トラブル

「ヴゥ〜……」
「…何だよ」
「…………別に」
「じゃぁ、睨むな、唸るな、腐るな、茹るな、ふてるな、絡むな、恨むな、いじけるな。 ついでに、落ち込むな」
「落ち込んで何かないわよ!」
「じゃぁその全身から滲み出る恨みと憎しみのオーラだけでもどうにかしろ」
「出してないもん」
「出てる」
「出してないもん!」
「だったら何で不機嫌なんだ。うざってぇ」
「何で、だと?」

 バン! っと机が叩き割られるかの勢いで殴られる。机に罪は無いと言うのに………

「部員が居ないからに決ってんでしょー!」
「俺のせいじゃねぇだろ」
「そうだけどー! 4人だよ4人!」
「叫んだって部員が増える訳じゃ無いだろう。少しは落ち着いたらどうだ?」
「この冷血男!」

 反論しようと葉月が口を開きかけた時部室をノックする音が聞こえた。反論を中断した葉月がドアの前に立つ。

「一番?」
『グランド』
「二番は?」
『ホッと』
「三番」
『コールド』
「Bose101は?」
『先バラか2Pで』
「…よぉし。和之だな。通れ」

 そう言ってようやくドアの鍵を開けた。

「何してんのよ…」
「スパイごっこ。」×2

 どうやら暗号を言わないと部室に入れて貰えないらしい。

「しかも毎回変わるからな。覚悟しとけよ」
「全部音響用語じゃない。皐月はどうすんのよ?」
「ワイヤレスマイクの周波数でも暗記して貰おう」
「なぁ、それより結果。聞きたくないのか?」

 来る途中購買で買って来たのであろう500oペットの蓋を開けながら二人をいさめる様に和之が口を挟んだ。こうして頃合を見計らって止めてやらないとこの二人は暴走しっ放しなるので和之の苦労は絶えない。

「結果って、どうせうちは部員獲得数0でしょ?」
「なんだけど、人気投票では見事1位獲得したんだってさ」
「なのに何で新入生が来ないのよー!」
「俺に聞くなよそんな事」
「そうだ! 例の特別予算は?」
「あの話しマジだったの?」
「いや、ほんとらしいぜ。皐月さんが来たらパソコンで予算確認して頂こうや」
「よぉっしゃぁー! 幸先いいぜぇ!」

 特別予算に浮かれまくって新入生0の汚名など忘却の彼方に忘れ去っている鳥頭3人であった。

「そう言や葉月、あんたあそこからどうやって逃げたのよ?」
「ああ…あれは怖かった………」

 屋上に追い詰められた葉月は下にある植林目掛けてダイブし、しがみついた木を伝って2階の窓から校舎内に戻り、放送室へと駆け込んだのだった。

「後で先生に絞られたけどな…」
「あったりまえじゃ無い! 怪我でもしたらどうすんのよ! 部費から治療費出すの嫌だからね!」
「そっちの心配かい…」
「他に何があると言うの?」

 大きな怪我こそ無かったが、手やら頬やら色々な所に擦り傷切り傷を作っている葉月だが、きっと立場が逆で運動神経に自信があったら弥生も同じ様な事をしていただろう。と言うか、確実にやっている。
 なんでそこまで無茶をするかって…お祭り好きなのだ。2人共。どんな事でもおもしろい事を見つけて楽しんでしまう性格の弥生。やり始めた事にはどんな事にも完璧を目指してしまい、馬鹿な事だろうと真剣な事だろうと徹底的に夢中になってしまうのは葉月。
 この2人が会ってしまったのだ、これからの校内行事は何をしでかすのか分かったもんじゃぁ無い。唯一自分は常識人だと思っている和之には楽しみの種であると同時に悩みの種でもあった。

 雑談を交わしていると突如飲んでいた物を吹き出し掛ける勢いで部室のドアが開いた。

「良くやったわあなた達!」
「保健の……」
「円先生…?」
「あら嫌ね。初対面でもういきなり私の美貌に当てられて放心しているの? 男子はまだしも女子まで餌食にしちゃうなんて私ったら罪作り。まぁそれは良いとして、私が放送部顧問の榎本よ」
「誰も美貌に当てられたり何か……」
「私は女にうっとりするような趣味は無い!」
「って言うか何で保健の先生が顧問?」
「あらあら、何に重点を置いて驚けば良いのか分からないのは良く分かったけど、1人づつ喋ってくれないかしら?」

 どこまでもマイペースな教師である……。
 さっさと部室内に入るとお茶を要求し、一枚の書類を取り出した。

「なんです? これ」
「今回の賭けの結果よ」
「賭けって……まさか……」
「どこが人気投票一番になるか先生同志で賭けてたんですか?」
「当たり前じゃ無い。これくらいの事で驚いてたらこの学校じゃやっていけないわよ?」

 結果表を指し示しながら円は続けた。

「良い事? この学校ではイベント毎に教師内で賭けが行われるわ。そしてその収益金が優勝チームへの特別予算になるのよ」
「全部先生方のポケットマネーな訳ですね」
「そう。だからあなた達、イベントでは必ず勝ちなさい。いいわね」
「…ところで先生」
「何よ?」
「今回の賭けはもちろん僕達に賭けてくれたんですよね?」
「当たり前じゃ無い! あなた達人気無かったから大穴だったのよぉ!」
「じゃぁ先生も儲かったんですね?」
「まぁね……でもおごらないわよ」
「こっちが言う前に断らなくたって良いじゃ無いですかー!」
「甘い! 何か美味しい物が食べたいならば自らが汗水流して手にしたお金で食べなさい。人にたかろうなんて五億年早いわ!」
「ケチぃー……」
「絞められたいの?」
「…いえ、結構です……」

 目がマジだった気がして素直に引き下がったところで長引いていたHRが終わったのか、ようやく皐月が部室に顔を出した。

「今日ねぇー、皆の事いっぱいきかれてねぇ、大変だったんだよぉー」

 来た早々生徒会からのメールチェックをしながらさして大変に聞こえない口調で皐月が話し始める。

「和君の事とかぁ…凌ちゃんの事とかぁ。でもやっぱり一番聞かれたのは弥生ちゃんの事だよぉ」
「は? なんで私?」
「あ、それ俺も聞かれた。」
「えー? なんて?」
「ん〜とねぇ『あの美人は誰だ』って」

 さらっと言われたセリフだが言われた本人はもう大変だ。

「イヤァ〜ネェ…美人だなんてそんなっ…」
「顔にやけてる顔……」
「でもねぇ、皆弥生ちゃんだよって教えると信じてくれないんだよぉ?」

 気まずーい沈黙が訪れた……。

「それはなんだ? 普段の私が不細工だと言いたいのか? そいつ等は? ああ?」
「落ち着け五十嵐! 机に当たるな!」

 さっきから殴られているこの机は後どれくらい弥生の八つ当たりの道具として使われていくだろう?

「どーせ普段は眼鏡っ娘でがさつだよーだ」
「いじけるなよ……」
「部員だって一人も入んなかったしさー」
「あー、それもね、皆に理由聞いたのー」
「なんでだって?」
「クラスのお友達がねぇ『バカはやるより見てる方がおもしろい』ってー」
「……って事はつまり…」
「これから先も部員が入る予定は……」
「無いって事ね………」
「落ち込む事はないわよ。放送部には人数なんていらないの! かえって少人数だからまとまりやすくて良いと思いなさい!」

 肩を落す3人とは正反対に何故かただ1人嬉しそうにしている円であった。単に人数が少ない方が自分の出番が少なくすんで楽だから嬉しいのである。

「弥生ちゃん。これからの年間スケジュールがあるよぉ、印刷しとく?」
「おう、してして」

 生徒会からの放送部用の年間スケジュールには色々なイベントのみが書かれていた。

「なになに〜? この後にあるのが、まずは一年生同志の親睦会オリエンテーション。その次が…」
「学年対校球技祭。その後にもう体育祭かよ。へぇこの学校秋じゃなくて春に体育祭やるんだ」
「んで、夏休み挟んで文化祭。3日間もあるんだなその次が芸術祭(仮)? なんだこれ?」
「まだちゃんとした名前が決ってないって事よ。イベントの名前付けるのも生徒会の大事な仕事だからね」
「何でですかぁ〜?」
「題名一つで生徒のやる気が違うからよ。しかし今回の生徒会は凄いわねぇ。殆ど月1でイベント入ってるじゃない。気合入れてがんばんなさいよあんた達!」
「ふっ……よっしゃ! がぜんやる気出て来たぜ!部員数4人がなんだぁ! やってやるぜこんちくしょー!」

 頑張れ放送部! 負けるな放送部!
 このまま来年も部員が増えないかも知れないぞ!

「高校3年間おもいっきり遊んでやるぅ!」


第一話 完