学園祭。

 その言葉の響きに心弾む人は多いはず。

 面倒くさいと言いながらも、準備期間に入ると結構みんな協力的で、揉め事も起こるけどそれも楽しい思い出になってしまう。

 そんな学園祭がこの高校にも訪れようとしていた。

 とは言え、まだ準備に時間の掛かる部活などが用意をしているだけ。

 今はまだ学園祭本番の9月から、1ヶ月半も前の時期だった。

 放課後の部活の時間、学校のそこら中で賑やかな声が聞こえているが、ここ、被服室だけは静まり返っていた。

 人が居ない訳じゃない。

 裁縫部員5名が黙々と自分の作業に取り掛かっているので、ほとんど音がしないだけなのだ。

 そんな裁縫部の扉をノックする音が、広い教室に響いた。

「はぁい」

 席を立つでもなく、部員が返事をすると『失礼します』という声と共に、数人の女生徒が来室した。

「あの、兵頭真琴さんっている?」

 扉から一番近い席で作業をしていた裁縫部員に聞くと「兵頭先輩なら…」と、窓側の一番後ろを眺めやった。

「あそこに居るのが兵頭先輩ですけど?」

「え…」

 教えられた女生徒達は驚いた表情で、教えられた方向を凝視した。

 窓側一番後ろには、一人の人物しか居ない。

「だってあれ……」

「間違えじゃなくて…?」

 信じられない、と言った様子の女生徒の質問に、さっきと同じ裁縫部員が答える。

「合ってますよ。兵頭先輩に何の用です?」

 逆に聞き返されて、自分達が名乗りをあげていない事に気がついた女生徒達は慌てて自己紹介を始めた。

「ごめんなさい、用件言ってなかった。私達は演劇部の三年で、兵頭さんに衣装頼みたくて来たんだけど…」

 夏で多くの部活は三年生が引退しているが、文科系の部活ではこの学園祭を最後に引退を決めている三年が多い。演劇部もその一つの様だった。

「わかりました。じゃあ先輩呼んで来ますよ。ちょっと待ってて下さい」

 カタン、と席を立って裁縫部員が近づいたその先は、やはり先程と同じ席。

「先輩、呼んでる。演劇部だってさ」

「演劇部?」

 疑問符と共に振り向いた兵頭真琴は三年ながら部活に残っている者の一人で、この学校では割と有名な人物だった。

 ただし、名前だけ。

 裁縫部が毎年行って来た、学園祭での自作服飾展示会でダントツの人気を誇ったデザイナーの卵なのだが、決して本人は表立って行動しようとしない謎めいた人物。とされていた。

 しかし、現実は違う。

 真琴は表立って行動していたし、展示会の受付だってしていた。なのに何故本人だと気が付かれないのか? それは誰もが『裁縫部』と言う部名で真琴を大人しそうな女の子と思い込んだからに他ならない。

「演劇部さんが俺になんの用?」

「……兵頭、真琴さん…よね?」

「間違いなく。俺が兵頭真琴だけど?」

「そ、う…なんだ……」

 演劇部員達の前に顔を出したのは、細身だが長身の男子。

 やさしい感じはするが、女の子に間違われる様な顔つきではない。

「あ、その反応は。兵頭は女だって噂信じてたクチ?」

「うん……本当は男だって噂も聞いてたけど、結構びっくりした…」

「俺は慣れちゃったけどねー」

 にこりと笑う真琴に、気分を害した様子がなくて、ホッとしながら演劇部員達は本題を思い出した。

「あ、そうそう。今度の学園祭でやる芝居の衣装を担当して貰いたくてお願いに来たんだった」

「芝居の衣装? やった事無いからなぁ…」

「そこを何とかお願いしたいの! 今回で私達も最後の公演だから、演技はもちろん、衣装やセットも妥協したくないの。だから、お願い!」

 ぱん! と手を鳴らして拝まれる。

 そこまでされてしまうと断り辛くなってしまうのが人と言う者。しかし、真琴も学園祭用の服を作っている最中で、それに衣装もとなると完全に時間が足りない。

「今からじゃ時間的に結構無理があるよ。俺一人じゃ……」

「いざとなったらデザインだけでも良いの! 縫う段階になったら私達も手伝うし」

「お願い兵頭さん! 去年の学園祭で出展した貴方の服見た時から、皆いつか兵頭さんに衣装頼みたいねって言ってたんだ」

「それほんと?」

 畳み掛ける様にお願いしていた演劇部員の言葉に、初めて真琴が大きく反応した。

 それに気が付いた演劇部員はここぞとばかりに言葉を並べる。

「ほんとだよ! 一目見た時から気に入ってさ。この服着たいなーって言ってたんだ」

「デザイン良かったから、絶対卒業までにこの人の衣装で演りたいって思ったんだ」

「だから今回は悲願のラストチャンスなの! 無理は承知でお願い! 布代はもちろん、デザイン費も出すから!」


 デザイン費、と言う事は『学校の友達に作って貰った』で済まさず、正式に『仕事』として依頼をする、と言う事になる。

「わかった。そこまで言うのなら請け負いましょう!」

「本当に! ありがとう!!」

 喜びの抱擁を交わすと、演劇部員達は早速だけど、と部室に真琴を促した。

 演じる芝居のストーリーと、配役を説明すると言うのだ。もちろん、時間が無いので早いうちに採寸ができるのはありがたい。

 真琴も異論無く演劇部へと移動を開始した。

         ***

    第一幕 第三場



少年
  これを、直せば隣町まで連れて行ってくれるんですね?


騎士
  あぁ。途中にある魔物の森も俺が命を賭けてお前を守る。必ず町まで連れて行ってやろう。ただし、本当にその首飾りを直せたらの話だ。


少年
  やってみます。だから、貴方も約束を忘れないで下さいよ?


       ***