神託が下り、王宮では婚礼の準備が着々と進んでいた。
その準備に時間がかかったのは、用意をしている使用人たちもその指示を出している教育係のギベルタも、花を用意する庭師のリーファスも、司書のチュニーも軍師のゼルですらこの婚姻を快く思っていなかったからだろう。

そもそも、ジュビリア姫とユーティシア姫。どちらが嫁ぐのかすら決まっていないのだから。
相手が闇の世界をもたらした魔王ともあればこの反応も至極当然だ。
「この婚礼をどうにか回避できないのか?」
国民の誰もがそう思っていた。

酒場の主人アイメルの所にも、冒険者のビースを筆頭にこっそり盗賊たちが集まって酒を飲みつつ相談をしていた。
盗賊達の所属するギルドの長は、他でもないアイメルなのだ。

「ギルド長、どうにかならねぇもんですかね……?」
「そうねぇ……夜明けの鍵とやらがあれば良いらしいけど」

盗賊などという稼業ではあるが、この国の事は好きだし、朝が来なくて闇に閉ざされた世界は仕事がしやすいがそれとこれとは話が違う。
なにより、盗賊達は自分たちの事にうすうす気づきながらもそっと目こぼしをしてくれている姫達が好きだったのだ。

「それを手に入れるのには?!」
「まずは『幸せの花』を持ってくる事ね。草木の事ならリーファスを訪ねると良いわ」

    ***

魔法使いたちは王宮に集まって司書のチュニーを中心として、神託の解読に勤しんでいた。
神託の本当の意味。それが解ればこんな婚礼など必要なくなる。姫達を犠牲にすることなく世界が救われる!

そう信じて、昼夜問わず研究を続けるが1000年の時を経たこの国の古文書は、解読が難しい。しかも時折魔の手によって封印がかけられた魔法書もあり、解読は遅々として進まなかった。

「こんな時、師匠が居てくれたら……」

下町の酒場で飲んだくれている常連客ナズウィック。彼は紛れもなくチュニーの師匠である筈なのに、ある時から酒に溺れ記憶をなくし、自分の正体すらわからなくなってしまっていた。
眠る事なく研究を続けるチュニーの姿を心配そうに見つめていた魔法使いたち。
彼らは頷き合い、兼ねてから考えていた事を行動に移した。

動くことは慣れていないが、チュニーの為、姫達の為。そしてなによりこの国のすべての者の為にどうにかしてナズウィックの記憶を取り戻すのだ。

    ***

「次!」

ブンッとバトルアックスを振るいながら張られるギベルタの声は、やはりいつもより曇りがあり心配事があるのがすぐに分かった。
心配しているのは十中八九、姫達の事だろう。

稽古の時でさえ気もそぞろになるという事は、婚礼の日まで時間がなく焦っているのだろうと想像に易かった。

「ギベルタ様」
「なんだ?」
「なにか我々にお手伝いできることはありませんか?」
「……そうだな」

そうしてギベルタが語ってくれたのは、25年前に連れ去られてしまった第一皇子の話し。
魔族の手から守る事が出来なかったのだと、今もずっと悔いているのだ。
それに、第一皇子が居てくれれば勇者の血を色濃く受け継いでいる彼から魔王を撃ち滅ぼす何かが得られるかもしれないと考えたからだ。

「皇子がいらっしゃれば御年25歳になるはず。それくらいの若者が困っていたら、ぜひ探して力になってやってくれ」
「それでは、下町の巡察に行ってまいります」

そう言って送り出された戦士達は、巡察のついでに皇子の行方をせめて小さな手がかりが見つけられないかといつも以上に街人達に声をかける。

「魔族について何か知っている者はいないか?」

    ***

ズキズキと頭が痛む。
頭痛持ちは昔からだったが、最近は特に酷く時折痛みのあまり意識を飛ばしてしまう事もあるようだった。
軍師ゼルのこの悩みは決して人には悟られず、心配されないようにと振る舞ってきたので知る者はいない。頭痛もちくらいはバレているかもしれないが、それは特段問題ない。

「国がこの様な時に、僕まで倒れるわけにはいかない……」

先王と王妃が先立ってしまって以来、軍師である自分と二人の姫。教育係や司書と共になんとか国政をまとめてきたのだ。
まして、夜明けが訪れず国民の不安が高まっている中で神託が下されどちらの姫を失うのかと不安定この上ない今、国民の矢面に立つ自分が居なくなってしまっては今より更に姫達の負担が増える。

「なんとか頑張らないと……」

そんなゼルの思いも虚しく、ズキズキと割れるような痛みのは治る気配がない。
気分のスッとする紅茶でも入れようかと棚に手を伸ばすが、そう言えば茶葉を切らしてしまっていたのだと思い出す。

「あぁ…無いんだった……」

先ほど城下町に出向いた際に買って来ようと思って忘れていたのだ。が、今からまた出向くには政務の時間がある。
諦めるしかないかと吐いた溜息の音と、執務室をノックする音が重なった。

「どうぞ」

出来るだけ不調は隠して、和かに客人を迎え入れると数名の冒険者と共にユーティシアの姿があった。

「おや、珍しい取り合わせですね。どうなさいました?ユーティシアさま」
「この人達がゼル、貴方にお使いがあるからって。だから案内してあげたの」
「それはありがとうございます。姫にご足労頂き申し訳ない」
「い、良いんですよ!そんな!」

微笑むゼルに、顔を赤らめて慌てるユーティシア。その2人をニヤニヤしつつ見守る冒険者達。
そして冒険者達は道具屋から受け取ってきたという紅茶葉を渡し、颯爽と去っていった。

「なんだか、元気な人達ですね……」
「はい。それにいい人達です!私もさっき道具屋さんに届け物のお願いを聞いて貰ったんです」

そう言ってユーティシアが口にしたのは昔ゼルに貰った万華鏡の事だった。
大分前に落として渡れてしまったものだったが、壊れてもなお持っていたのかと、そして修理に出してまで大事にしてくれようとしているのかと、感心すると共に愛おしさが湧き上がってくるが、それが恋情なのか親愛なのかゼルにはまだ判断が付いていなかった。

「冒険者の人達がゼルは頭痛がするらしいと言ってました。今は、大丈夫ですか?」
「おや、そんな事までユーティシアさまに?冒険者達も困ったものですね」

余計な心配をかけさせてしまったと、すまなそうにするゼルだが冒険者達を咎める様子はなく苦笑で済ませられる程度だ。
心配そうに顔を見上げてくるユーティシアに微笑んで、大丈夫ですよと声をかける。

「お茶を飲めばスッキリするでしょう。それに、不思議と貴女といると少し和らぐんです」
「それなら、もう少し側にいます。お仕事の邪魔にならなければですけど」
「邪魔だなんてとんでもない!ではユーティシア様にもお茶をお煎れしますね」
「ありがとうございます、ゼル」

微笑み合う2人の視線は僅かながら意味合いが違っているものの、好意が持たれているのは確かだった。その好意が魔王を打ち倒すのに大きく関わってくるという事を、この時の二人は知る由もなかった。