「あの、この機材はどこに?」
「あぁ、それは卓に持って来て。残りのケースは舞台袖に置いて」
「わかりました」
都内にある中型のホールでは今、明後日から始まるイベントの仕込みの真っ最中だった。
照明・セット・音響の機材が所狭しと、しかしどことなくまとめられてホール内に運ばれていた。
「おーい、衣装ケースが袖にあるぞ? ちゃんと衣装さん所に運べやバイトー」
「はい! すいません!」
仕込み専用のバイト君達が、現場のおっさん達にこき使われて走り回る。きっと、彼等の中には将来この職を目指している子も居るのだろう。
明後日から開催されるこのイベント名は【Not Yield! 〜諦めない〜】
主催は最近注目を浴びているファッションブランドと、なぜか音響会社だった。
ファッションブランドの名前は【M】
音響会社の名前はsound-A
今回のイベントは、音楽劇の要素を取り込んだファッションショーとして密かに注目を浴びていた。
「よう。仕込みはどうだ?」
舞台袖から現れたのは濃茶のジャケットをラフな感じに着こなした背の高い青年。
話し掛けられたのはコードいっぱいの機械に囲まれた黒ずくめの女性だった。
「もう終わる。リハ行けるよ。服の準備はどうなのよ?」
「準備できたぜ。自慢の叔父さん仕込み、聞かせて貰うぜ」
「聞かせてやりましょう。心行くまで堪能してください」
お互いニヤリと笑い合って言った後、青年はふと何か思い出したように話題を変えた。
「そういや、その叔父さんは? やっと肩並べられるようになったんじゃないのか?」
その質問に、女性は憤りを隠さずに唸った。
「あんのくそ叔父貴、ブロードウェイに行きやがったのよ! 絶対追いかけてやるんだから!」
「いーんじゃね? 追いかける夢が続いて。俺も海外進出目指すかな」
穏やかに笑う青年を見て、女性も口元を緩めた。あぁ、こう言う呑気なところも変わっていない。
「その前に、目の前のイベントを成功させなきゃ。リハ、始めますか? 兵頭社長」
「始めるか。頼んだぜ、野本社長」
『社長』と言う響きにお互い笑いあって、パシッと手を一つ合わせて各々の社員に指示を出し始める。
ブランド【M】のMは真琴のM。
音響会社sound-AのAは明良のA。
十数年前の約束を、今果たそう。
そして成功したショーのインタビューで2人はこう答えるだろう。
「Not Yierd!」
終
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