夕日に赤く染まった校舎の中を、明良は一人歩いていた。

 今ごろは、演劇部の中で公演に向けての準備がちゃくちゃくと進められているのだろう。

(学校、見つからないな……)

 進路指導室の資料を片っ端から見て行っても、舞台音響を扱っている学校は見当たらなかった。

(妥協して放送学科とかの学校に……でもやりたい事と違ったら意味ないしな……)

 明良は両親との約束で、大学に行く準備も同時進行で行っていた。夏休み中に学校が見つからなければ、親の決めた大学に入らなければならない。

「あれ? 野本?」

 大きく溜息を付く明良の背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。真琴だ。

「兵頭。演劇部の話し合いは終わったの?」

「いや、俺今来たんだ。午前中から進学予定の専門行っててさ」

「そう……」

 暗くなる返事に、真琴はまだ明良が学校を探せないでいる事を感じ取った。

「あのさ、俺の行く予定の専門って被服以外にもやたら色んな学科があって、そこに演劇課があったんだ」

 唐突な会話に少し驚いた明良だったが、最後の演劇課と言う言葉には強く反応した。が、すぐに諦めた様な表情に変わる。

「どうせ役者の学科でしょ?」

「うん、そうなんだけど…」

 やっぱり、といった感じに俯く明良に、真琴は笑みすら浮かべて言葉を続けた。

「演劇課の講師に聞いてみたんだ。スタッフの学科が在る専門知らないかって。そうしたら、演劇の、って限定すると都内に2校位しかないけど、ある事はあるってよ」

「都内?! だって、私学校案内ほとんど読み尽したけどそんな学校……」

「それがさ、新設の学科で情報誌には載ってないらしいんだよ。その学校じゃなくて、放送学科とかから劇団に入って音響やっている人は居るみたいだから、結構範囲広げられるんじゃないか?」

 笑顔で教えてくれる真琴を、呆気に取られた表情で見ていた明良は、今まで自分が悩んでいたのが恥ずかしくなって来た。

 学校紹介誌等の紙面情報だけで学校が見つからないと騒いでいた事を、思い出したからだ。これと言った学校が見つかってからじゃなければ見学に行く気になれず、グズグズしていた自分に対して、真琴はたった一日で目的を果たしてしまった。

 動く事。それが大事なんだと、明良は噛み締めた。

「兵頭、ありがとうね」

「いや、俺が気になって勝手に聞いて来ただけだから。あ、そうだ。これから被服室付き合わない? 大半の衣装が出来たから、見て感想くれ」

 そう真琴に言われたのは、もう被服室のすぐ側だった。会った時から見せる気だったのだろう。素直に頷いて被服室へと向かう。

「あれ?」

 扉に手をかけた兵頭が、なにか異変を感じたらしい声をあげる。

「どうかしたの?」

「鍵が開いてる……」

 被服室は今、学園祭用の作品が所狭しと並べられている上に、布を染める染料剤や大量の針等が放置されている為、危険回避で施錠が全部員に厳命されていた。

 今職員室に鍵を借りに行った時、教師に他の部員は帰ったと聞いていた。と、言うより、一つしかない鍵が職員室に在った時点で被服室は無人の筈だ。

「まさか、な……」

 不安に駆られた真琴が、思い切り良く扉を開ける。と……

「!」

「ひどい!」

 床を埋める大量の水と、布とに真琴は声を無くし、明良は悲鳴に似た声をあげた。

 色々な染料を混ぜて遊んだと思われる淀んだ色の水は、床だけでなくそこに置かれていた作品の大半を暗く染め上げていた。

 散乱する布の切れ端は、これから作る予定の衣装分の布と、それと……

「……ぁ〜あ、このドレス作るの苦労したんだけどなぁ…」

 足が濡れるのも気にせず膝を付いて座り込み、ドレスの裾をたくし上げる。床に付くほどまであった裾は、変に不揃いな膝上丈になっている上にそこここに鉤裂きが出来ていた。カッターか何かで切りつけたのであろう。

「誰がこんな事……!」

「あぁ、良かった。他の部員のは無事だ。皆持って帰って正解だったな」

 真っ赤になって怒っているのは明良で、真琴ではなかった。被害者である真琴は、呑気な口調を崩さないまま微笑みすら浮かべている。

「兵頭! なんで怒らないのよ!」

「怒って、衣装が元に戻るなら幾らでも怒るよ。だけど、そんな事しても、犯人見つけても、これを元に戻せるのは俺だけだろ? だったら無駄な時間使わずに直さなきゃ」

 にっこりと笑顔で答える真琴を見て、明良はハッとした。ドレスの裾を掴む手は、指先が白くなるくらい強く握り締められていた。

 悔しくない訳がない。それを堪えているんだと言う事がそれだけで良く解った。

「野本、悪いけど先生に宿泊届け出して来て貰えるかな?」

「宿泊って……」

「徹夜でもしなきゃ、学園祭前には出来上がらないよ。衣装着ての練習だってあるんだし。今から直さなきゃ。って言っても床掃除が先だけどね」

 言いながら掃除用具入れの方に歩いていく真琴は、もう前を向いている。先に進もうとしている。

 こんな事があったというのに……。

「なんで、そんな風に考えられるの?」

 独り言のように呟く明良に、困ったような表情で振り返ってから、モップをかけつつ真琴は話し始める。

「初めてじゃないからね。いたずら」

「え?」

 意外な答えに真琴の顔を見上げると視線が合って笑みを返された。

 でも、その笑みも良くみれば少し悲しげで、明良は真琴が話し出してくれるまで言葉が発せられなかった。

「俺さ、ばぁちゃん子なの。で、ばぁちゃんがお針子の仕事してて、この道目指してるんだ。けど、やっぱり小さい頃からいじめにはよくあってたよ。男のくせに裁縫なんて変なのーって。だから、泣いて悔しがれば相手が喜ぶの解ってるしな。だからってムカツクのはムカツクから、俺なりの報復を考えて耐えてる訳さ」

「報復?」

「そ。デザイナーになってブランド立ち上げて、単独ファッションショーとか出来る様になる。それで、有名になって馬鹿にした奴等を見返すんだ。あの時いじめなきゃ良かったって思うくらいに」

 にやっと笑って話をする真琴に、明良は一瞬固まった後、噴出していた。

「なに? その小学生並みの考えは」

「えー? 結構壮大な報復だろ? まずは世の中に認められなきゃならないんだから」

「偉くなって見返してやるって所が小学生」

 笑いながら明良もモップを手に取る。掃除をしながら真琴の言う【壮大な報復】をいかに成し遂げるかを聞いた。

「まず専門行って技術身に付けるだろ? で専門に来るスカウトの人の眼に留まって、大会なんかにも出展して業界の人に名前を売って、有志募ってショーとか開いてマスコミに注目されて、デザインフェスタとかにもこまめに参加して、それまでに固定ファンが付いてくれれば口コミで広まってだな……」

 嬉々として延々と語る真琴の話を、明良もずっと笑って聞いていた。

 掃除が一段落してから職員室に届を出した帰り道。

「野本、帰らなくて良かったのか?」

「うん、平気。家にはもう連絡したし、少しでも手伝い居た方が良いでしょ? って言っても、あんまり手伝えないけど」

 手伝うと言い出した明良は、真琴と一緒に在校願いを出していた。これを出しておけば下校時間を過ぎても夜9時まで学校に残っていて良いのだ。

 今回の事件とは関係の無い明良を、手伝いとして遅くまで残すのを悪がって、真琴の表情は困ったままだが、明良は帰るつもりは無かった。裁縫は、どちらかと言うと苦手だが、色々な雑用くらいなら手伝えるし、まだ完璧じゃない掃除を明良がやっている間に真琴は直し作業に入れる。

「この状況で帰るなんて後味悪いでしょ? だから何も出来ないの承知で残るの。自分の自己満足の為なんだから兵頭は気にしない!」

 ね? と笑いかけられて、真琴も笑った。それで、真琴の負けだ。明良が手伝いで残るのを了承した。

「あ、ごめん。私ちょっと洗面所寄って行くから、先行ってて」

「ごゆっくり」

 からかいを含めて言う真琴の背中に、手を洗うだけだと言葉を投げて洗面所の扉を開ける。

「っわ! びっくりしたぁ」

 開けた途端、目の前に人が居たのだ。

「あれ? あなた確か裁縫部の……狭山さん、だったよね?」

「……野本さん…」

 よく見てみると去年の裁縫部展示会で受付をやっていた女性徒だったのに気付く。

 どこかぼうっとした感じの狭山は、明良の名前を呟くように呼ぶとはっとした表情に変わり、明良の脇をすり抜けて狭いドアを無理やり通ろうと走り出した。

「ち、ちょっと待って!」

 様子がおかしい事に気がついた明良は咄嗟に狭山の腕を掴むとその場に引き止めた。

「どうしたの? 何かあったの?」

 立ち止まった後輩は、意外と抵抗の色を見せず、しかし明良の問いには答えずに下を向いているだけだった。

 話したくない事なのだろうかと思い、明良は話題を少しそらす事にした。

「話は、落ち着いたらしてくれれば良いんだけどさ、とにかく被服室戻らない? トイレで話すのもなんだし」

 極力明るい笑みを作った明良の言葉に、後輩は安堵をするどころかかえって体を硬くさせた。それを背中に回した手で感じ取った明良は更に言葉を重ねた。

「被服室、行きたくないの?」

「別に、そいう訳じゃ……」

 歯切れの悪い狭山の言葉に、明良はどうしたら良いものか困ってしまった。

(こう言う雰囲気苦手だ……)

 何を言い出すでもなく、お互い立ち止まって、動き出すタイミングを失ってしまった。

(兵頭待ってるだろうな……)

 洗面所前の廊下を真っ直ぐ突き当たった所にある被服室を視界にとめながら、真琴の事を思い出した明良は、狭山と真琴が同じ裁縫部員で接点がある事に今更気がついた。

「そうだ、狭山さん時間ある?」

「え?」

 突然な物言いに驚いて顔を上げる狭山に、明良は被服室での一件を話した。

「兵頭の衣装がさ、誰かにいたずらされたんだ。それで被服室自体も偉い事になっちゃててさ。掃除は私が手伝うつもりなんだけど、縫い直すのは手伝えないから良かったら狭山さん手伝って……」

「嫌よ」

 はっきりと拒絶の色を含んだ強い口調に、明良は驚いて言葉を止めてしまった。

 驚いたままの表情で狭山を見ると、真っ直ぐに明良を見ている、と言うより睨んでいると言った方が良いぐらい瞳には強い光があった。

「嫌って、なんで……?」

 同じ部員なら、時間的に今から作り直すのが難しい事くらい想像はつくだろう。なのに、このはっきりとした拒絶は何故なのか?

「兵頭君の手伝いなんか、私には無理よ。レベルが違うから」

 取り繕うような声。少し上ずったその声に、明良はなにか不安な物を感じ取った。

「全然手伝えない私より、狭山さんが少しでも手伝ってくれた方が早く直ると思うんだけど」

 不安な物を感じながらも、手伝いを頼む明良に、狭山は先程と同じ様に笑いながら答えを返す。

「手伝うにしても、一番時間のかかるドレスとか、難しいのはほんと無理。あれだけ切っちゃってたらデザインの変更からするんだろうし」

 それじゃ、と立ち去ろうとする狭山の肩を、明良が痛いくらい強引に掴んで振り向かせた。

「った! 何するんのよ」

「私、ドレス切られたなんて言ってないよ?」

「!」

「私達より先に見たんだったら、あなたが先生に言うなりしてるよね? でもしてなかった。じゃあ見てない事になるよね? なのになんでドレスが切られていた事を知ってるの?」

 自分の中で状況を整理するような口調だったが、明良の目は狭山を真っ直ぐ見つめていた。その視線に耐えられなかったのか、ふいと顔を反らして狭山は吐き捨てるように呟いた。

「私がやったからよ」

「な、んで……? なんであんな事!」

「悔しかったからに決まってるでしょ!」

 掴みかからんばかりの勢いで詰め寄って来る明良を振り払って、狭山が怒鳴る。

「一年の時から展示会のトップはいつも兵頭で、私は2番。レディース服作ったって兵頭の方が可愛いデザイン持ってくるし、手先の技だって上。男のくせに女の私より器用で、おまけに今回の演劇部のはデザイン費込みでちゃんと依頼された『仕事』だって言うじゃない。点数多くて展示会用が間に合わなきゃ良いと思ってたのに、両方きっちり仕上げるなんて信じらんない! 時間無いくせに作りは丁寧で、こんなの見せ付けられたら私……!」

 今まで内に溜めていた物を一気に吐き出したのか、矢継ぎ早な言葉が急に止まった。

 感情が高ぶったせいか泣き出してしまったのだ。

「だからって、あんな事して良い分けないでしょ?! 兵頭がどれだけ苦労してあれ作ったのか、同じ場所で作業してたあなたならわかる筈じゃない! それなのに!」

 泣き続ける狭山に、怒鳴る明良と言う構図は、ハタから見れば明良が狭山をいじめている様にも見える。

 しかし、怒鳴っている明良の方も、何故か涙を流していた。本人はそんな事に気がついていないようだが、悔しいのと、怒りと、色々な感情が一気に溢れた出した為だった。

「野本」

 しん、とした廊下に呑気な声が響いた。

「兵頭…!」

 被服室の方向を向いていた明良が、先に声の主に気がついた。あまりに真琴が戻って来るのが遅かったので、どうした物かと様子を見に来たのだ。

「……兵頭君…」

 明良の声に反応して、ゆっくりと振り向く狭山が、泣いている事に気がついた真琴は、慌てて助けを求める様に明良の事を見たが、その明良も泣いていて、思わず歩調が遅くなってしまった。

「あのさ……人の居ない学校って、想像以上に静かだよな」

 唐突な話に驚いて、二人が見た真琴の顔は、困ったような複雑な笑みを浮かべていた。

「話、聞こえた」

 真琴の意図が一瞬わからなかったが、直ぐに今の怒鳴り合いを聞かれていたんだと気がついた。

 何も言えないでいる二人に、真琴は困った笑みのまま少し近づいた。

「なぁ、狭山」

「……なに?」

 あくまで穏やかな口調の真琴に対して、狭山は酷く不機嫌な様子で答えた。

「俺な、さっき犯人見つけても仕方ないって野本に言ったけど、やった人間がわかったらわかったで聞きたい事が出来たんだ」

「だから、なに?」

「俺の作品。下手だった?」

 真琴の質問に、明良は驚いた表情を見せたが、聞かれた狭山は眉間にシワを寄せた。

「なにそれ? 嫌味?」 

 怒鳴り合いが聞こえていたのなら、衣装を駄目にした理由も聞こえていた筈だ。

 自分より上手いから悔しかったと、言っているのだから、この質問はかなり意地が悪いと思う。

「嫌味じゃなくて、ほんとにさ」

 狭山のキツイ眼差しを受けながら苦笑を浮かべて真琴は言葉を続けた。

「切りつけた傷に、躊躇う感じが無かったから、一気にやったって事だろ? それって、躊躇させる程の物が無かったって事だよな」

 例え、本当にただのイジメでやるとしても、ほんの少しでも躊躇が生まれるなら、それはその作品の完成度に圧倒されるから。

 そう思うからこそ、真琴は一見嫌味に聞こえる質問をしたのだ。

「今はまだ反感を買うくらいだけど、いつか、皆を圧倒させる作品を作るよ」

 にっこりと笑う真琴に、明良も、狭山も言葉を無くした。

 きっと狭山は責められるだろうと思っていたのに、真琴から出た言葉は文句でも責めるでもない。

「俺もまだまだなんだからさ、お互い頑張って行こう」

 そして、差し伸べられた手を狭山は恐る恐る握り返す。許されると思っていなかっただけに、真琴の言葉は胸に染みた。

 再び流れ始めた涙を、開いた手で拭いながらポソリと呟いた。

「ごめん……ほんとに、ごめんね……」

 謝った事で涙のたがが外れたか、本格的に泣き始めてしまった狭山を何とか落ち着かせて、帰宅させた後、真琴と明良は被服室に戻っていた。

「へんな時間食っちゃたね」

 掃除のし終わった場所で真琴に作業を始めさせて、明良はまだ汚れている部分の掃除をしながら真琴の背中に話し掛けた。

「まぁ、だからと言って泣いてるの放っても置けないだろ?」

 大幅に変更せざるえなくなったデザイン画を書き直している真琴は、会話はしていても明良の方を振り返る事はしなかった。

会話の間も急がしくペンが動いていたのだから当然だ。

「でも、手伝って貰うくらいしても良かったんじゃない?」

「いや、デザイン変更からだから、まだ手伝って貰える段階じゃないんだ。明日以降彼女が手伝うって言うならやって貰うつもりだけど」

「そっか」

 ガタガタとうるさく掃除をする明良に対して、真琴はほぼ無音で作業を勧める。

 会話が途切れた被服室には、明良がたてる掃除の音だけが響いていた。

「私さ、叔父さんが音響をやってたんだ」

 暫くの沈黙の後、明良が独り言のように話し始めた。真琴は軽い相槌を打って先を促す。

「何度か舞台に招待して貰ってるうちに、芝居が好きになって、中でも音楽も芝居もダンスも楽しめるミュージカルが好きになってね。自分でもやってみたいと思ったんだ。でも、実は叔父さんって親戚からは嫌われててさ。その仕事も認めて貰えてないの。文句は言わなくなったけど、まともな職じゃないって。だから、父さんも母さんも私が音響になりたいっていうの、物凄く反対してる。その反対があんまり凄い勢いだから、私も諦めかけてたんだ。結局、専門に行くには親の力が必要だしね」

 作業に集中している真琴は口数が減るから、明良の一人喋りになっていたが、それでも良かった。口に出して、言葉にして言っておきたかった。

「でも、要は自分の気持ちだよね。本当にやりたい事なら親に反対されたくらいで諦めたら駄目だし、資金援助がないなら、時間は惜しいけど自分で学費稼いで学校行けば良いんだもんね」

 そう言う明良の楽しげな声色に、真琴は顔を上げた。

 隣の作業台に頬杖をする格好で真琴を見ている明良の顔には、迷いや諦めと言った物がなくなっていた。

「動かなきゃね、自分で」

「そうだな」

 ふっ、と笑いあってお互いの作業に集中した。

 学園祭までは後一ヶ月だった。


       ***



   第二幕  第四場

 

西魔女
  異世界への扉を開けるのは大仕掛けなんだよ。色々な材料も必要になる。
  しかもその材料は今手元にないんだ。悪いが乗れない相談だよ。


少女
  そんな……


少年
  どうにかならないんですか?


西魔女
  材料を、あんた方が揃えるなら、やってやっても良いがね。


少年
  本当ですか!


西魔女
  ただし、大変だよ。やれるかい?


少年
  頑張ります。


西魔女
(少女に)
  あんたさんは?


少女
  私は……


少年
  大丈夫。二人でなら頑張れるよ。


少女
  ………でも


西魔女
  やらないのかい? 私はそれでも構わないがね。


少年
  帰りたくないの?


少女
  帰りたい……でも、もう辛いのや痛いのは嫌。
  もう、大変な思いはしたくないよ……


少年
(少し考え、魔女に)
  あの、俺が一人で材料を集めてもを扉を開ける作業には変わりないんですよね?


西魔女
  ああ、ないよ。


少年
  だったら、俺一人でやります。
  それで扉が開いたら、この子と一緒に帰ります。


少女
  え…?


少年
(魔女に)
  別に、良いでしょう?


西魔女
  構わないさ。


少年
(少女に)
  待ってて。なるべく早く揃えるから。


西魔女
  材料は闇トカゲの尻尾と光鳥の羽根。
  風の木の樹皮に魔鉱の欠片だ。
  光鳥の羽根は隣の部屋にあるんだが、ただの鳥羽根と混ざっちまってね。
  その中から探し出しておくれ。


少年
  わかりました。


(少年袖にはける)
(少年完全にはけてから)

西魔女
  本当に、手伝わないで連れてって貰う気かい?


少女
 (俯いて返事はしない)


西魔女
  どの材料も、二人で探せば早く手に入る物ばかりだよ。あんたは動かないのかい? 帰りたいんだろう?


少女
  動く……


西魔女
  この世界に来てから、確かに大変な事が多かったかもしれない。
  それでも、目的の為なら動く事を止めちゃ進めない。
  当たり前だろう? あんたは動きを止めた。
  なのに進めるなんておかしいじゃないか。
  偶然同じ時期にこの世界に来た者が居なければあんたはこの世界から出れないままだってのに。


少女
  出れないまま…?


西魔女
  どうもね、あんた等の世界で
  『強さ』や『優しさ』『希望』と言った感情を忘れちまった子供がこっちの世界に来るようなんだよ。
  忘れた感情を取り戻しにね。
  あんたは、もう取り戻したかい? 自分の『何か』を。


少女
  私は……
(考えてからすっくと立ち上がる)
  あの、手伝いに行っても良いですか?!


西魔女
  ああ。もちろんだとも。




        ***