一方、城に残り司書のチュニーと共に神託の謎を解き明かそうと研究していた魔法使いや、その手伝いを買って出た剣士達は、なんの情報も出ない現状に行き詰まりを感じていた。

「やはり、師匠じゃないとこの神託の本当の意味は解らないのかもしれない……」

溜息とともにチュニーが思い出すのは聡明だったころの師匠―ナズウィックの姿。
今では全ての記憶を失くして酒場に入りびたり、ただの酔っ払いと化している彼だが突然の精神崩壊を起こす前までは教会に仕える神父であり、チュニーの魔術師匠として魔法ギルドの長をしていたほどの存在だったのだ。
彼ならば神託の本当の意味を見出せるかも、いや、本当はもう見出していたのではないだろうかとすらチュニーは思う。

「ナズウィックさんがどーかしたんです?」
「っび、くりした……」

ひょ、っとチュニーの背後から声をかけて来たのは盗賊の少年だった。
ここの王族は国民から慕われ、城も広く開放し庭園にも誰でも入れてしまうのだが、かといって盗賊までが自由に行き来できるのは如何なものかとチュニーは思う。

しかし実際はちょっとしたいたずらをされるくらいで、盗賊一味が城からなにかを盗んだことはない。それはきっと盗賊ギルドで決まっている事でもあるだろうが、結局のところ盗賊たちも勇者の血を引くフォルローグのの王族が好きなのだ。

「盗賊のあなたがなんで城内にいるの?」
「やだな! ちゃんとしたお仕事っすよぉ。ゼル様に紅茶持ってきてほしいって言われて。あと、中庭にいた姫さんにもお使い頼まれたっす。あーあと、ギベルタさんとこの戦士さん達にも色々頼まれて」

巡回をしながら神託の謎について調べ、ナズウィックの正気を取り戻そうとしていた戦士たちにこの少年以外の盗賊は色々と協力を要請されていたのだ。

どうやらリーファスが酒場に「夜明けの鍵だ」と言っていたものを返しに行ったらしく、結局それは酒場の鍵だったようだけど、何故リーファスはそれを「夜明けの鍵」なのだと思っていたのか。それを聞きたくてアイメルに問い詰めても上手くはぐらかせ、結局リーファスを追う羽目になり、足の速い盗賊に依頼が来たという事らしい。

「それで、リーファスはもう見つけたの?」
「はい無事に。んで王宮に来たついでにチュニーさんに見て貰いたいもんがあって」

そういって盗賊が差し出したのは暗号文と符丁の書かれたメモ。
色々な人から頼まれた事をクリアしていくうちに手に入れたのだというそれらは、もしかしたら神託の謎を解明するのに有効なのではないか。そう思って為にし持ってきてみたのだという。

「これは……!」
「読めたんですか?」

なんて書いてあったんです?と皆が注目して来るのを見ながら、チュニーは暗号文の表わした文字を何度も何度も確認し直した。
けれど残念ながらそれは読み間違えでも、解読のし間違えでもない、とても信じがたい事実。

「これは、魔王の正体……というか仮宿に選ばれてしまった人物の名が示されていました」
「そりゃすげぇ!で、誰なんです?」
「魔王グラバノス、その魂が隠れている宿主は……」

    ***

「嘘よ……」

大切なものなのだと渡された万華鏡を届けつつ、ユーティシアに知りえた事実を告げれば案の定それは信じて貰えなかった。
けれど真実に辿りついた冒険者達が、何度も、何人もが姫の元へ通い真実を伝えるうちユーティシアもその事が本当なのではないかと揺らぎ始める。
認めたくない。違ってほしい。けれど、仲良しの魔法使い、気の良い盗賊、真っ直ぐ気質の戦士たち。複数の者から同じ事実を伝えられ、ユーティシアは思い悩んだ。

「そんな、まさか……あの人が魔王だったなんて……」

婚礼の義は着々と進んでいる。
姉か自分か、どちらかが魔王に嫁がなければ世界は闇に包まれ滅んでしまう。
それが解っていながら自分が犠牲になる決断も、姉を犠牲にする決断も付けられないまま今日まで来てしまったけれど、魔王の正体がわかりユーティシアは困惑した。

「私は、どうしたら……」

人気のない王宮の回廊で、一人たたずむユーティシア。その耳にかすかに人の話し声が聞こえてきた。
なんとなしにそちらの方へと視線を向けると、戦士の少女に導かれ見慣れぬ青年が回廊を奥へと進んでいるのが目に入った。 そして見たのは彼が走り出した先にいた姉の姿。

(お姉さま……)

姉が芸術家の方に思いを寄せているのは知っていた。
そして手を取り合う二人を見て彼が姉の想い人なのだろうと確信する。
王宮の厳重な警備をかい潜ってまで、姉の事を心配して会いに来たのだろう。
手を取り合い、抱きしめあった2人はまた互いの目と目を見つめ合い、そしてアーティと呼ばれた芸術家が姉へと訴える。

「逃げよう、2人で!」
「ダメよ!私はこの国の皇女なんですもの。皆を見捨てては行けない」
「じゃあ魔王へ嫁ぐのか?!そんなの……!」
「アーティ、私は第一皇女……いいえ、お姉さんなの。妹を犠牲にして自分だけ幸せになるなんて出来ないわ」
「ジュビリア……」

そしてユーティシアは初めて知った。姉が自らを犠牲にしようとしていた事を。
そして

「勇者の血は私にも流れてるわ!もし私の血が魔王を抑える事が出来たら……夜明けが来たら必ず貴方の元へ会いに行くわ」

姉はそれでも希望を捨てていないのだと言うことを。
もう一度しっかりと抱き合うと、2人は名残惜しそうに身を離した。
アーティは「酒場で待ってる」と短く残すと振り返らずに立ち去り、その姿が見えなくなるまでジュビリアはアーティの背中を見送った。

「お姉様……」

そっと涙を拭い、いつもの気丈な表情に戻るジュビリアを見つめて、ユーティシアの心も決まった。
迷いはない。

「私は、私の愛を貫くの……。その相手が誰であろうと、どんな結果になろうとも……」

    ***

城下町の一角でナズウィルはふらついた足取りのまま、何処へともなく歩いていた。

「俺は……俺は、誰だ……?」

酒飲みで酔っ払いで呑んだくれ。
アイメルんとこの常連で、店で知らない事はない。
たまに金がなくてアイメルにツケにしてもらって、陽気に毎日酒を呑む。

「じゃあこの服はなんだ?あの墓に眠る友は……?」

ここ数日に渡って何人もの人が訪ねてきた。貴方が王宮司書チュニーの師匠なのだろうと。
何人もの人が聞いてきた、夜明けの鍵を持っていないかと。
何人もの人が願ってきた、神託の本当の意味を知りたいと。

「……行かなくては」

霧がかった思考の向こうに見える、光を取り戻さなくてはいけない気がするから。
リ-ンゴ-ンと城の鐘が鳴る。
その響きに誘われるようにナズウィルは城へ向けて歩き出した。

    ***

王宮へと足を運んだディラルヴァが最初に見たのは庭園で見事に咲いた珍しい花。
リーファスが幸せの木と呼び丹精込めて剪定していたその木から、まるで聖気が放たれているかのような力を感じた。
ふと見ればその木の下で花を眺めつつ今にも泣きだしそうな表情をしているリーファスを見つけた。彼もまた、婚礼に賛同できない一人である事は明白だ。

「見事だね、リーファス」
「ディラルヴァさん……」

満開に咲いた幸せの花。
ユーティシアの為にと陽のないこの世界でも花咲くように頑張って頑張って、それこそ悪戯好きの盗賊に生垣を壊されても、戦士達の訓練で枝を切られそうになっても、魔法使いの魔法訓練で枯らされそうになっても、水魔法ウォアティエスの練習台になって自身が風邪をひかされようとも、世話を怠る事はしなかった。
その結果がやっと実った今日という日に姫は魔王へ嫁がなければならないなんて、とんだ皮肉だ。

「幸せの花がやっと咲いたんです。なのに、どちらの姫が嫁いでも、誰も幸せになんてなれない…こんなの……」
「大丈夫だ。私が、なんとかする」
「ディラルヴァさん……?」

ぽん、と肩に手を置いて安心させるようにささやくディラルヴァの声色が、いつもの調子と何か違うような気がしてリーファスは思わずまじまじと彼の事を見つめた。
変わりない様に見える。が、確実に何かが違った。しいて言うならばまとっている雰囲気、にじみ出る気配。
目に見えない意識の部分。
敢えて表わすなら、不思議な雰囲気から清廉な雰囲気へ変わったディラルヴァの様子にしばし動きを止めてしまったリーファスは、肩から離れた手の感触で彼が城へ向けて歩き出そうとしているのに気が付いた。

「ああ、そうだ。リーファス、その花を少しだけ摘んで姫達の元へ持ってきてくれないか?」
「幸せの花を、ですか?……わかりました。後で一枝進呈致します」
「頼んだよ」

事情も状況も解らないながらに、何かを察して快諾してくれたリーファスに微笑んでからディラルヴァは表情を凛としたものに戻し歩き出す。
王宮へ踏み入るその堂々とした姿勢は街の道具屋ではなく、まるで……

「まるで王子様みたいだ……」