守護
  使

「ねえ、ほんとにやるの?」

 日付は葉月、十三日の金曜日

「やるわよぉ、なに? 皆怖いの?」

 死者が生者の元帰る、盆の初日が今日と相成ります。


「怖い、訳じゃないけどぉ〜」

 今夜地獄の蓋も開き、門番共も楽しげに

「じゃいいじゃない」

 現世見物と参ります。

「うん………」

 夜明けも近付き空薄暗く

「ほら、指付けて」

 時刻はすでに午前二時

「…質問は、耀(よう)がしてね?」

 人は其を『丑三つ時』 または…

「OK。始めるわよ………」

 怨霊共の行き歩く『逢魔が時』とも申します。

「守護霊様。守護霊様。お出でになりましたら鳥居の所まで動いて下さい」


   ビー! ビー! ビー! ビー!


『非常事態発生!北東経緯三十二度、日本。 関東地区北西、K県。M市内K213に警告確認。
 地区守護者に命令。削除開始』

「おい、猟(りょう)、又お前のとこだぜ」

「…はぁ…、勘弁してくれよぉ……」
「いいじゃねえか。それだけ“終り”に近付ける」
「“終り”の後は、“転生”か“消滅”か… お前はどっちだろうな?」
「…どっちでも、“狩り”さえ終わればな」


    ++ * ++  ++ * ++


「きゃあああ!」

 少女等に呼ばれし異形の魔物、怯え震える少女を餌と決め、久方振りの現世で何とも豪華な獲物、捕らえ食さんと爪を振るう。


「いやぁ! なんなのこいつぅ!」

 其へ現れし眩き光、少女を獣の牙より救う。

「なに……?」

 翼持ちし少年、時空の狭間より現れん


『形状分析作動。…分析終了。目標確認。消去開始』

 少年放つ光の渦に叫び残して獣は消える。

『グ…ギギッ…ガ! ギャァァァァァァァ!』

 空から舞い降り少年の姿真に美しきかな。

「………あ、あなた…は……………」

 夜空の髪に漆黒の瞳。黒衣にその身を包み、背には純白の翼がはためく。

『お前…俺が……見えるのか?』

 低きその声心地好く、少女虚ろに返事する

『見えてるんだったら、忠告を一つ………』

 優美な姿が語らう言葉、其はさながら、

『馬鹿な遊びで人の仕事増やしてんじゃねぇよ! 馬鹿女!』

 雷鳴の如く。


「なっ………!」

 少女驚き言葉をなくす。

『じゃぁな』

 翼はためき少年が、僅かに空に浮き上がる。

「ち、ちょっと待ちなさいよ!」

 咄嗟に少女ははためく翼に手をのばす。

『ばっばか! 触るな!』

 翼に少女が振れた時、天より警報鳴り響く。

『非常事態発生! 警告確認。守護者番号1974、規定外行動によりあなたは地区守護者から個人守護者へと降格されました。任務内容は前任者から引き継ぐ事。以上、交信を終る』

『じ、冗談じゃねぇぞ! 俺のせいじゃねぇだろーが! おい! 何とか言えよこらぁ!』

 天に向かいて叫びし少年の翼刹那に黒耀へと転ず。

「ちっくしょぉ! もう少しだったのに!」

 座り込んで少年は悔しがりて床に拳を突き立てる。

「…なんだか良くわかんないけど、あたしがあなたに触ったのがいけなかったのね?」

 光輝く少年の姿、今では光りも消え去って、現世の者と変わり果てん。

「………そぉだよ」

 掃き捨てる様に少年は言う。暗く沈みし其の顔で少女事の重さを思い知る。

「御免なさい…………」

 少女素直に謝りて、少年、少女を振り返る。

「ま、なっちまったもんはしょうがねぇや」


 大きな溜息と共に陰気な空気も吐き捨てて、優しく微笑む少年の、笑顔まるで天の御使いの如く。

「それより、他のやつ等ほっといて大丈夫かよ?」

 獣に掴まれし少女等の安否いまだ知れず、少女慌てて歩み寄る。


「皆! しっかりして!」

 抱き起こして名を呼びても少女等の意識戻らず、少年其の頬に触れる。

「少し毒素に当てられてる。取り出すか…」

 額の上に掌翳し、光集めて毒を抜く。

「毒素確認。毒素回収開始…回収終了。」

 光収めて少年離れる。閉ざされし少女の瞳今緩やかに開かれん。

「……わたし…………?……」

 気付きし少女いまだ意識朧気に、しかし状況把握せんと辺り見る。

「よかったぁ……、皆目ぇ覚めて。この人がね、助けてくれたんだよ」

 傍ら佇む少年を、紹介されし少女達。其の姿見て目を見張る。

「? どうしたの?」

 どこか呆然とした眼差しで、少年見やる少女達。次に発せられた言葉は大地揺るがす怒涛の悲鳴。


「いやぁああああ! かっこいー!!!」

 虚を付かれし其言葉、逆に少年目を見張る。

「ヴィジュアル系の黒スーツに」
「中性的な整った顔立ち! 黒い髪と瞳!」
「極めつけに背中に漆黒の翼!」
「いやぁ〜ん! 堕天使様ぁ!」

 狂気と見紛う悲鳴を上げた少女等は、少年近寄り抱きつかん。

「ぅわ! 止めろ! 離せ!」

 思い思いに手を伸ばし、至る所を触りつつ、少女等背中の翼に触れる。

「すごーい。ふわふわだー。どうやって作ったんですかー?」

 言いつつ触れる少女の指輪が、翼の一部引っかかり、一枚の羽を引き抜いた。


「いてっ!」

 小さく漏れた少年の、言葉に少女等動きを止める。


「痛いって……翼に感覚有るの? ……って事は……本物?」

 問いに頷く少年に、またも少女等の絶叫が響く。

「お兄さん何者なの?! 話し聞かせて!!」

 今宵は眠れぬ夜になりそうだ、と少年またも溜息漏らす………



「じゃあ、お兄さんはもう死んでるんだ」

 話し聞く為テーブル片し、変わりに茶菓子と茶を持って、少女等少年取り囲む。


「ああ。まぁ簡単に言うと『もう一回人間に生まれ変わりたきゃ働け』って方針の天上界にき使われてる職員な訳よ」

 室内にて邪魔となる翼仕舞いし少年は、窓辺に座りて己を語る。

「普通に死んだ奴は、ちょっと待てば転生。寿命をまっとう出来なかった奴は、働いてから転生。でも、俺らみたいに『ぜってー人間に転生希望!』ってのはこの『狩り』をしなくちゃならない」

 語る少年の口から出たる、聞きなれし言葉。

「狩りって?」

 其言葉の真意知る為に、少女等オウム返しに聞き返す。

「怨霊とか、亡者とか言われてる奴等をあの世に送るんだ。強制送還みたいなもんだな。狩りをするのは『地域守護者』と『個人守護者』の二種類で、地域の方は担当地域全ての狩りを引き受けるから疲れるけど転生までのスピードが早い。そのうえ希望に添った転生が出来る。個人守護者の場合、一人につき一人の守護者が付いて、守護してる人間の周りで起きたものだけを狩るから簡単な代わりに転生が遅くなる。しかも『人間』に生まれ変わる事以外は選べない。男とか女とかな。で、俺は地域守護者から個人守護者に降格された訳」

 話し終わりと同時に、少年に触りし少女―名を耀と言う―再び少年に頭を下げる。

「ゴメン! もうちょっとで転生できたのにあたしが触っちゃったから降格されちゃったんだよね? ほんとゴメン!!」

 真相聞いて改めて、少女己の過ちの大きさに、謝り足りんとばかっりに、手を合わせ拝むように少年に謝罪する。

「だから、もうなっちまったんだから仕方ねぇって。気にすんなよ」

 笑って許す少年に、少女等少なからず心を揺すられる。

「しっかし、俺の守護するのはどいつなんだ? 前任の守護者が現れる筈なんだけど……」

 誰ともなしに呟いた、少年の言葉に答える者有り。

「あー……、やっとそこに気がついてくださいましたかぁ〜……」

 耀と言う名の少女の背後。存在薄く影現る。

「きゃぁああ! び、びっくりしたぁ! なんなのよあんた!」

 叫びて少女等一斉に、影から離れ少年にすがる。

「ずぅっと居たんですけどね……僕存在薄くて……力も弱いので、皆様が気が付いてくれるまで姿を現せなくて………ああ、申し遅れました。耀さんの前任守護者です」

 首を垂れる其影を、凝らして見れば純白の、翼が生えし青年なり。

「じゃぁ、俺はあんたから仕事引き継げば良いのか?」

 少々の驚き隠し少年は、なるべく自然な調子で問いただす。

「そう言う事です。僕もやっと黒い翼から白の翼に戻れます……。いやぁ、よかった………あぁ、そうそう。仕事の引継ぎですね。特にこれと言ってないんですがね……この人、妙なの良く連れて来るんで、それだけ気をつけてくだされば」

 其言葉が終るがいなや、天上より光降りて青年消える。

「……おい、引継ぎってそれだけかよ! 仕事内容とか現世での住居とか、そんなんの説明はねぇのか!」

 叫びし少年の声、光消えし夜空に溶ける。

「天上界って、意外と適当なのね………」

 少女等の呆れた声に少年は、本日三度目の溜息を、深く深く吐き出した…… 

「ま、そんなこんなでよろしくな」

 立ち直りし途端に話題降る、少年の視線の先には驚きの表情称える耀が居た。

「あたし??」

 己を指さし驚く耀の、脳裏に先の言葉が蘇る。

  『前任者から引継ぎ』
  『耀さんの前守護者です』

  『じゃあ俺はあんたから仕事を引き継げば良いのか?』

「耀ずるい! 格好良いお兄さんに守られる上に同居なんて!」

 友人達の一人が叫ぶ。其言葉、妙に気になり聞き返す。

「同居……?」

 思いがけず耀と少年二人の声揃いし質問に、大きく頷き少女答える。

「だって、耀の事守るんでしょ? 死んでるから家無いんでしょ? 耀一人暮らしでしょ? 同居で昼も夜もがっちりガードでしょ?」

 其答えに二人の反応、気持ちの良いくらい二つに割れる。

「何言ってんのよ! 男の子と二人でなんか暮らせないわよ!」
「その手があったか」

 予想外の少年の言葉。耀は目を丸くし少年見やる。


「ま、よろしくな」

 ニヤリと笑う少年の、顔には反対する気を失わせる何かがあった。


「お兄さん、名前は? 私は神楽坂(かぐらざか)耀(よう)」

 諦め名乗る少女は仕方なく右手を差し出した。


「猟。雁谷(かりや)猟(りょう)」

 こうして、耀は過ちの代償として、守護者―猟との共同生活を送ることと相成った。