の命 T

 居住区からわずかに離れた場所で、大人達が難しい顔をしている。

「他に、妙案はないかな?」

 今ここに集まっているのは一族の代表者達。その中でも長にあたる人物が意見を促すが、なに一つ妙案は出てこなかった。

「では、これで決定だ。良いなカディ」

 言われて、少年は頷く事しか出来なかった。

「明日、夕刻。死の巫カディを無に還す」

 長の高らかな宣言で、カディの死と会議の解散がきまった。
 空気穴に住み、特殊な力を生まれながらに持つ一族『森羅』
 彼等一族の生と死は二人の人間に委ねられていた。
 生の巫と死の巫。
 古より長命のこの一族は、病や外傷に弱く、傷つけられればすぐに死んでしまうが、死が自然に訪れる事はほぼなかった。
 死は死の巫に頂く物で、巫に命を吸い取って貰う。死の巫はその命を生の巫にわけ生の巫は与えられた生を民に与え、そうして巡ってきた生を糧に子残す。
 生の循環を繰り返して、増えすぎず減りすぎず、一族の血は保たれて来た。
 しかし

「死産とはな」
「何か凶事の前振れでなければ良いが」

 双子として同時に産まれる筈の巫が、生の巫死産と言う事態が起こった。
 一族始まって以来の出来事に長を始めとした代表者達の話し合いが繰り返された。

「幸いにも現生の巫には陰りの兆しがない。死の巫のみ交代と言う事で良いのでは?」

 その意見に皆が頷いた。
 巫の力に陰りがみえると同時に新たな巫が産まれ、新巫の成長と共に現巫の力は衰え死に向かって行く。
 今回、産まれる事のなかった生の巫に、力の陰りはなく、死の巫にのみ交代が訪れたのだろうと思われていた。
 だが、問題は起こった。
 死の巫が完全に交代を果たしたその時から、生の巫に急激な力の陰りが訪れたのだ。

「生の巫が居なくなれば一族の新しい命は産まれんぞ」
「新しい巫が産まれる気配もないのか?」
「依然として」
「死の巫に与えられずとも、やがて緩やかに訪れる死は一族の消滅を意味する。なにか妙案はないか?」

 長の問掛けに、答える者はいなかった。
 話し合いの最初に長から提示された意見以外、皆の中に妙案は浮かばなかったのだ。

「ではこれで決定だな」

 この言葉にさえ、頷く者はいなかった。それほどに賛同しかねる意見でもあったのだ。

「良いなカディ」

 長に確認され、死の巫は頷くしかなかった。
 対で産まれる筈の巫を誕生させるために、死の巫を殺す。
 それが長の出した意見だった。

「一度すべてを無に帰して次の巫誕生に賭けよう」

 その長の一言で、死の巫の処刑が決まった。

「カディ」

 話し合いが終ってから通路を歩いていると後ろから声をかけられ、振り返り立ち止まる。

「お前、あの話し合いでいーのかよ」

 怒り気味に言うのは長の息子、ラルドだった。
 諦めたように笑い頷く死の巫に、ラルドは掴みかかって怒鳴った。

「あんな一方的なの、話し合いじゃねーだろ! お前が死んで、新しい巫が産まれる保証だって無いだろうが!」

 ラルドも民も、本当は長も気付いている。生の巫が産まれなかった時点で、一族の命運が尽きかけていると言う事に。
 それでも、策があるなら試さないわけには行かない。一族の命を守るべき長としての決断だ。
 死の巫もそれがわかっているから黙って頷いたのだ。
 ラルドだって、それはわかっている。わかっているが言わずにはいられないのだ。

「産まれてからずっと一族に支えさせておいた者を、一族の為に殺すなんて馬鹿げてる!」

 叫ぶのは、自分とカディを重ねて見ているから。
 自然の力を操るこの一族の中で、ラルドは風の使い手で、それ故に居住区を取り巻く一帯を風で囲み、外から入り込む病等から守っている結界者の一人として一族に支えている。
 一族の為に身を捧げて支えた者でも、必要とあらば容赦無く殺される。
その決断に危機感を覚えるのだ。

「反論をしろカディ!」

 詰め寄るラルドに死の巫は、微笑んでから軽く肩を叩いて掴まれた腕をそっと離させた。
 その顔には決意とも諦めともつかぬ色が浮かんでいた。

「俺は、外に出たい」

 絞り出される様にいわれたラルドの言葉に、死の巫は少なからず驚いた。
 産まれてからずっとこの『塔』と呼ばれる岩の中から出る事もなく、不老の時を過ごす。
 その一族の暮らし方に不満を抱く者は僅かながらいた。しかし病や外傷に極度に弱い性質上、怖くて誰も飛び出せないでいた。
 ラルドもその中の一人だったのだと死の巫は始めて気が付いたのだ。

「外周警備で中に閉じ籠る奴等より、俺は外の世界を知ってる。だけど、だからこそもっと外の事が知りたい」

 結界者は外の世界との狭間に身をおき、風で病を退け、身をもって侵入者を拒む。
 旅の者が迷い込み、一族に近付く場合もある。それらを塔に近寄らせず旅の道に帰すのも彼等の役目。
 つまりは一番外の世界を知っているのは彼等なのだ。

「滅び行く運命なら、長らえようとあがくんじゃなくやりたい事をやって死にたい」

 一気に巻くしたてたラルドは、そこで大きく息をつき、死の巫を見る。
 死の巫は、困惑の表情を浮かべている。ラルドの訴えは痛いほどに解る。
 しかし巫にはどうにもできないのだ。

「……お前に言っても仕方ねーよな」

 諦めたようにそう呟いて、ラルドは溜め息をついて踵を返した。

「長に、話してくる」

 止める事も出来ずに見送った死の巫は、その足で塔の外へと出た。
 居住区から少し離れた場所にある一つの塔。そこは罪を犯した者や、なんらかの原因で病にかかった者等を収容する為の場所。
 その塔に死の巫は足を踏み入れた。

「巫、お待ちしておりました」

 うやうやしく礼をされて向かえ入れられる。巫がここに来たのは罪人の処刑を執行する為。それと、病をその身に移す為。

「巫、やっとおいでになられたか……さぁ、手早くお願いします。これ以上罪の意識にさいなまれるのはごめんですから」

 狭い塔の中での暮らしでは、発作的な殺人を産む事がある。
 この男もまた、そうした罪人だった。
 死の巫は定期的に罪人と病人を死へと誘う為にこの場へと訪れる。いまこの塔には、一人の罪人と一人の病人がいるが、二人とも死と言う贖罪を求めていた。

「巫、さぁ」

 真っ直ぐに目を見て死を待つ罪人に、ゆっくりと頷いて死の巫はその額に手を乗せる。 ぽそり、と巫が死を呟くと罪人の体から急速に時が失われて行く。
 枯れ、崩れ、粉となってばさっとそこに崩れる。罪人から奪った生命は、死の巫の中にとどまり巫の命と変わった。
 今まではこうして奪った生命は死の巫から生の巫へ移されていたが、今はそれが叶わない。死の巫は奪った分だけ己の生が伸びるのだ。

 次に巫が向かったのはたった一人だけを収容している病棟だった。
 この一族は病に弱い。だから結界を張り、病から逃れている。
 病にかからないから医者も存在しない。従ってまかり間違って病にかかってしまえば、隔離し放置され、死ぬのを待つしかないのだ。
 病にかかる者は結界者とその家族に多く、外周警備をしているさいに細菌を持ち込んでしまうらしかった。
 今この塔にいる男もまた結界者だった者だ。

「……巫……来て、くださったのですか」

 喘鳴と共に紡がれる言葉には、確に喜びの色が感じられた。
たった一人、隔離され見取られる事もなく死に、朽ちるまで放置されるのに比べたら、巫に見取られ、速やかな死を頂いた方がどんなに嬉しいか。

「しかし……うつる危険があるから、来てはいけないのでは?」

 死を求めながらも身を案じてくれる男に、巫は優しく微笑みかけ、横たわっている傍らに膝を着き、頬に張り付く髪を梳くってやってから手を額へと当てた。

「……ありがとう」

 目を閉じてそう呟いた直後に、男は粉となって消えた。