翌日
四日目の朝だ。

「おはようございます山南先生」
「山崎くん、おはようございます。随分、人数が減りましたね」
「ええ、本当に……」

 あんなに仲の良かった近藤と土方は一言も口をきかないまま、それでもいつもどおり議論の場の真ん中に二人で座する。
 その両脇に位置する山南と沖田の分を開けて座る山崎が、寂しそうに笑い合う。
 笑う場面ではないのはわかっているが、暗い表情ばかりしていては気が滅入って仕方ない。本当に少しばかりの息抜きをして、集まる面々を確認すれば、今日は吉村がいつまで経っても現れない。

 四日目ともなればもう、襲撃による物だと想像は付くが、だからといって確認するまでは認めたくない。

「俺、確認してきます」
「頼みました」

 同じ諸士調役兼監察方としても気になるところだったのだろう。素早く立ち上がって行動に移した山崎をおいて、他の面々は吉村が居ないという事実について言葉を交わし始める。

「吉村が本物の霊能者だったから霊能結果をぼかす為に殺されたって事か?」
「いや、原田が本物で吉村は狂人だったかもしれないだろ」
「そうしたら俺は、佐之を、殺しちまったって事か……?」
「狂人は人狼の仲間なんだ。殺すわけ無いだろ。吉村が本物だ」
「そうすると局長は土方くんを人狼と言い、吉村くんは武田くんを人狼と言いました。となると原田くんはやはり狂人か人狼、という事になりますが……」

 どちらにしろ、人間である原田を殺してしまった可能性が高くなり、永倉の言葉がどんどん減ってゆく。
 それに気遣ったのか皆の発言も滞り始めたとき、山崎が血に濡れた吉村の鉢金を持って戻って来た。

「山崎くん…ご苦労様でした」
「いえ……」

 人狼に殺されたという事は吉村が人間か狂人でしかないという事だ。十中八九、吉村が本物の霊能者だろうという事で話が進み、話しの論点は近藤、土方、どちらの預言者を信じるかにかかってきた。

「人狼は、俺を殺したらトシが偽者だって確定すんのが怖くて俺を食わなかったんだろうが、失敗だったな」

 もう一人の人狼を見つけたという近藤の言葉に、ざわついた場が収まるのを待って、再び近藤が言葉を口にする。

「俺は平助を占った。…平助、おめぇも人狼に喰われちまっていたとはな……」
「え、局長…それって、どう言う意味ですか……?! 俺が人狼だって言ってるんですか!?」

 ダンッ、と派手な音を立てて席を立った藤堂を横にいた永倉が押し留める。
 沈痛な表情を浮かべたまま近藤は何も話さない。
 近藤へと縋る藤堂を抑えながら、永倉はどうしたらいいのかわからないでいた。
 友である藤堂を信じれば局長である近藤が嘘になる。局長を信じれば友はもう人狼に成り代わられているという信じがたい事実に突き当たる。

 永倉が混乱している間にも会議は進み、山南は冷静に土方へと占いの結果を促した。

「では土方君、君の占い結果は?」
「一だ」
「結果は」
「人間」

 言葉少なく語る土方に、近藤は残りの人狼を答えてみろと食い下がるが、土方は答えない。事実を語っているだけで論理など無いと言うが、近藤は人狼だから何も言えないのだと煽った。

 近藤が本物で、吉村が本物であったならば人狼は土方、藤堂、武田の三人という事になり、全て発見している。
 そちらの方が人間にとってはありがたく、信じたい事ではあるが楽観的な考え方は時として身を滅ぼす。

 能力を持っていない人間にはどんなに二人が言い争っても決定的な答えには繋がらない。
 吉村が襲われた結果からも考えて原田が本物だった事も視野に入れつつ、今日の投票を決めなくてはならない。

「あの! 発言して良いですか!」

 近藤に人狼と言われ、信用をなくしているかもしれないがと、藤堂がせめてもの弁明を口にする。

「俺が本当に人狼なら俺に票を入れていた吉村くんを殺すのは、自分の首を絞める結果になると思いませんか?」
「そう言いたかった人狼、なんじゃねぇのか? 藤堂」
「違います!」

 弁明も逆手に取られ、藤堂の信用回復は出来なかった。
 一堂の中で、近藤、土方、どちらが本物の預言者かわからないが、土方、藤堂。黒と言われているどちらかから投票する方が確率が上がるのではないかという結論に達した。

 非常な結論の出た会議の場に、夕陽に近い朱色の光が射し込んでくる。
 その色がやけに朱く、血を思わせこれからの惨劇を暗示しているようで皆の表情に苦渋の色が浮かぶ。
 それでも、人狼を探す為には討論して誰かを処刑しなければならない。

「本日の投票に移りましょう」

 近藤か、土方か、藤堂か。話し合いの末に投じられていった票はほぼ全員の票が土方に投じられ、切腹をする流れとなってしまった。

「潔く切腹しろ!」

 近藤の冷たい言葉は土方ではなく、土方を喰らった人狼に向けた物。そう信じていても鬼の副長と恐れられ、それでも自分達の中心にいた人物の切腹を見るのは忍びない。
 一様に渋い顔つきをしている一同の真ん中に土方は進み出て、置かれた切腹用の小刀の前に土方はゆっくりと座った。

「総司、前に死ぬ直前ってなに考えるんだろうなって言ったら、お前は笑って土方さんは鬼だから死にませんよ、って言ったけど…死ぬみてえだなぁ」

 懐かしい思い出話しをする土方の言葉に、隊士達の顔に悲痛な色が浮かぶ。
 本当に合っているのか?
 また人間を殺してしまっていないか?
 それでも決定してしまったものは覆せない。切腹の為に置かれた短刀を前に、土方は振り向かずに後ろへ控えた山南へと言付ける。
「山南! あの人に伝えてくれ、一生の恋だったと……!」
「はい……」

 山南の小さな、それでもはっきりとした返事を聞いてから、土方は手にした短刀を腹に突き立てかっ捌いた。その土方の後ろに近藤が歩み寄り、腰の太刀に手をかけると冗談に構えて土方を見据える。

「貴様が、貴様が総司を語るな! 人狼が!!」

 人狼が!と憎々しげに叫んではいたが、近藤の心中はどんな物だったのかと思うと、誰もが安易に声をかけられる訳がなかった。
 弟のように可愛がっていた沖田を人狼に殺され、共に駆け抜けてきた土方は本当に人狼に食い殺されなり変われていたのだとすれば、もう彼もこの世にはいないのだ。

(待ってろよ、総司。トシ。たぶん、今日は俺もそっちに行くだろうからなぁ)

 ここまで人数が減ってしまっては狩人の生存はないだろう。
 更に、昨日もし狩人が生き残っていたとして、近藤を守っていたら、同じ人間を二日続けて守れない為に今日の夜に近藤が襲撃される可能性は大いにあった。

 しかしそれでも構わないのかもしれないと、思う。

 新撰組の局長としてはマズイかもしれないが、近藤個人としては人狼は三匹とも見つけ出し、預言者の役目はちゃんと果たしている。
 土方も、沖田も居ない新撰組。

 生き残れたのなら勿論、隊を率いて新撰組局長として身を賭すが、ここで人狼に殺されるというのも一興だろう。

 そんな事を思っていたからなのか、深夜に月明かりと共に訪問があった。
 近藤の部屋の前に座し、襖を叩いて声をかけ、入れと言われて中に入った。

「こんばんは近藤さん。そして、さようなら」
「そうか…やはり俺を殺しに来たか」
「もういい加減邪魔なんでね。良いでしょ? 役目終わってるんだから」
「ああ、いいさ。明日きっとあいつらがお前を殺してくれる」
「だねぇ。だから安心して死になよ」

 見知った顔に見えるのは残忍な笑顔と金の瞳。
 鋭い牙に、鋭利な爪。
 ニタリと笑顔を残したまま、近藤に襲いかかり首筋を食いちぎった。

「あぁそうそう……」

 喉笛を喰われてもまだ辛うじて息のあった近藤の耳元で、人狼が思い出したように何かを告げた。
 その言葉を聞いた近藤の目が驚愕に大きく見開かれ、自分を殺そうとしている人狼へと視線を向けると、にたっと笑う金色の瞳と目が合った。

「じゃあ今度こそ本当に、さようなら」

 ぐしゅっとなにか果物が潰れるような音を出して、人狼は近藤の喉笛を噛みちぎった。