トラブル
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天野市馬上町、馬上駅南口を出て大通りを真っっっっっ直ぐ行くと10分でコンビニが無くなり、20分で商店が無くなり、30分で民家すら無くなり、40分すると人影さえ無くなって来る。 そんな所に馬洗川と言う小さな川を挟んだ十字路があった。周りは田んぼ。夕方になると何処からかコウモリが飛んで来る。 バスは1時間に2本。12時〜2時までの運行は休止されている。(利用者がいないから) タクシーはおろか自家用車も余り通らないのどかな場所である。あんまりにものどか過ぎて周辺地域一帯の不法駐輪車が収用される巨大な自転車収容所が作られてしまう様な場所。 だが、平凡で無い所がただ一つだけある。 “悪魔の四重奏” 毎朝8時30分になると辺りに響き渡る不協和音、その音は道を通る者すべてを混乱に陥れる。 「わ〜! 鳴っちゃったよ」 「何処の何のチャイムだ? これ」 「いーからとりあえず急ごうぜ!」 十字路の角に建つ建物全てが学校なのだ。 駅からの進行方向で十字路の中心に立って、右前が幼稚園。右後ろが小学校。左後ろが中学校。左前が高校だ。 別段私立の学園で、全てが敷地内にある訳でも無く、エスカレーター式な訳でも、姉妹校と言う訳でも無い。4校共独立した私立校である。 『悪魔の四重奏』とは学生達の間で何時の間にか呼ばれる様になった予鈴、並びに本鈴の事だ。ある一定の時間帯のみだが4校のチャイムが同時、又は微妙にずれて重なり合って鳴り出すのだ。 「いーかげん、時間調整して欲しいよなぁ」 「小学生の時はあんま気にしなかったけど、高校だと遅刻かかってるから結構キツイよね」 「文句垂れてないで早よ入室届書いて教室行け」 「ハーイ」 時間がずれた所で他校の始業ベルだと勘違いして遅刻したのでは時間調整の意味が無いのでは・・・? ちなみにこの学校、遅刻者は職員室に立ち寄り、入室届けを受け取り、在室教師誰かしらの判子を押して貰わないと教室には辿り着けないシステムになっている。 さてこの天馬高校、2年・3年はもう登校して来ているが、1年生は今日が初登校日。そう、入学式なのだ。とは言え、生徒会や各組代表しか出席しない方式の入学式、関係の無い生徒は教室で普通授業を行っている。 「いーよなぁあいつ等授業サボれて」 「しかも公欠扱いだもん良いよねー」 何て事をよく耳にするが、出たくも無い集会に強制参加な上、準備も片付けも任されて、その上公用とは言え聞いていない授業は当然の如く必要科目。 試験の時と後の応用編で割と困るのが現状だ。 そんな先の事は考えず、今割り当てられた仕事を必死にこなしている各組代表達と入学式実行委員、そして生徒会の面々はあらゆる意味で今回一番がんばっている人達のせいで非常に困っていた。 「おーい、放送部。まだ用意できないの?」 各組代表からこんな声が上がり始めたのはもう今から五分ほど前からだ。 「すいません、もう少し待って下さい」 「もう時間になっちゃうよぉ?」 「ったく…時間かかるなら朝早く来て準備しときゃいいじゃねぇかよ………」 していたのだ。準備。9時半から始まる式の為に、8時から。でも出来ないのだ。 「どぉしよう先輩ぃー」 「どーしようったって、やるしか無いわよ」 「やっぱ、卒業生に任せっきりだったのがまずかったね……」 「気の利く顧問はいなくなっちゃったし…」 「どーしよ〜!」 放送部には機械にも詳しく、仕事の出来る3年6人衆がいた。 しかしその6人は今年の3月で卒業し、今残っているのはその6人衆に出された指示通りにしか動けなかった2年2人と1年1人の女の子3人。人呼んで『できんぼトリオ』 「ちょいと放送部? 式始まるけど、どうよ?」 どこかのんきな口調で生徒会役員が様子を伺いに来たが、答えは『もう少し待っ下さい』としか言い様が無い。 「10分前なのにまだ何も出来取らんのか? 顧問はどうした?」 「…腹痛だそうです……」 「なぁにぃ!」 3月で前顧問も転任してしまった為、今は機械の『き』の字も詳しくない、保健の先生が顧問の放送部であった。 「教頭、誰か機械詳しい人いないんですか?」 各組代表者が焦りからか少し強い口調で教頭に詰め寄った。 「いや、昔は私も出来たんだが、機械を買い替えられてから何が何やらさっぱりでな……」 「そんなぁ…」 「しかし、弱ったなぁ、もう5分前だぞ」 教頭の不安そうな表情はもっともだろう。 きっと学校始まって以来の不祥事に違いない。入学式が始められない。そりゃ、拡声器を使って、大声で怒鳴って強引に進める事も出来る。だが、校長や来賓にそんな事はさせられない。かと言ってステージ上で普通に話した所で最後列にいる父兄には届かないだろう。 「あの〜…、お取り込み中すいません」 難しい顔をして悩んでいるところに、新入生席からやって来た生徒に話し掛けられた。 「あら、新入生ね? どうかした? 自分の席解らない?」 「いえ、何かあったんですか?」 「い、いや、何でも無い。心配せずに自分の席に戻りなさい」 「でも、もう式開始直前なのにステージにも壇上にもマイクの一本も見られませんし、なんか、いろんな器材が散らばってたりするから……」 少し不安そうな新入生の表情を見て教頭が必至に取り繕ったがその効果は無かったようで、鋭い所を疲れてしまった。 「私達が…機械何にもわかんないから……」 「先輩がやってたの思い出しながらやってみたけど出来なくて……」 教頭がしどろもどろになっていると、その教頭の後ろから多少涙混じりの声が聞こえてきた。 「…もしや放送部の先輩方です?」 「ええ」 「そぉですかぁ! あ、私五十嵐弥生って言います。よろしくー」 「五十嵐さんって、向かいの中学で放送部部長やってた? あの五十嵐さん?」 新入生の名前を聞いて、各組代表者の一人が驚いた様に声を上げた。 「よくご存じで」 「妹から聞いたの。面白い放送するって」 「あら、私ってば有名人」 おどける弥生の肩を、放送部と聞いてめの色が変わっている教頭が掴んだ。 「おい君! それじゃ機械には詳しいんだな?」 「ああ、そうでした。今ここにある機材なら大丈夫ですよ。急いでセッティングしますね」 「おお、頼んだぞ!」 「お任せあれ!」
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馬高校放送部喜談