「おじさん!」
まだ小学生にもなっていないような子供が、大柄な男性に飛び付きます。
と言っても、子供の背が小さすぎて飛んでも男性の腰の辺りにしがみつく事しか出来ませんでしたが。
「明良、観に来てたのか」
子供―明良の頭を撫でながら笑みを浮かべる男性に、明良は頭がもげるんじゃないかと言うくらいの勢いで首を縦に振って返事をしてます。
ここは都内にあるとある劇場の楽屋。
観に来た、と言う事は明良は何かの芝居を観に来た事になるけれど、『おじさん』と明良が呼ぶ男性の服装はちょっと汚れた黒ずくめで、役者さんには見えません。
「野本さん」
後ろから声を掛けられて、男性は明良に少し待ってろ、と言って声の方に行ってしまいました。
それでも明良は笑顔のまま。
大好きな叔父さんが、必要とされているのが嬉しかったからです。
明良はもちろん一人でここに来た訳じゃありません。パパとママが一緒です。
叔父さんとパパが兄弟で、でもあんまり仲は良くなかったみたい。
叔父さんは、その呼ばれ方に反して結構若い。パパとは年の離れた兄弟なのだそうです。
明良はこの若い叔父さんを、叔父と言うよりお兄さんの様に慕っています。
最近になって初めて会った叔父に、どうして明良がこんなに懐くのか解らないとパパ達は言うけれど、明良は叔父さんが大好きです。
だって、親戚の中で一番話しやすいから。
明良のおうちは会社を経営していて、それは代々受け継がれるんだそうです。
だから家には『古いしきたり』とかが沢山あって、だけど明良はそれが嫌いでした。
他の子供みたいに遊べないのがその原因。
つまらなくて、遊びたいのにお作法とかを習わされて、おうちが凄く嫌になっていた時に現れたのが、この叔父さんでした。
反対された仕事に就いたから『勘当』されていたそうだけど、一人前に仕事を貰える様になったから、一度観に来て欲しいと伝える為に何年かぶりにおうちにやって来たのです。
その時以来、パパも叔父さんに少し優しいみたいだし、何より、生まれて初めて観た演劇と言う物を明良は叔父さんと共に大好きになってしまったのです。
「お待たせ明良。兄さん達は?」
「向こうで待ってるって」
「そうか、面白かったか?」
「うん! あのね、音の中にいたみたい!」
「…そうか」
嬉しそうに叔父さんが笑った。
叔父さんの仕事は『舞台音響』。
どの座席で観ていても、舞台上の音が均一に聞こえる様、そして何より物語りの一部になる様に音を調節するのが役目。
明良は音楽に対する反応が良い子でした。
だからこそ、叔父さんと演劇を大好きになったのかもしれません。
「あのね、明良ね、大きくなったら叔父さんと一緒にお仕事するの!」
「明良も、音響の仕事がしたいのか?」
「うん!」
「そうか。それは楽しみだな」
一緒に仕事しようね、と約束の指きり。
それから、時が経っても明良の思いは変わりませんでした。
「野本明良。将来の夢は芝居を中心とした舞台音響になる事です!」
***
第一幕 第二場
暗闇の中で勢い良く扉の閉まる音が響く
少年
ちくしょう! 開けろよ!
(ドアを叩くフリ。暫くしてから諦める)
…くそっ
進行役登場
進行役
さぁさぁ、ここにも一人迷える子羊ちゃんが。
子供ABC登場
進行役
彼は先程の少女と違っていじめっ子に無理やり扉を潜らされた様だ。
(子供達と少年パントマイムでその情景を再現)
裏路地にあった扉を潜っただけだから、彼は不思議の国に来ている事に気が付いていない様だ。彼も旅に出なきゃいけない。私が教えてあげなくては。
少女現れる。進行役を真中に二人並ぶ。
進行役
ようこそ不思議の国へ。
少年/少女
不思議の国?
進行役
そう。この国はあらゆる不思議で出来ている。
君の居た世界とは違う空間にあるのさ。
少年/少女
元には戻れるの?
進行役
戻れるとも! 私はその旅先を教えに来たのさ。
少年/少女
旅?!旅をしなきゃいけないの?
進行役
そうさ。旅をして、君の世界に通じているドアを探さないといけない。旅は辛い事もあるかも知れないが、まぁ頑張ってくれ。旅先は
(両手で右と左を指す。少年は右を向き、少女は左を向く)
あっちだ。さぁ、行きなさい!
少年・少女お互いとは反対方向に歩いて行き、そのまま舞台から消える。
進行役
さぁて、一人きりの旅にたえられるかなぁ?
転換
***
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