| 
 
 | 京都守護職新撰組。
 
 都を護るためにある者達の中に、人狼と呼ばれる恐ろしき生物兵器が紛れ込んだ。
 人狼とは満月の夜に人間を食べた狼が月光の魔力を借りてその人物になりすまし、家族や友人を夜毎一人づつ餌食にしてゆくく忌むべき存在。
 
 敵対する長州が新選組の壊滅を狙った物だが、一度人狼が都に放たれれば凄惨な状況になる事は目に見えている。
 そんな人狼が隊内に入り込んだという事は、同士が既に犠牲になっているという事だ。
 
 京の人々を護る為、そして同士の弔いの為にも紛れ込んだ三匹の人狼を見つけ出す会議開く事となった。
 会議に出席しているのは人狼が紛れ込む切っ掛けとなった、満月の夜に屯所に滞在していた者。
 局長の近藤を初め、副長土方、副長山南、参謀伊東、一番隊沖田、二番隊永倉、三番隊斎藤、五番隊武田、八番隊藤堂、十五番隊原田、監察方山崎、監察方吉村、監察方大石と本当にそうそうたる面々だった。
 重苦しい雰囲気の中、口火を切ったのは局長の近藤だ。
 
 「山南、人狼を退治する術は手に入ったのか?」
 「はい。人狼退治に有効な方法を、伴天連の神父クリストファーに教授頂きました」
 
 クリストファーの話によると、人狼は昼の間は『人』としての活動しかできないことがわかった。
 
 「と言う事は、俺達の刀も昼の間なら通用するんですね?」
 
 スッ、と腰に差した刀に手を乗せて好戦的に言う大石に、沖田が微笑み、斎藤の視線が鋭く走る。
 人斬りと呼ばれる大石と、隊内でも一、二を争うと言われている沖田、斎藤の三人はいつも静かに、だが苛烈に真剣で斬り合いたいと思っているようだが、局中法度のお蔭でそれに至っていない。
 それが今、人狼探しという名目の上で堂々と斬り合えるなら願ったりなのだろう。
 
 「刀を収めなさい大石君。クリストファーの話には続きがある」
 
 扇子を手の中でパシンと一つ叩き、溜息混じりの制止を伊東にされて大石は大人しく刀にかけた手を収めた。
 
 「人狼を倒すには確実な人間を一人知っていて、占った者の正体を判別できる預言者」
 「死んだ者の正体を知る事の出来る霊媒師、それから人狼の襲撃から一人を守れる狩人」
 「この三つの能力を隊内の誰かに授けて頂きました。それが誰なのかは私達も知りません。本人にはわかるようですね」
 
 副長である山南と参謀の伊東から交互に知らされる人狼との戦い方。
 それは「人斬り集団・新撰組」と恐れられる彼らからはかけ離れた話し合いという手段だった。とはいえ、会議の内容はやはり血なまぐさいのだが……。
 血気盛んな面々ばかりが揃った会議だ。
 静かに行われるわけもない。
 ましてや話し合いで決定した疑惑者は、局中法度に則って切腹というのだから、心中穏やかに話し合いなどしていられないだろう。
 
 「そもそも、隊内に人狼を招き入れた者がいるんですよね?」
 「あ、そうっす! 隊内に人狼を招き入れた裏切り者。神父さんは狂人って言ってやした」
 
 藤堂の問いに山崎が答える。
 狂人は人ではあるものの人狼の勝利を望み、自分の死は厭わない気の狂ったもの。気狂いだから狂人だ。
 厄介なのはきっとこの会議でも狂人は嘘を並べ立て皆を混乱させるだろうという事だ。
 
 そんな疑心暗鬼も重なってか、喧嘩腰であったり、直ぐに手が刀に伸びたり、関係のない雑談が混じったり。
 もしかすると、自分の友が、同士が既に三名殺されているという事実から、目を背けたいのかもしれない。隊士達の気持ちもわかるが、話し合いをしなければ人狼は探せない。
 
 「皆さん、今の状況は人狼に非常に有利ですよ。なぜなら議論をしている様でしていないからです」
 
 真剣に、と山南が言うその姿はいつも道場で稽古を付けてくれる様子と変わらず、原田、永倉、藤堂に至ってはいつも悪戯をしては叱られてる時と同じにしか見えなかった。
 
 「人狼はその人の記憶や仕草全てを再現できるんですよね?」
 「ええ藤堂くん、そう聞いています」
 「だったら、見分けなんか付きませんよ! 皆、いつもの……」
 
 苦しげに言う藤堂の肩を、今まで共にふざけていた永倉と原田が気遣わしげにポンポンと叩く。
 疑いたくない、暗にそういっているのがわかる藤堂のその様子を受けて、また会議場にシンと静寂が帰ってきた時、末席に座った吉村が発言を求めて静かに挙手をした。
 
 「なんだ吉村、意見があるなら言ってみろ」
 「はい。あの……落ち着いて聞いてくださいね」
 
 近藤に促され、戸惑った様子でそう切り出した吉村に皆の視線が集まる。
 いつもの元気者な吉村も、今回ばかりは少しふざけた調子はなりを潜めている。が、少しだけだ。
 
 「皆さんもご存知のとおり、わしは東北の生まれで、自然の中で育ちました」
 
 突然の吉村の生い立ち話に、一同は戸惑いながら耳を傾ける。
 吉村は以前から東北、盛岡の自然の中で多くの動物と触れ合う事も多かったと言っていたが、それが人狼探しになにか有益な事でもあるのだろうかと、話すすめる吉岡に注目していた面々だったが、自信有りげに言い切る吉村の次の言葉に一同が目を剥くことになる。
 
 「ワシは小さい頃、狼に育てられたのです。だから、鼻が利きますんで狼の臭いがわかります! その嗅覚を使って、人間か、人狼か、見極めてみせます」
 
 人狼を探しているというのに、自分は狼に育てられた、と発言する吉村に一同は戸惑った。
 どう言葉を発していいのか分からない中で、ずっと不機嫌な様子でいた土方が怒鳴る。
 
 「吉村ぁ! てめぇ巫山戯てる場合じゃねぇんだそ!」
 「巫山戯てはいないです!本当に狼に育てられたんです!」
 「それが巫山戯てるっつってんだよ!」
 「落ち着いて下さい土方くん!」
 
 席を立って大股で吉村の前まで歩き、胸を掴んで怒鳴る土方を周りの面々も止めようとはするが相手はなにせ鬼の副長だ。
 締め上げられる吉村を気遣いながらも土方を止められないでいると、山南が冷静な声で土方を制止した。同じ副長格の山南に諫められ、舌打ちをしながらだが吉村から手を離し土方は自分の席に戻る。
 
 「吉村くん、それは自分が人狼であると言っているようなものです。誤解を招く発言は控えなさい」
 「本当です! ワシは狼の臭いがわかるんです!」
 「それは無かった事にして、議論を進めましょう」
 
 また土方が怒りだす前に場を和ませる冗談だったと片付けて、話しを進めようとする山南に、吉村は何か言たげな顔をしたが、押し黙った。
 議論を進めようとは言うも、積極性のある発言はなく、理のある意見も出てこなかった。
 
 「いいですか皆さん。今ここに3匹の人狼がいることは確かです。しかし、相手の命を奪う投票です。今日の所はまだ誰に投票していいか悩む者もいるでしょう」
 
 冷静に話す山南の言葉に、皆同意するように頷きながら耳を傾ける。
 
 「どうしても選べない。そうなった時には私に投票して下さい」
 「山南先生……!?」
 
 ざわっと一同が浮き足立った。
 自分に投票していいと言う、山南の行動はとても人間らしかった。人狼ならば殺してくれと言っているのと同等の事を初日から口にはすまい。
 しかし、そう思って貰いたい人狼の可能性だってあるのだ。
 こう言った発言一つ一つを吟味して、三匹の人狼を探し出していかねばならないのだ。
 
 「武田、意見はないか?」
 「そうですね…このままでは全く確証が持てないまま投票する事になります。そこで隊士を殺してしまっては一大事。ここは、一人確実な人間を知っている預言者に出てきて貰うというのは如何でしょうか?」
 
 作戦の一つとして、皆に意見を問うた武田に、山崎が同意したが、反対意見も多く預言者が出るかどうかというのは話が進まなかった。
 その後沖田の「能力者じゃないという人に手を上げて欲しい」という提案にも、賛成の者も確かにいたが、能力者をあぶりだそうとしている人狼なのではないかと疑いがかかる。
 こうしてどんどんと疑いを掛けていかねばならないと分かってはいても、やはりあまり気持ちの良い物ではない。
 
 「斎藤、なにか意見あるか?」
 
 近藤からの問いかけに、寡黙気味だった斎藤が視線だけを近藤の方に動かしてから口を開いた。
 
 「…俺は伊東さんをずっと見てた」
 
 呟くように言う斎藤に、皆の視線が集まる。
 確かに伊藤は今までも時折り不審な行動を取る事があったが、軍師として新撰組の為に働いていた事も確かだ。斎藤は組長ながら監察の様な行動をする事が多くその観察眼は幹部の中でも一目を置かれている存在だ。その斎藤の発言に皆が注目するのも当然だろう。
 
 「ずっと、何か考える風にしてたが…今はそんなに考える事はないんじゃないか?」
 「いや斎藤よ、吉村の発言の真偽とか、処刑者誰にするかとか、結構あっただろ」
 
 呆れた風に斎藤を窘める土方だが、斎藤が冗談を言うようなを男ではないと思っているからこそ、言葉以上の意図があるのかどうかを問うているのだろう。
 それを斎藤も心得ているのか、一度土方に向けた視線を伊東に戻し再び言葉を放つ。
 
 「いつもの伊東さんなら、もう少し論議が進展する発言をする筈です。それが、今日は考え込んでばかりで鈍っている。人狼がぼろを出さないようにしてるんじゃねぇかと思いまして」
 
 睨む、と言っても過言ではないくらい強い視線で伊東を見据える斎藤の言葉に、他の者達もそういえば、とざわめき始めた。
 先に説明などをしてくれていたし、発言がなかったわけではない。けれど、いつもの伊東と比べるとどこかキレの悪さを感じてしまったのは確かだった。
 
 「発言の少なさで言えば山崎くんも然り、キレのなさで言えば武田くんも同じでしょう。私だって、仲間を殺すともなれば悩みだってします」
 
 溜め息混じりに言われる伊東の釈明も、わからない理由ではない。それに斎藤の意見だけで処刑者を伊東にするのは軽率な判断だと、話し合いは続けられたが埒が明かない。
 
 「じゃ、じゃあ! 今日は能力者は出ないってことで良いんですね?」
 「能力者自身に任せましょう。今出るのも後で出るのも、双方に利益と不利益がありますから」
 
 山南の言葉で今日のうちに出るか出ないかは能力者本人たちに委ねられ、各々怪しいと思う人物を順々に口にする事にした。
 
 「土方先生は、だれが怪しいと思いますか?」
 「まだ全然わからん」
 
 吉村からの問いかけに、土方はため息混じりに答える。怪しいというよりは、いつもと少しでも違って見えた人物として、永倉の名前を上げる。
 
 「永倉が静かな気はするんだよ」
 「え、俺!?」
 
 突然自分の名前が上がって驚く永倉に、皆の視線が向かうがその意味合いは様々だった。
 そんなに大人しかったか? と土方の発言を疑問視する者、確かに、と頷く者それぞれである。
 
 「こんな真面目な話し合いの場でいつもどおり巫山戯られる訳ないでしょー!」
 
 急に疑いの矛先を向けられて慌てて弁明する永倉だったが、無情にも陽は傾いてそろそろ処刑者を決定し、切腹申し付けなければ人狼の本性に戻ってしまう。
 そうなれば殺す事は叶わない。
 
 「おい監察方。なんか怪しい点とか見抜けねぇのか?」
 「ぇええ!? そんな俺に振られましても……」
 
 出し合う意見は皆質疑の応答のようになってしまい、決定的に怪しいと思える人物が浮上しない。
 業を煮やした土方が、人を見るのに長けている監察方の山崎に話しを振れば、山崎は戸惑いながらも「あくまで自分の感想だ」と言い置いてから遠慮がちに上座を見る。
 
 「俺から見て不審だと思ったのはお二人です。斉藤先生の言うとおり、発言にキレのない伊東先生。それから、沖田先生すいやせん」
 
 沖田の発言がはやり能力者を炙りだそうとしているように見えた、と言う事で山崎は怪しいと踏んでいるようだが、逆に人狼であれば、そんなあからさまな事をして注目は浴びないのではないかと山南は言う。
 ふっと気付けば窓の外に見えていた夕日の位置が大分低くなっている。夜の闇が迫っていた。
 伊東か、永倉かという状況になった会議の席で心の決まったものから挙手制で投票は行われていった。
 そうして、結果
 
 「私、ですか……」
 「伊東先生……」
 
 票は多少ぶれたものの、四名の票が集まり伊東が処刑対象となった。
 処刑といっても武士である自分達の誇りを持って、切腹を局長が命ずることになる。伊東が人狼なのかどうか、まだ真偽は出ないが仲間である者に切腹を命ずるのは、やり切れないものなのだろう。
 硬い表情で、しかし迷うことなく真っ直ぐに伊東を見て近藤は宣言する。
 
 「伊東甲子太郎、士道不覚悟の咎により、切腹申し付ける」
 「…有り難き幸せ。隊の為に謹んで切腹承らせて頂きます」
 
 向き合った伊東と近藤が互いに礼をし、頭を上げると同時に伊東は近藤へ背を向け座り直した。
 沈痛な面持ちで隊士の運んで来た短刀を手に、最後の言葉を残す。
 
 「私はなんの能力もない人間です。能力者を殺してしまうよりは懸命な判断でしょう。先程の意見交換と投票先が明日以降の考察に役立つ事を願います」
 
 静かな言葉は残された十二名の中に染み込んでゆく。
 
 「しかし、僕の誠は皆さんには届きませんでしたか……」
 
 その染み入った言葉を、狼の足掻きと取ったか、人であると捉えたか、それが明日からの議論を大きく動かす事になる。
 
 「伊東、武士の情けだ。介錯人を選べ」
 「介錯は、同門で剣の手ほどきをした藤堂くん、お願いできますか?」
 「…はい」
 
 泣きそうな、少し震えた声だったが、それでも藤堂ははっきりと答えた。
 武士が武士として死のうとしている、その介錯は辛いものではなく誇れる物だと、そう思うように気を張っているのだろう。
 伊東の手が淀む事なく着物を寛げ、短刀を両手で掴み腹へと向ける。
 人を刺す音というものは、嫌な物だ。
 戦いの中で何度も聞いた嫌な音に、聴き馴染んだ者の苦痛の声が混じる。
 
 「ぅぁあああ!」
 
 雄叫びと共に藤堂の刀が袈裟懸けに伊東の背中を引き裂き、赤々とした血が背負った誠の文字を染めてゆく。
 ごとりと崩れ落ちた伊東に向けて、一同が礼を尽くした所で日暮れを知らせる鐘の音が重々しく響き渡った。
 
 「本日の会議、これまで!」
 
 
 |