いの
  先

 決断が迫っていた。

 遅くとも、あと3日後には自分の意見を決めなくちゃいけない。

 Aか。

 Bか。

 

 道に迷った時、地図やカーナビゲーションで調べる事ができる。

 でも『人生』と言う名前の道は、一度迷ってしまったら、迷路から抜け出すのはとても困難だ。

 電車の路線を迷った時、検索してより良い乗換えを選ぶ事が出来る。

 だけど『未来』と言う目的地に続くレールは、切り替えポイントを間違えると後々修正が難しくなる。

 

 だから、私は立ち止まってしまった。

 Aか。

 Bか。

 

 選べないまま、悩んだまま。

 夜の闇に思考を沈めて眠りに逃げ込んだ。しかし、心地よい筈の眠りは思考の苛立ちに邪魔されて、中々深くはならなかった。

 

 ふと、暗い視界に白銀の筋が見えた。

 気になってそちらを見ると、一羽の小鳥が闇に光を放ちながら飛んでいた。

 小鳥は伸びやかに闇を飛び続け、羽から光の粉を降らせた。

 その粉はふわふわと宙を舞い、集まり、徐々に人の形を取り始めた。

 白磁の様な白い肌に、闇と同化しているような漆黒の頭髪を持った少年の姿を、光が形取ると、その腕を優雅に動かし細く長い指を口元に当てた。

 ピィ、と短い音がすると、宙を翔けていた小鳥が少年の腕に停まった。

「こんばんは」

 にこりと微笑む少年の笑顔は、まさに夢の様な美しさだった。こんな美しい微笑を持つ人が、現実の者の筈がない。

「ええ。その通り。僕は貴女の住まう世界の者ではありません。僕が住まうのは、人の夢」

 夢に住まう?

「はい。夢に住む、と言うのも厳密に言うと違うのですが、まぁ、理性や常識から離れた思考、夢そのもの。そんな感じの存在です」

 あなた自体が夢だというの? どうして私はあなたと話が出来るの?

「ここは、貴女の意識と無意識の狭間なんです。熟睡と覚醒の間。人がレム睡眠と呼ぶ状態ですね。僕は、レム睡眠時の人間になら姿を見せ、会話する事が出来るんです」

 何の為に?

「貴女の悩みを解す為に」

 悩みを、ほぐす?

「ええ。貴女は今AかB。どちらの道に進もうか悩んでいる。しかも選んだ後のキャンセルは不可。人生を左右する大きな決断を近日中に控えている。違いますか?」

 …いえ、当たっているわ。

 私は悩んでいる。

 Aか。

 Bか。

 悩んで、考えて、余計に解らなくなって、眠りに逃げようとしていたの。

「知っています。だから、僕が見える。僕の話が聞こえるんです。僕を使って貴女の未来をシミュレートして下さい」

 再び少年がにこりと笑う。

 その笑顔の後に、ピィーっと先程よりも長い音が響いた。

 途端、無数の羽音と光が襲って来た。

 

 視界が真っ白になる。

 上げた悲鳴は声にならず、羽音に掻き消された。

 純白の羽で覆われた視界が眩しくて、光から逃れる様に眼を閉じた。

 

 強く眼を閉じてどれくらい経ったか。

 羽音が無い事に気が付いて、恐る恐る眼を見開いた。

 

「なんか、変な夢見たな……」

 朝日の差し込む自室で、一人呟いた。

 変、だったのは覚えている。

けど、どんな夢だったのかは覚えていなかった。

 少しボーっとしてから時計の針を確認してベットから飛び降りる。遅刻だ。

 その辺にあった服に着替えて、テーブルの上のパンを一切れ頬張り、冷蔵庫からパックの牛乳を取り出したら玄関へダッシュ。

 アパートの脇に停めてあるマウンテンバイクに乗って学校へと急ぐ。

 私は今、アメリカはマンハッタン、ミュージカルの聖地、ブロードウェイにあるアクターズスクールに通っている。

 夢はもちろん舞台俳優。ブロードウェイの舞台に立つのも夢だが、最近では日本に帰って母国にミュージカルを広めたいとも思っている。

 まぁ、どちらの夢にせよ結果を伴わなければ叶わない。

 だから、まずは学校だ。

「おはようございます!」

 授業開始5分前。

 一人暮らしの為に、学校後のバイトを欠かせない私は、極端に睡眠が少なく、こうしてギリギリの時間に教室に駆け込む事が良くあった。

「また、ギリギリね。遅れるくらいならいっそ学校も辞めたらどう?」

 クラスメイト達の冷やかな目線が飛んで来る。私の遅刻未遂同様、これもいつもだった。

「ケイシー、そんな忠告意味無いわよ。日本人は働くのが趣味なんだもの。蟻みたいにね」

 嫌味に高い声で笑い合う。いえ『嘲う』と言った方が正確に彼女達の感情が表現できるかもしれない。

 彼女達は『日本人』の私が、このスクールに通っている事が気に入らないらしい。自由の国なんて言いながら、本当の所は『差別の国』だわ。

 言い返せば相手が悪乗りしてくるのは目に見えているから、私は黙ってダンスシューズに履き替えた。

「気にしちゃ駄目よ? あの子達、ダンスで貴方に叶わないから嫌味言うしかできないのよ」

 壁際に寄った私に、そっとそんな事を呟くのはリズ。日本人の祖父から受け継いだ黒髪にアメリカ人の母から受け継いだ白い肌が神秘的な雰囲気をかもし出す綺麗な子。スクールの数少ない友達の一人。

「わかってる。リズ、大丈夫よ」

 にまっと笑ってリズを安心させる。

 短い会話の直後に先生が入って来た。

 一瞬にして場の空気が変わる。だって、今日は学校内とは言え主役を賭けたオーディションの日だから。

「今回、脚本上は東洋系が主人公ですが、校内公演に関係有りません。実力で主役を選びます。皆、力を出しきるように。始めます」

 先生の淡々とした開始の挨拶でオーディションが始まる。

 一人づつ審査員の前でダンス・歌・芝居を披露して行く。出番待ちをする者達は、隣の部屋へと移動していた。

隣室で振りの確認や、発声練習を思い思いに行っていると、私が居るのとは反対側の壁近くに座り込んで、コソコソと話しをしているケイシー達の視線に気が付いた。

(なに?)

 とは思ったものの、そこからまた口論になると面倒なので視線を前に戻した。

「嫌ね、あの視線」

 言いながらリズがタオル片手に近寄ってきた。

「リズも気が付いた?」

「当たり前じゃない。あんな露骨な視線」

 思い切り眉をしかめて、嫌悪感も露にリズがケイシー達を睨む。

 その視線を変えないまま、リズはケイシー達のコソコソの内容を教えてくれた。

「今度の主人公を貴女が狙ってるって。身の程知らずなんて言ってるのよ」

「ふぅん、って事はケイシーも主人公ねらいなのね」

「でしょうね」

 大きく肩を竦めて言う。

 ケイシーと私は成績が常に均衡していて、しかも私は日本人と言う事がケイシーのプライドを傷つけたらしく常に喧嘩腰の言葉が飛んで来る。

 今回の東洋系主人公と言う事で、イメージに近い方が見た目の印象で多少は有利になる。だからケイシーは私を潰したくて仕方が無いのだ。

 先生の話によると一般公開の予定で、多くのプロダクションからも人を集めるらしい。

 誰もが、このチャンスを物にしたいのだ。

「リズは? もちろん主人公でしょ?」

「いいえ。私は最初から準主人公、主人公の親友役を狙っているの。あのソロナンバー好きなのよ」

 私の質問にリズは屈託無い笑顔で答える。自信が無いからとか謙遜で言っているのではなく、本当に準主人公を演りたいのだなとわかる。

「貴女が主人公を取ってくれたら、きっと親友役も演りやすいわ」

 名前を呼ばれてオーディション会場に向かいながら、リズはそう言って私の肩を叩いて行った。

「親友、か」

 リズの言葉が、私は無性に嬉しかった。

「次、準備して」

 入り口から掛けられたその言葉に、私は会場へと移動した。

 選考会では、持てる力を全て出し切りたい。それが出来れば、きっと悔いは残らない。全てをこの公演に掛ける気持ちで、精一杯演じる。

一人一人が、きっと同じ気持ちで、審査委員の前で演じて行ったのだろう。

 そして、選考は発表を残すまでになった。

 男子側の主人公格から端役、と順に発表されて行き、とうとう女子の番。

「主人公には……」

 一瞬の沈黙の間、皆の視線が交差する。

 ケイシーか、私か。それとも他の誰かか。

「主人公は貴女よ。リズ」

「私?!」

 隣に居たリズが裏返った声で返事をすると、周りから次々に祝福の声が掛かった。

「リズおめでとう」

 私も、祝福の言葉を口にしていた。無意識に、笑顔まで浮かべて。

「私、主人公は絶対貴女だと思っていたわ。なのに、私になんて……信じられない! でも、嬉しい」

 興奮した様子でリズは私の両手を両手で掴み、握った。リズの手は、感動のせいか少し震えていた。

 呆然とした思いで、次々に発表される配役を聞いていると、先生の『以上』と言う言葉が聞こえて来た。

(私……呼ばれてない……)

 役が貰えない所か、舞台にすら立たせて貰えないのだ。

「先生! なぜですか!?」

 場が解散されてから、私は先生に食い下がった。端役すら与えられないのは納得がいかなかった。

「悪いけれど、日本人の貴女には華が無い。それに、日本人特有の体系のせいなのか技術はあるのに踊りが栄えないのよ。声もね。華の無い人を主人公には出来ないし、かと言って群舞に出しても埋もれてしまうわ。華を身につけるまで、貴女に舞台はまだ早いのよ」

「そんな、それって私が日本人だってだけじゃないですか! そんな差別…!」

「嫌なら、学校を辞めてくれて構わないわよ?」

 私はそれ以上二の句が挙げられなくなってしまった。

(悔しい……)

 日本人だから、それが理由?

 ここがアメリカじゃなかったら、私は役が取れていたと言う事?

 フラフラと更衣室に向かった私は、更衣室の中からリズの嬉しそうな声が聞こえて、泣きそうになった。リズが役を取れたのは嬉しい。だけど、素直に喜べない。

(でも、役を取ったのがケイシーじゃなくて良かった……)

 そう思い直して、扉を開けようとした時、中から聞こえてくる会話の組み合わせが変な事に気が付いた。

(リズと、ケイシー? なんであの2人が一緒に……?)

 不思議に思って、少し会話を聞いてみる事にした。が、私は直ぐに耳を疑った。

「あの子、まだ先生に食い下がってるのかしら? いい加減無駄なのにね」

「聞いてよ、あの子私が『主人公に向いてる』って言ったの鵜呑みにして張り切ってたのよ」

「馬鹿ねー! 日本人なんかがなれる訳ないじゃない!」

「ほんと馬鹿よね。ちょっと友達のフリしてあげただけで私の事全面的に信じちゃって」

「あの時、リズの『親友』って言葉嬉しかったみたいよ? 嬉しそうな顔しちゃって、笑い堪えるの大変だったわー」

 二人分の高笑いが続いた。

 グルグルと、私の頭の中を二人の言葉が駆け巡っている。

 友達なんて、居なかったんだ……

 日本人だからって役も貰えなくて……

 留学を、しなければ良かった?

 あの時日本に留まっていれば、日本で劇団に入っていればこんな惨めな思いはしなくて済んだ?

 じゃぁ、私の二年間は、なんだったの?

 

 急に目の前が白くなり、視界がホワイトアウトする。

 白かった視界が真っ黒に変わり、その中を一羽の鳥が飛んでいるのが解る。

 一羽だった鳥が少しずつ、少しずつ増えて行き、再び視界を白が埋め始める。

 

 朦朧とした意識の中で、鳥の群が私に目掛けて来るのを感じた。

 

 不思議な無音の中、私の目の前いっぱいに白い鳥の羽が広がり、横を飛び抜けて行く空気に引っ張られて、ぐらりと体が後ろに傾いた。

 

「危ない!」

 声と共に私の体は誰かの腕によって支えられた。

「大丈夫か?」

 私を抱き止めながら心配そうに顔を覗き込んで来る青年の顔に、私の視界はやっと焦点が合った。

「だ、大丈夫! ごめん、腕平気?」

 事態をやっと把握できた私は、飛び起きて青年の腕を見る。ぶつけたりはしてないみたいだ。

「俺は平気。それより、ほんと平気か? 立ちくらみ?」

「うん、多分。最近寝不足だからかも」

「気を付けろよ?」

「うん。ありがとう」

 作業に戻って行く青年に笑顔で手を振る。平気、とは言ったけど、まだ微妙にぐらぐらする様な変な感じがする。

 高校を卒業後、留学を諦めた私は、日本の俳優専門学校に通い、この春めでたく目指していた劇団の団員になれた。

 だけど、なっただけでまだ役が貰えるまでに至ってない。

 小規模と中規模の間くらいのこの劇団では、スタッフも役者が兼任する事が多くて、ダンスをするのとはまた違った体力を必要としていた。

 学校では役者の勉強しかしなかったから、初めてのスタッフ仕事に悪戦苦闘しながら、日々の仕事を何とかこなしていた。

「あ、それ重いから俺持って行くよ」

「あ、ありがとう」

 さっきから私を助けてくれているのは、同期入団の久世君。彼も下積み仲間の一人。

 だけど、勿体無いと思う。

 久世君は背も高くて、顔も良い方だ。

 芝居も上手いと思う。問題なのは歌と踊りだと思うけど、観られない程酷い物じゃなかった。

 同期の中で、久世君は特出していると思う。自分も早く舞台に立ちたかったが、彼が舞台に立つ事も、私は同じくらい望んでいた。

「次回の公演は秋に決定しました」

 一日の終わりに、いつもは無い団長からの話があった。

 決定事項を事務的に発表していく団長の話を、ベテランの俳優もだが、私と同じ新人俳優達は真剣な面差しで聞いていた。

「メインキャストはベテランに演って貰う事になると思うが、アンサンブルキャストには新人の起用を考えている。2週間後に新人オーディションをやるからそのつもりで。以上、解散」

「お疲れ様でしたー!」

 稽古場が皆の声で震えるが、直ぐにそれはざわめきに変わる。

「オーディションだって!」

「劇団入ってから始めて公式舞台に出るチャンスだぜ」

 私の同期達は口々に喜びを湛えながら帰り仕度を始めている。

「オーディションって、どんな事やるんだろう?」

 独り言のように誰ともなしに言った私の疑問に、横に居た久世君が答えてくれる。

「多分入団オーディションと同じ様な感じじゃないか? 歌と芝居とダンスを一人5分程度でさ」

「じゃぁ、課題は次回公演の台本から出されるかもしれないね」

 言葉を返しながら私は、久世君が帰り仕度をしていない事に気が付いた。

「帰らないの? 結構遅い時間だよ?」

「うん。だけど、少しでも練習しておかないと。俺ダンスと歌ヤバイから」

 苦笑を浮かべながら言う久世君は、もうダンスシューズに履き替えていた。きっと、いつも残って練習していたんだろう。先輩の一人が来て「程々にな」と声を掛けて練習室の鍵を渡した。

「……ねぇ、私も残っていいかな?」

「え? 良いけど、時間平気か?」

「平気平気。家近いから」

「そうか? なら良いけど」

 だって、自分の弱点を認めて頑張っている人を目の前にして帰るなんて出来ない。

 私も、今度の公演で役が欲しい。

 そうしたら、少しでも練習あるのみだ。

「どうせなら、ダンス教えてくれないか? お前ダンス得意じゃん?」

「教えられる程じゃないと思うけど……」

「でも良いよ。教えてくれよ」

「んー、わかった。代わりに芝居教えてくれるなら良いよ」

「おーし。練習相手、勤めさせて貰いましょう」

 そうして、この日から私と久世君の居残り練習は習慣化していった。

「凄いじゃん久世君! 上達早いよ」

「そうか? まだなんかぎこちない気がするんだけど……」

 休憩の間そんな雑談をしていると、帰ったと思った先輩がレッスン室にやって来た。

「よぉ、頑張ってるな」

「あ、お疲れ様です」

「おう。明日はオーディションだろ? 今日はこれくらいにして帰った方が良いぞ? 疲れが残ると良い結果が出ないからな」

「はい。そうします」

 素直に従って帰り仕度を始めた私達を、待っていてくれた先輩とレッスン室を出ようとした時、先輩が久世君を呼んだ。

「なんですか?」

「ちょっと」

 と少し離れた所から手招きをして、久世君だけを側に呼ぶと、小声でなにやら話し始めた。

 久世君は何か驚いている様な感じで、会話は短い間で終わった。その会話の後先輩は先に帰ってしまい、久世君が妙な表情で私の元に戻って来た。

「どうしたの?」

「いや……ちょっと……」

 話し掛ける私に、歯切れの悪い言葉を返す久世君は、暫く無言で歩いてからポソリと呟くように話し出した。

「…さっきの、先輩の話しな。俺、もう役もらえるの決定してるって……」

「え?」

「明日のオーディションは、形だけで俺に内定してるからって……」

 咄嗟に、言葉が出て来なかった。

 確かに久世君は上手い。舞台に早く出れれば良いとも思ってたから、良かったねと言う言葉が出てきそうにもなった。

 でも……

「じゃぁ、頑張ってる私達は、なんなの?」

 出した言葉は、全く逆の意味を持つ物だった。

 私の攻めるような言葉に、久世君は俯いて、ただ一言「ごめん」と呟いて、その後は二人とも無言のまま家路についた。

 翌日のオーディションは、私も久世君も一応受けた。

 そして、当然役は久世君の物になり、何も知らない皆からは居残り練習の成果だなと、祝福の声が上がった。

 そんな光景を見ていられなくなった私は、一人会場から立ち去った。

 更衣室に向かう途中で久世君に追いつかれ、声を掛けられる。

「なに?」

「あのさ……内定してた事、皆には……」

「言わないよ。皆が可哀想だもん」

「悪い……でも、俺はチャンスを潰したくない。練習付き合ってくれたお前には感謝してる。でも、悪いけど先に行く」

 そう言った久世君の顔に迷いは無かった。

 それから、久世君はトントン拍子に売れて行き、滅多に話す事も出来無いくらいの存在になってしまった。もちろん、久世君から話し掛けてくれる事も無くなった。

 その後も劇団では、実力が無くても顔だけ良い子や、売れそうな子だけを役に付けて、実力での正当な評価はして貰えなかった。そんな劇団のやり方について行けなかった私は退団をした。もちろん、他の劇団に入るつもりだった。でも……

「前の劇団を辞めた理由は?」

「劇団のやり方について行けなくて……」

「そんな理由? そんなんじゃどこでもやって行けないよ。少なくともうちはやる気の無いのは要らないから。君、もう帰って良いよ」

「そんな……!」

 こんなやり取りを何回しただろう? 演技も踊りも観て貰えないままの門前払いに、私はもううんざりしていた……

 

 気持ちに引きずられたのか、視界まで真っ暗になって行く。

 自分の手さえも見えない暗闇で、私は一人立っていた。目を瞑っているのか、開いているのかさえも解らない闇が広がっていた。

 

「シミュレートの結果は如何でしたか?」

 直接頭に響く少年の声が聞こえた。

 ふと気が付くと、柔らかな微笑を湛えて、うっすらと輪郭が発光してる様に見える少年が目の前に佇んでいた。

「AとB。どちらの未来がお好みでしたか?」

 ……シミュレート。

 そうか、私は二つの未来をシミュレーションしていたんだ……

 だけど……

 

「なにかご不満そうですね?」

 どちらの未来も、先が無かった。

 それは、私にこの道自体を諦めろって言っているの?

「貴女が本心からそう望むのなら、それも良いでしょう」

 どう言う意味?

「貴女には今三つ目の道が出来たという事ですよ。Aの留学かBの国内か、Cの夢を諦めるか」

 夢を、諦める……

「人と言う生き物は、無数に広がる可能性と言う『道』を一つ一つ切り捨てて生きて行くのだと思います。捨てた道は二度と歩めないから、なるべく最良の物を選びたい。そんな皆様のお手伝いをするのが僕です」

 でも、結局私は悩んでいるわ。

 Aも、Bも。それにCを取っても私は後悔する事になるのだもの

「そうとは限りませんよ?」

 なぜ?

「シミュレーションは、あくまで『模擬』だからです。Aを選び、差別に耐えて、皆を黙らせる程の実力を身につける事も可能でしょう。Bを選んで、努力を重ねれれば、貴女の事を認めさせる事はできるでしょう」

 未来が、変わると言うの?

「未来は、変える物です。自分の心の持ち方一つでどうとでも変わりますよ」

 ……じゃぁ、もしCを選んだら?

「それはシミュレートするまでもなく、貴女が一番お解りになるっているんじゃないですか?」

 そう、ね。

 きっと後悔するわ。

 あの時、舞台の道を選んでいればって。私は舞台の他に特にやりたい事って無いから、きっと事務とか適当な職に着くか、フリーターになって、芝居を観に行く度に後悔するんだわ。

 自分があの場所に立っていたかも知れないって。

「それを、望みますか?」

 いいえ。

 辛い事が待っていても、私は舞台の道を取る。

「では、選んで下さい。AかBか」

 留学か

 国内か

 

 Aか

 Bか

 

 決めたわ。私が選ぶのは………

 

 

 

 

 暗闇から一気に広がる光で、視界が白く塗りつぶされる。

 

 耳が痛い程の静寂が、電子音で破られる。

 

「ヤバイ! 遅刻!」

 

 そして高校へと進路の報告に走って行く背中を、白い小鳥が見つめていた。

 

 

 Aか。

 Bか。

 

「あなたはどちらを選びますか?」

 

 にっこりと、少年が微笑む。

 

 

                 了