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翌日
 会議が始まってから、三日目。

 会議の場に現れる者達の表情が一様に固く強ばるなか、少し様子が異なる者が三名いた。近藤と、吉村、そして原田だった。
 近藤はなにか思案するような、吉村はどこか嬉しそうな、原田はなにかに困惑しているような、そんな表情であった。

「佐之、どうした?」
「あ? あぁ、なんでもねぇ」

 様子のおかしい原田を気遣って、永倉と藤堂が声をかけても明朗な返事は帰ってこない。
 一人黙り込んでは溜息を吐き、ガシガシを頭を掻いてはまた沈黙をする。
 そんな原田の様子に永倉、藤堂の二人は無言で顔を見合わせ、どうしてやるべきかと悩んでみるが上手い言葉が見つからない。そうこうしているうちに会議の場に人が集まり、全員揃ったかという所で、大石が居ない事に気がついた。

「大石くんが、犠牲者ですか……」
「山崎、見てこい」
「はい」

 監察方らしく素早い動きで立ち去り、舞い戻る山崎とその命を出す土方の姿を見ていると、これから始まる会議は仲間を疑う物などではなく、討ち入りに行く算段でもするのではないかと思えてくる。
 それくらい自然な流れだったのだ。
 けれど、山崎の表情は暗く報告される大石の死に陰鬱な空気が戻って来た。
 今日も、仲間を殺す為の会議をしなければならない。

「吉村、お前の結果はどうだったんだ?」
 原田の問いが吉村へ向けられる。吉村は朝からほんのりと嬉しそうな様子を浮かべていたのが気になったのだ。

「皆さん、大石さんの事は悲しい事ですが、人狼の脅威は一匹去りました」
「吉村君、では……」
「はい。武田先生は狼でした」

 吉村の言葉に、皆の表情に一瞬喜びが浮かんだ。
 が、直後に斎藤が初日に吉村が能力をぼかしたのは誰か出て来た能力者とは逆を言おうとして、様子を見ていた偽者なのではないかと言い出した。
 そんな時だった。

「吉村、嘘はいけねぇ。俺が真の霊能者だ」
「左之、お前……だから、なんか様子おかしかったのか」
「まぁな…。武田さんは人間だった。吉村お前は人狼の数を少なく思わせて有利に事を運びたい偽物だ!」

 皆の注目が一斉に原田に集まるが、原田はそれらを受け止め、話す。
 初め、吉村が複数の能力を語ったせいで偽物かどうかの判断がつかなかった事、昨日までは間違えた結果を言ったら出ようかと思っていたが、本当に伊東は人間だった。
 だから人狼を見つけてもいない今、出るかどうか期を逸してしまったのだと。

「だが今日。吉村は事実を捻じ曲げた。だから俺は出たんだ」
「そうは言ってもよ……」
「信じて貰えねぇ事ぁ重々わかってる。だけど俺は本物の霊能者だ!」

 今まで吉村を信じて話しを進めてきていただけに、原田の発言は大いに皆を動揺させた。が、そうやって動揺させることが狙いなのではないか? このまま真霊能者の吉村が信じられていては分が悪いと踏んだ人狼が、惑わす為に出てきたのではないか、色々な意見が飛び交う中、永倉が近藤の様子がおかしい事に気付いた。

「山南さん、近藤局長の様子がおかしいです」
「局長……どうしましたか?」

 刀を手に、項垂れたままの近藤に山南が水を向けると、近藤は深い溜め息の後、口に出したくない事実を告げるように涙さえ混じっているかのような声で言った。

「トシ……お前ぇなんで総司を喰えたんだ……?」

 憔悴にも近い声色で俯いたまま、近藤が口にした言葉は場をざわめかせるには十分な内容だった。
 言われた土方は信じられない様子で呆然と近藤を見つめ、その視線を受けてか、土方に向き直り近藤は同じ言葉を繰り返す。

「なんでだトシ…なんで総司を喰たんだ!」
「巫山戯るなよ近藤さん…あんたでも笑えねぇ冗談だぜ」
「なぜ総司を喰い殺した!」
「俺が人狼だって言いてぇのか?! 冗談じゃねぇぞ!!」

 怒鳴り合いに発展したそれは開始と同時に互いの胸ぐらを掴んでいて、今にも殴りかかりそうな勢いだった。
 近藤も土方も我は強いので意見の衝突が今までだってなかった訳じゃない。けれど、互いを憎み合っているような、こんな怒鳴り合いは無かった。試衛館時代から付き合いの長い面々でさえこの二人をどう取り押さえていいのか戸惑った。

「お、落ち着いて下さい二人共!」

 あわや刀が抜かれるか、と言う所で慌てて両脇に居た山南と山崎が二人を抑え、引き離した。周りに居た者達も皆座していた番から立ち上がり、また二人が衝突しそうになったら何時でも止めに入れる状態だ。

「近藤局長、それは昨夜土方くんを占った、という事ですか?」
「そして狼と出た!トシは、もう…人狼に……総司まで失くして、俺は……」

 山南の質問に答えながら徐々に力なく崩れ落ち、椅子に戻った近藤の言葉に一同は立ち尽くす。
 新撰組の中でも最強と名高かった沖田への襲撃だけでも精神的に衝撃だったものを、そこに立っている土方が人狼なのだとしたら、彼もまた既に人狼の手によって殺められていると言う事だ。
 あの鬼の副長が、だ……
 だが

「近藤さん……頼む、目ぇ覚ましてくれ……」
「なに?」
「俺が、本物の預言者だ」

 ざわ、とまた会議の場が動いた。
 近藤の横に胡座をかいて座しながら、土方は傷ましい表情を浮かべて近藤に、そして皆に向かって言った。

「俺は昨日あんたが預言者だと名乗った時、なんで何も言わなかったと思う?」
「人狼が何を言いたいのかなんて知るかよ!」
「俺はあんたが狂人だって信じてたんだよ! 能力者偽りしたからって人狼じゃねぇ。あんたはまだ生きてるんだって!」

 能力者からしたら自分と同じ能力者を名乗る物は確実に人狼か狂人だ。
 だが、人狼だとするとその人物はもう殺されているという事。
 土方は近藤がまだ生きているのだと、信じたかったのだ。

「俺が最初から知っていたのはアンタだ」

 人狼に殺されていない、気狂いならまだ立ち直るかもしれない。それを信じて、狼を探したいのだと懇願にも似た声色で話す土方の言葉を隊士達も信じたかった。
 鬼の副長が殺されるわけがない。
 近藤だって土方が説得すれば正気を取り戻すかもしれない。そう思えば今は彼ら二人が投票から外すべき人材となった。

「あ、あの! 土方先生が知っている人間は、誰ですか?」

 一色触発になりそうな雰囲気の中、吉村が恐る恐る尋ねる。
 と、怒鳴りあっていた二人も藤堂と原田に制されて離れた場所に立ち、少し落ち着いたのかいつもの冷静な土方の声が返ってきた。

「二日目に見たのは山南、それから昨日はずっと怪しいと言っていた永倉。二人とも人間だった」

 人狼を見つけられていないから、出てくるつもりがなかったが、さすがに自分が人狼だと言われてしまっては出ざる得なかったとはなす土方と、それを頑なに嘘だと言う近藤。
 その二人に対して、山崎は怪しいと言っていた自分を占わない近藤局長はおかしいと言い出し、永倉は昨日の発言の中で土方が人狼目線で語っていた事があったと言い出した。
 結局どちらが疑わしいか結論が出ないまま、話は霊媒師の二人に移動した。

「原田君は、昨日のうちにまずいと思って出て来た人狼としか思えません」

 山南の意見に賛同する者が多い中、山崎だけが近藤を信用できず、狂人とすると近藤が人間といった吉村は人狼の可能性もあるのではないかと言い出した。
 だが、それは皆の中には腑に落ちなかったらしい。

 日が傾いて再び日暮れの鐘がなると、投票をしなくてはならない時間が来てしまった。
 近藤と土方、どちらの預言者が本物かわからない今、その二人への投票は避けられたのか、近藤に人狼と言われた土方には数票しか入らなかった。
 土方に入れる事、それはすなわち近藤を信じるという事になるからだ。確証がないまま、信用することは難かしい。
 そうして次々と原田に票が集まり、もう後が無いという時だ。

「新八…お前も俺を信じないのか……?」
「……佐之すまん!」

 床に擦りつけんばかりに頭を下げて謝り続けている永倉に、原田は諦めたようなため息と共に、すっと前を見据える。皆が見守る中、黙って切腹の為に置かれた小刀の前に鎮座した。

「佐之……介錯人を選べ」
「いらねぇっす。俺ぁ一度切腹してるんだ! 今回だってやってやりますよ」

 近藤の言葉を拒絶して、原田は着物の前を広げて過去に付けた傷跡をそっと押さえる。あの時は命を助けられ今まで長らえたが、今度こそ終わりなのだと覚悟を決める。

「ここはもう、俺の好きだった新撰組じゃねぇ。誰にも信用されねぇくらいならいっそ死んだ方がましってもんだ!」

 語尾に向かって怒鳴り上げていく辞世の言葉に、永倉の表情が歪んだ。
 信じてやれなかった自分を後悔するかのような、そんな表情だったがそれでも腹を突き刺し見事果てるまで刀を放さなかった友の姿から、目を背けたりはしなかった。

「本日の会議、これまで」

 近藤の宣言と共に一人、また一人と場を辞する中永倉と藤堂だけが残り、倒れた原田の背中を見つめていた。

「新八……」
「ああ、大丈夫だ。行こう」

 促す言葉に頷いて隣を歩き出す藤堂を、気づかれないように永倉はそっと見つめる。

(お前は、違うよな……? 平助……)

 心中でそう信じたい気持ちは大いにあるが、原田を人狼とみなした時点で、友人だからと無条件で信じる事は出来ない。

「明日もまた、話し合いって名前の殺し合いか……」

 永倉の深い深いため息が、夜の闇に消えていった。