

 町に寄ってから二日。
 カディ達一行は不穏な噂を耳にしていた。

「どうも砂赤の方で妙な動きがあるらしいよ」

 それに伴って軍隊出動の噂。

「追っ手が増えたって事かしら?」
「だけど軍隊ってのは追っ手には向かないね。隠密行動が苦手っぽいし」

 リルとナークの言葉に、頷きつつカディが身振りを加える。
 自分を指差し、一本立てた指を上向きから横向きに倒す。

「う〜ん。行き先を変更するかぁ……」

 カディの立てた指は進む方向。上から横に倒す事で針路変更を意味していた。
 砂赤の軍はどうも一向と同じく中央近くに移動しているらしい。かち合ってしまう可能性はある。
 ティコも慣れて来た天幕での野営中、この先どう動くかで悩んでいた。
 目的はあれども、特に行き先の無いこの旅。一旦こういった悩みにぶつかると中々先に進まない。

「カディとナークは砂黒に戻りたくなくて、リルは砂黄と砂赤に近付きたくないんでしょ? そうしたらここから中央を通り過ぎて砂白に行くしかないよ」 

 地図を指差しながら言うティコの言葉が正解なのは分かっていた。しかし、危険も大きい。
 砂赤の軍がどこに向かっているのかはっきりわからない現状で、方向転換をしてばったり会ってしまっても馬鹿をみる。

「う〜ん……中央を砂黒よりに通って砂白に抜けようか。リルは、それでどう?」

 苦し紛れの選択ではあったが、どう考えてもその方向でしか道が無かった。

「仕方ないでしょ? いいわよ」

 本当は、あまり砂白に近付きたくは無かったが、そうも言っていられない。

「ねぇ、そう言えば前に言ってた二人の目的って何なの?」

 話がまとまったところでティコの疑問が男二人に飛んだ。
 目的はあると確かに言っていたのに、目的地があるわけではなさそうだし、その理由は言おうともしない。
 言い辛い事なら、このまま聞かないでおこうとも思ったが、ナークがゆっくりと口を開いて話し始めてくれた。

「僕もカディも人を探しているんだよ」
「人探し?」

 鸚鵡返しに聞いてくるティコに頷いて、カディは懐に仕舞っていた小さな袋を取り出して見せてくれる。

「首飾り?」

 袋から出したそれは、砂黒地域でしか取れない黒曜石を使った、女性物の首飾りだった。
 カディは首飾りを差し出した手に乗せ、その手を自分の胸の前に引き戻す。

「誰かから預かったの?」

 リルの言葉にカディは笑顔で答えた。
 それから首飾りをまた前に差し出す。

「誰かに渡してくれって頼まれたんだ」

 今度はティコが言う。段々カディとの会話が言葉当て大会になって来ている感じがするが、不思議と会話に困る事は無かった。

「その渡す相手をカディは探しているのね」

 リルの言葉に頷くカディは、今度はそっちの番だとでも言うようにナークの事を見詰める。

「僕の理由話と暗くなるからなぁ……」

 苦笑と共に言った僅かな抗議は、三人に黙殺された。仕方無しにナークは話し始めた。

「僕は、ミラを探している」

 ナークの過去を聞いたばかりの女二人もその名前を忘れる事は出来なかった。
 砂青の蟲司が滅びるきっかけを作った女。
 それがナークの探している琥珀色の髪をし女性、ミラである。

「力の悪用は、蟲司の中では死罪。僕はその刑を執行できる唯一の者だからね。必ず探し出して刑を執行する」

 それが生き残った役目だと思っているから。
 しかし、ミラの居場所はまったくわからず噂すらも聞かなかった。

「だからとりあえず、カディの方を一緒に探してるんだ」

 カディは預かり物を届ける為
 ナークは王族としての最後の勤めを果たす為
 そしてリルとティコは未知の世界を見る為

「まった、話し終わりそうだけど何で私と一緒に旅をしなきゃいけないのかを聞いてないわ。それはまだ言えない事?」

 鋭いところを突っ込まれて、男二人は一瞬固まった。上手く誤魔化して話していたのだがどうにも気づかれてしまった。

「それを話すにはカディの素性も話さなくちゃならないんだよ」

 困ったようにそう言うナークの言葉で思い出した。そう言えばカディの事だけ何も聞いていないのだ。

「話したくないの?」

 じっとカディの目を見てリルが聞く。
 視線を外す事はしなかったが、カディは困った顔をしているだけで話そうとはしない。

「……判った。聞かない。でも、話せる時がきたら聞かせてね?」

 盛大な溜息と共に言われた事に頷いて、カディは微笑む。
 本当は話してもいいのだけれど、きっと理由を話したらリルは怒るだろう。だから言えない。

『命長き者と共に行動すれば、汝が願いは叶うであろう』

 砂黒と砂黄の合間にある小さな村で、占い師に言われた言葉。それを完全に信じたわけではなかったが、『命長き者』ともし出会えたら信じてみようかとカディは思っていた。
 そこに出会ったのがリルだ。
 カディは占い師の言葉を信じてみても良いかと思い始めていた。

「ね、なにか聞こえる……」

 話も終わり、そろそろ火を落として天幕の中に戻ろうかと言う所で、リルが少し遠くを見ながら呟いた。

「……! 伏せて!」

 リルの見ていた方を向いたナークが叫ぶ。
 その声に反応して咄嗟にしゃがんだ頭上すれすれに、大量の羽音が通過してゆく。

「何?!」
「羽蟲だ。だけど、なんでこんな時間に?」

 伏せながら聞かれたティコの質問に答えてやりながらナークは視線を上げて通過して行く羽蟲を見る。
 羽蟲は本来日の光の中だけで行動し、夜の暗闇では視界が殆ど効かない昼型の蟲だ。
 それがこんな時間に集団で飛んでいるのはおかしい。

「戻ってくるわ!」

 通り過ぎた蟲達に、一息ついて顔を上げたリルが見た物は、隊列を組んでいるかのように綺麗に引き返してくる羽蟲だった。
 羽の起こす風に煽られ頭に巻いた砂避けの布や服の裾が舞い上がる。
 羽蟲の通り過ぎる衝撃に耐えようと、リルが再びしゃがんだ時、皆を庇う様にカディが虫に向かって立ちはだかった。

「カディ何を……!」

 見上げた視界に写ったのは、翳した掌から焔を起こし、腕を横なぎに払ったと同時に沸き起こった火焔だった。
 ぢっ、と言う短い音を残して灰になってゆく羽蟲達に呆然としていると、蟲の来た方角から数人の兵士の姿が見えた。

「あれは、砂黒の力?!」
「お、おい。分が悪い! 退却だ!」

 羽蟲を一瞬で焼き払ったカディの事を見て、突然慌てだした兵士達はばたばたと逃げ帰っていった。
 その逃げる背中には太陽の紋章。

「砂赤に追いつかれたのか」

 あっという間の出来事に目を白黒させいている女二人とは対照的に、男二人はさっさと天幕を畳む用意をしている。

「何すんの?」
「移動する。ここはもう追いつかれてる」

 手短に説明して、出立の準備を始める。

「あの男、なんでカディの力が砂黒の力だって知っていたんだろう?」

 まとめた荷物を持ち上げながら、カディは神妙な顔つきでナークの言葉に首を横に振った。
 カディの出身である砂黒は、そこに住んでいる一族の暮らしや持っている能力がどんな物か知られていなかったし、それは今でもそうだ。
 しかし、今の男はカディの使った焔だけで砂黒の人間だと断定した。

「もしかしたらカディ、君の探してる相手は砂赤に居るのかも知れないよ?」

 ナークの言葉に頷いて、カディはその人物を思い出す。
 砂黒の一族、長の息子。
 ラルドの事を