翌朝。
会議二日目。

 朝日が登り空が白み始めた頃、各々の部屋からカタリと物音がして皆が起き始めた空気が伝わってきた。
 人狼に襲撃されるかもしれない危険を危ぶみながらの夜は、十分な休息にならなかったのか一様に憔悴した様子が見て取れるが、それでも話し合いは進めなければならない。

 身支度を整えた者から、静かに会議の場へと赴く。

「よう……」
「…おう」

 昨夜処刑されかかった永倉と、神妙な面持ちの原田が廊下でかち合い、短く挨拶を交わす。が、二人共ほっとした表情は浮かべるもののいつものように会話は弾まない。
 今日もまた仲間の誰かを殺す為の会議をしなければならないのだ。

「二人共、暗い!」
「平助……」
「お前、大丈夫なのか……?」
「うん。俺達が暗い顔してちゃ命を落とした伊東先生に申し訳ないだろ」
「…そうだな」

 明朗な、とは言えないが笑顔を見せる藤堂に、原田と永倉も薄く笑みを返して会議の場へと歩を進めた。

 一人、また一人と集まり、昨日切腹を果たした伊東を除き、昨夜人狼に誰かが襲撃されていた場合十一人の隊士が再びこの会議室へ足を運んだ事になる。
 座る席は昨日と一緒。新撰組が大切な会議を行う時には必ずこの並び順で座っていた。今までも、昨日も、そして今日も。
 それなのに、上座の端席に居た伊東の姿はなく、そしてもう一人……
 土方の隣に居るはずの沖田の姿が見えなかった。

「…ったく、あいつはこんな時だってのになに寝坊してやがんだ!」

 ざわ、と会議の場が揺らいだのはもしや人狼の餌食になったのではないかと皆が思ったからだ。だが、誰かが声を上げるよりも真っ先に早く、土方が仕方ねぇな! と舌打ち混じりに怒鳴る。

「おい総司! いつまで寝てやがんだ。起きてこい、総司!」

 いつもならば、ここら辺で沖田自身が現れ「うるさいですよ土方さん」と遅れてきた事を棚に上げてにこやかに言うのだが、その姿は現れない。
 何度も沖田を呼ぶ土方の声が、徐々に悲壮感に満ちて涙混じりの絶叫へと変わる。

「おい斉藤! あの馬鹿起こしてきてやってくれ!」
「…はい」

 取り乱す土方に言われるまま、皆の祈る思いを背に会議の場を離れた斎藤だったが戻って来たその表情は決して明るくなく、そして言葉もなく小さく首を横に振るだけだった。

「総司……っ!」

 泣き崩れる土方の姿に、皆何も言えず手も伸ばせず、ただ重い重い沈黙が降りた。
 弟のように可愛がっていた沖田が人狼に襲撃され、近藤も悲壮な表情を浮かべ、じっと目を閉じている。その姿は、沖田の死だけが原因ではないようななんとも言い難い心痛な様子でだった。

「山南、すまんが俺は今まったく冷静に話せそうにない。頼んで良いか?」
「わかりました……」

 そんな近藤の様子を気にしつつも、山南は切り出しにくそうに本日の議論を始めた。

「まず、伊東先生が人狼だったかどうか。これはかなり有力な情報になります」

 伊東が人狼ならば、同じ人狼達は彼に票を集めなかっただろう。だから投票している者は逆に人間の可能性が高くなる、という山南の言葉だったが、霊能者に出て来いと言っているわけでもなかった。

「結果が人狼だった場合だけ出てきて欲しいと思います。人間だった場合は出てこないで良いと思っています」

 出ない、という事で人間だったと答えを言っているも同然だし出ない事で襲撃を逃れる事が出来るからだ。この山南の案に対してひらっと挙手をした者が出た。

「なんですか吉村くん」
「おめぇ、また巫山戯た事言ったら今度こそぶっ飛ばすぞ」
「睨まないで下さいよ山南さんも土方さんも……ワシは今から大事なことを言います。会議が進まないんで、少しでも進められるように」

 先日の件からまたくだらない事を言うのではないかと睨まれている視線を苦笑で交わして、吉村はいつもの朗らかな笑みを消して真剣な表情で言う。

「私はさっき鼻が利くと言いました」
「狼に育てられたとかなんとか……」
「はい。いいですか? それは、能力を持っている、という事です」

 ざわ、と場が動いたのは当然だ。
 人狼を探す事のできる能力者は最も人狼に狙われやすい存在だ。それをこんな話し合いの序盤から明かしてしまっては自分を狙えと言っているようなものだ。

「なんの能力かは明かしません。預言者か霊能者のどちらかです。それから! これは人狼さんにだけ言いますけどワシは狂人かもしれませんよ?」

 にこりと、いつもの笑みを戻して言う吉村の意図はわかった。
 本当に能力者だとしたら、狂人を仄めかす事で噛まれないように牽制を張っているのだ。普段のおちゃらけた態度が邪魔をして忘れられがちだが、吉村と言う男はこういった機転の利く男なのだ。

「よし、だったら吉村意外の連中で今日の処刑先を決めれば良いんだな?」
「そりゃそうだが、そう簡単には……」

 小難しいのは性に合わないのか、少しだけ簡素になった話し合いの場に明朗な声を上げた原田に、永倉が水を差す。
処刑先を間違えれば仲間を自分立ちの手で殺めてしまう可能性もあるのだ。能力をぼかして発言した吉村に、伊東の正体も、誰を最初から人間と知っていたかは聞けない。
 結局、話は進展したようでしていないのだ。

「私は、昨日預言者が吉村君を占っていたら出てきて欲しいんですが、如何でしょう?」

 武田の意見に大石と他数名も賛同する。
 吉村が人狼で能力者を偽っている可能性を考えた物だろうが、仮に占い結果が人間だったからと言って狂人の可能性が残る限り全面的に信用は出来ない。
 それ故に預言者を出す事に反対する者も出たが、初めから知っていた者と昨日占った者を合わせれば、預言者自身も含めて三人の人間を把握している事になる。
 その結果を言わずにもし襲撃されてしまったら、を考えると出た方が良いのではないかという意見が出た時だった。

「……トシ」
「なんだ近藤さん?」
「あと頼んだぞ。俺が預言者だ」
「近藤さん! アンタそれじゃあ……」

 人狼に殺されてしまう可能性が高い。
 だが、陽も傾いてきた今、埒の明かない話し合いをしているよりはましだと思い出たのだと近藤は言う。
 そんな時、ふっと何か思い立ったかのように武田が動きだしなにが発言するかのように話し合いの場の中心へと歩き、なにも言わずに対面に居た永倉の横へといくとおもむろにその場に座した。
 妙な行動を気にはなったが今は近藤の知っていた人物を聞くのが先決だった。

「俺が始めに知っていた人間は、吉村。お前だ」
「はい。ワシは人間です」

 近藤のその言葉で、皆の中で吉村がなんらかの能力があると言った事も含め、二人を人間視する視線が増えたのかも知れない。が、しかしその二人も完全に本物と分かったわけではない。
 当然、静かに話を聞きながら疑いの目を向けている者もいるだろうが、今は近藤の話の続きを待った。

「それから昨日占ったのは総司だった。だから俺は人狼を見つけるまでは出てくるべくじゃないと思っていたんだ」

 夜に人狼煮襲撃されている沖田は、確実に人間だ。だから占い結果を言わなくとも、沖田が人狼でない事は皆にもわかる事実なのだ。当然実を潜めようと思っても不思議はない。

「すみません良いですか?」

 話しが進む中でまた末席の吉村から手が上がる。そして皆の視線が吉村に向けられると真面目な口調で話し出す。

「ワシは預言者か霊能者か狂人といいました。けど、近藤局長を本物を考えて預言者を撤回します」
「じゃぁ霊能って事で良いんだな?」
「はい。そうなりますね」
「じゃあ伊東さんの結果は」
「伊東先生は人間でした」

 ざわりと場が揺れたのは当然で、吉村が本物ならばただの人間だった伊東を殺してしまったのだ。罪悪感に駆られながらもそれでも吉村が狂人である可能性はまだまだあった。
 だがそれでも、議論を進める為に出てきたという吉村の言には信用していい点があった。
 初めに狼に育てられたという違う話で能力を仄めかした点、能力を三つ上げて、人狼を惑わせたのも信用に足る行動だった。

 逆に、人狼を見つけたわけでもなく、また吉村がぼかした役職を露呈させるような行動に出た近藤に不信感は残る。
 が、偽者だった場合、他の人を人狼だと黒塗りすれば良い物をわざわざ死んだ沖田を占ったというだろうか? という論から近藤の預言者はほぼ信じて良いだろうと言う流れになった。

「では、一応近藤局長が預言者、吉村くんが霊能という形で会議を進めても良いですね?」
 山南のまとめる言葉に大方の者が頷いた。という事は今日の投票先をどうするかとう話になるが、大石が人狼も狂人も潜んでいるという事だから、話していないものに投票したいと言い出した。
 それに賛成する者が出る中で会議で発言の少なかった者達が話をするように促される。

「藤堂、お前なんかねぇのか?」
「あ、あの。聞きたい事あったんですけど!」

 能力者二人が本物とした場合、人間の伊東を殺そうとした人物という事で投票者が怪しくなってくるのではないか。藤堂の発言から投票した者を選別する事になったが、ずっと伊東だけを怪しんでいた斎藤、冷静そうじゃないという理由で入れた沖田。票を割っても意味が無いと票を集めた大石。そして、沖田と同じ理由で投票した山南だ。
 人間を殺している、という点で決定打を入れた山南は非常に怪しくなってくるが、今まで現場をまとめこの状況に持ってきた本人が怪しいと言うのも考え難い。

「そしてすみません。自分が妖しい立場にいる中で聞くのはなんですが、武田君。君は先ほど能力者かのように立ち上がり、何も言わずに永倉君の横に座った。あの行動は一体なんだったんですか?」
「あ、そう! なんで急に俺の手を掴んでたんですか!?」

 あの時、そっと手を取られてなんだろうと思って為すがままになっていた永倉も、手を離さない武田に不信感を募らせていたようだ。
 男色家として知られる武田の行動だけに、一同こんな非常時に何を呑気な、としか捉えなかったし嫌そうな顔をしつつも振り払えないでいる永倉も、武田の真意に気づいていなかった。

 皆の注目を集めて武田が弁明を口にしようとした時、日暮れを知らせる寺の鐘が聞こえてきて、そろそろ投票に移らねばならない事を知らせた。

「私の弁明は投票の再にでも致しましょう」

 その武田の言葉を皮切りに、意の決まった者から本日の投票先を挙手で伝えてゆく。

「悪ぃが俺は吉村を信じれてねぇ。だって狂人の可能性もあるんだろ? それを最初から頑なに信じた大石に投じる」

 言葉は少なかったが的を得ている原田の発言に引っ張られたのか、初日からの意思なのか、大石にその後続けて票が入り、先ほどの行動がやはり怪しいという事で武田にも大石と同票数投じられた。

「どちらかに決めなきゃならねぇな」

 近藤の言により両名以外に入れた者に考えさせる為、一言の弁明を二人にさせ、それから一斉挙手による決選投票をする運びとなった。

「私が永倉くんの手を握っていたのは男色家だからというだけではありません。会議の間、驚いたり動揺したりすれば脈が揺れます。それで彼が人狼かどうか探ろうとしていたのです」

 さすが医学に精通している武田らしい理由だったが、結局の所良くわからなかったと面目なさそうに武田は言う。しかしこの他にも策はあるので会議に貢献できると発言して弁明を終了。

 一方の大石はなんの能力もない人間なので弁明も何もできないが、ただ、自分は人であると主張し終了。
 二人の行動を見るに、やはり人としか主張できない所に大石の人間らしさを感じた者が多かったのか票は武田に集まった。

「……武田観柳斎。士道不覚悟で切腹を申し付ける」
「嫌ですよ。なぜ私が新選組の為に死ななきゃならないんです」

 近藤の重々しい命に、武田はいつもの調子で切り替えす。
 いつも近藤に取り入るような行動ばかりして隊士からはあまり良く思われていなかった武田だけに命に背くのは珍しい。勿論意見の対立が度々あったが、それでもここまではっきりと否定する事はなかった。

「ねぇ皆さん。投票もう一度やり直しませんか?」
「往生際が悪いぞ武田! 斉藤! 楽にしてやれ」
「はっ」

 切腹をする様子のない武田に、斎藤の刃が迫る。
 咄嗟に反応出来なかった武田が袈裟懸けに切り伏せられ、その場に崩れ落ちた。
 流れ出す血が夕陽に照らされてその色を更に朱赤と見せている。この血が、人の物でないように。そう信じ本日の会議は終了と相成った。