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千日の間、夜しか訪れなかったフォルローグ。
そんな事もあったのだよと、祖父母が若者達に語る様になった頃。
話を聞く若者の中には人間と、魔法使いと、剣士、盗賊と、冒険者と、そして魔族がいた。
闇の時間が続き魔王復活の危機があったフォルローグは、滞っていた隣国との関係や交易といった様々なことを、黎明の王と謳われたジルセール指導の元に再開され、軍師ゼルの助力もあって豊かな国へと再び動き出していた。
そうして時が過ぎ、ゼルとユーティシアの間に産まれた子供とアーティとジュビリアの間に産まれた子供。
それぞれの中から王家に残る者、旅に出た者、臣下として国を支える道を選んだ者。
そして生涯を独り身で国政に尽くしたジルセールの跡を継ぐ者と自由意志に従って選ばせ、王位は勇者の血によって継がれ、今後も安定した国が約束されていた。
魔王の脅威を教訓として教会と魔術の研究にも力が注がれ、それと共に魔族に狂信する者であったり、差別意識なく接する者達、そして隠れ住んでいた魔族の血を引くもの達の研究員登用も率先して行われてきた。
人の使う魔術も魔族の使う魔術も、源となるもの、原理は同じであるからだ。
もちろん反発はあったが、これが黎明の王、そして同時に暁闇の王と呼ばれたジルセールの立てた国政の軸であった。
そんな努力の甲斐あってか、魔族の数は本当に少ないし、まだまだ共存とは言えない状態ではあるが人々の中から僅かづつ魔族へ対する隔たりがなくなってきていた。
(だからって、王都へ来るなんて自分でもどうかしてると思うわね……)
夜しか訪れなかったフォルローグ。
その頃を知る人はもう亡くなっているであろう現代に当時と変わらぬ姿で王都を歩く者がいた。
魔王復活の為に奔走したアリス=ミスカその者だ。
勇者の血に魔王が破れ、また魂だけになってしまったのか、それとも完全に消滅してしまったのか。そればかりを追い求めていた日々だったが穏やかになってゆく世の中を見ていたら、ふっと魔族が自分だけではないのではないかという思いつきがあった。
そして、魔王復活も決して諦めていないが仲間を探す日々へと自然にアリスの日常は変化していった。
(王都に来ても、もう誰も知り合いは居ないのだけれどね)
馴染みだった酒場に顔を出しても、当然人間であったアイメルは天寿を全うしていたし、教会近くに行ってみてもナズウィルが居るはずもない。
城にある『幸せの花』だけは咲き続けているらしいが、それを剪定する庭師は初代の残した樹木診断書を今でも大事にしているのだと噂で聞いた。
そして、王族の代替わりは嫌でも耳に入ってくる。
だから勿論、ジルセール王の訃報もアリスの耳に届いていた。
(やっぱり、これだから人間は……)
先に死ぬのだ。
一人、置いて行かれるのだ。必ず。
だから心を移すつもりなんかなかった。実際、移していなかった。
けれど、自分の後ろをいつでも付いて回りたがったあの青年の心は少しだけ映ってしまったのかもしれない。
彼が生涯独り身であったと聞いた時、ほんの僅かに灯った温かい気持ち。
それから彼が亡くなったと聞いて、妙に冷えた暗い気持ち。
そんな感情の揺らぎが出来る程度には、心を移してしまっていたのかもしれない。
(だから、来てしまったのかもしれないわね)
王都の中をアリスは歩く。長きを生きる彼女にしたら昨日のように思い出せる歩きなれた道のり。住居の作りは変わってないのだなと思いながら、彼と二人で暮らしていた道具屋へとたどり着く。
そして、仮であっても我が家であった店の名前が変わっているのを見て、目を疑った。
「『ディラルヴァの道具屋』……?」
思わず声に出して読み上げてしまった店名は、彼の名前そのものであり、しかし彼がもうこの世にいないという事は紛れもない事実であった。
なのに何故?そう思った疑問は買い出しから帰ってきた店の店主によって解消された。
「おやおや、お客さまですか?」
「っ?!」
「すみませんね。今買い出しに行って……おや、貴女は……」
別人の筈だ。
いや、よく見れば別人だと判った。
同じ声、同じ話し方で現れたその人は、どちらかというと姉姫ジュビリアの面影を残していた。しかし、見間違えるほどに良く似ていた。
ジルセールに、いや。ディラルヴァに。
「貴女……アリスさん?」
「な、んで…名前を……?」
「あぁ良かった!当たっていましたか」
ぱっと笑い、その後で優雅な仕草で店の中へと促されるままにアリスは懐かしい我が家への帰宅を果たした。そして青年の話をよくよく聞けば、彼はやはり王族の血を引くものであるとの事だった。
「ですが私はどうしても、この店を継ぎたかった。幼い頃から聞いていた、アリス=ミスカに会いたくて」
「幼い頃から聞いていた?」
「ええ。初代ディラルヴァ、ジルセール王の夢物語に出てくるヒロインですよ」
幼い少年が母と、姉と慕った女性は不思議と年を取らず美しいままで、当然のように少年はその人に恋をするが、大切な時に助けられず彼女を孤独にしてしまう悲恋の物語り。
それを聞かされ育った子供たちは、代を変えても物語りを紡ぎ続け、その物語に強く心惹かれた者が王位継承権を捨ててこの店を守り続けているのだという。
「だから、この店の名前はディラルヴァというんです。貴女が見つけやすいように」
「ホント……馬鹿ね、貴方たち」
魔族との共存。
そんな夢物語を何代もかけて実現できるように国政の下地を引いたジルセール。
その彼の想いを受け継いだ時代の王達。そして、ディラルヴァであった彼の想いも受け継がれ、今こうしてアリスの前に現れた。
それはまるで、彼が。彼らがどうぞ見届けて欲しいと願っているようで、アリスは勝手な願いだと思いながらも断る気にはならなかった。
「こんな形で一緒にいるって言われたら、断れないわよ……」
苦笑して呟いてから、アリスは青年の名前を聞いた。
それから気の向くままに滞在し、気の向くままに旅に出る。
また、気が向いたらここに戻って来れるのだろうと、確信めいた何かを胸に抱いて……。
終り
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