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翌朝
五日目の朝。
大方の予想どおりではあるが姿を現さない近藤の空席を、斎藤、藤堂、山南、永倉、山崎の五名が重々しい空気のなかで見つめていた。
「俺が、確認してきます」
「山崎くん、大丈夫ですか……?」
「ええ。行ってきます」
監察方としての使命感なのか、動いていないと気が紛れないのか、自ら近藤の部屋ね向かった山崎は、出て行くときよりも確実に重い足取りで会議の場へと戻って来た。
「山崎くん…結果は……」
「……」
俯いたまま、小さく首を横に振った山崎に、わかってはいたが皆、重々しく押し黙った。何を言えば良いのか等わからない。
が、行動に移した者はいた。
斎藤と、山崎だ。
沈黙のあと怒りに任せるかのように刀に手をかけ、抜き去りながら二人は同時に同じ方向へと走り出した。
「藤堂! 貴様ぁーー!!」
近藤に人狼と見破られていた藤堂に、二人分の刀が走る。
咄嗟の事で驚くだけで逃げきれなかった藤堂に、刃が届く寸前。山南と永倉の刀が二人の刀を押さえ込んだ。
「山南さん!」
「落ち着いてください二人共……!」
キィン、と鉄の触れ合う音がして、山南の声と共に刀を収めないまでも取り敢えず一旦は離れた。
「ここで落ち着いて話し合わなくては、人狼の思う壺です!」
「…永倉……」
「落ち着いてください二人共……!」
キィン、と鉄の触れ合う音がして、山南の声と共に刀を収めないまでも取り敢えず一旦は離れた。
「山南さん、だけど……!」
「気持ちは分かります。けれど、ここで剣に訴えてしまっては、今までの議論に意味が無くなります!」
「だがそいつが人狼だ」
「近藤局長が本物なら、です。ほぼ間違いなく局長が予言者だったのでしょう。けれど、切腹をして行った皆の為にも、今一度しっかり検証をしてから、投票によって処刑者を決めるべきです!」
構えた刀の向こうから山南と、そして永倉の懇願するような表情を見て斎藤、山崎の二人はやっと冷静さを取り戻した。
無言でゆっくりと刀をおろし、納刀すると自分の席に戻り、ため息と共に座した。
局長である近藤は新撰組の柱であり、その物のような存在だったのだ。それを土方が支え、沖田が横で笑っている。
そんな光景が当たり前だったのに、今もうその三人が居ない。
中心に居た近藤の死を確認した事で、今まで耐えていた何かが切れたのだろう。爆発した感情は人狼と宣言されていた藤堂に向かったが、永倉からすればその藤堂が今一番信じたい人物の筈なのだ。
永倉、藤堂、原田の三人は気が合ったのか何かと一緒につるんでいて、三人で良くふざけ合っている姿を良く見かけた。
それが今、原田は人であったにも関わらず人狼として処刑されてしまった。
そして予言者であった近藤に、藤堂は人狼と宣言されている。
信じたい筈なのに、永倉は理性で把握している今の状況と、感情で信じたい事情が対局にありすぎて今自分がどちらを選べば良いのか分からなくなっていた。
「話し合いを始めましょう。とは言っても昨日からの繰り返しになりそうですがね」
今の状況では吉村が殺されてしまったので、土方が人狼だったのか人間だったのかを判別する術が無い。
という事は、同時に近藤が真予言者であったのかどうか解らない、という事だ。
能力者の正体でわかっているのは、霊能者の吉村と預言者の近藤は人狼に喰い殺されてるので【人間である】という事だ。
「近藤局長が襲撃された理由を考えると、藤堂くんを除いた残りの三人の中に人狼がまだいて、そこを占われるのが嫌だったから、というのが濃厚です」
「局長が嘘を言ってるなら、生かした方が良いんですもんね」
嘘を言っている、そして襲撃されたという事は近藤が狂人という事になるが、狂人は人狼の味方だ。人数が少なくなってきた今、残しておいた方が投票を一箇所にまとめたり、また別の人物に黒塗りをしたりして混乱させる事ができる。
人狼にしたら生かしておいた方が良い存在だ。なのに襲撃をしたという事は、近藤はやはり狂人ではなく真預言者だと考える方が妥当なのだ。
「だけど、土方さんは近藤さんを狂人って言ってましたよね?」
「とすると原田か吉村が人狼でなくちゃならん。吉村は近藤局長に人と言われが、局長が狂人ならそれも怪しいか」
「土方くんが本物なら局長が狂人という事になりますが、人狼の味方をする狂人があんなに人狼を言い当てるかは、疑問に残りますね」
「じゃあ、原田先生が狂人の場合は、吉村が本物、狂人が近藤先生じゃないなら、土方先生がやっぱり人狼って事で……」
永倉が問うた事に斎藤が答え、山南が状況を整理して、山崎が現状一番ありうる仮説を出せば、やはり……
「近藤局長に占われている、俺が人狼という事ですね……」
結果を藤堂が呟き、それから諦めたように笑った。
「生きたいです、けど、俺にはここから覆すだけの材料がありません。ただの人間ですから」
吉村と近藤が真の能力者であったなら、今夜藤堂を処刑すれば決着が着く筈だ。
残った者達はそれを信じて投票をするしかない。
最終的に票は藤堂へと集まり、処刑が決定した。
「藤堂平助、指導不覚後により切腹申し付ける」
昨日まで近藤が言っていた処刑決定の言葉は代わりに山南が口にした。介錯に斎藤が立とうとするが、横から永倉に静かに制された。
「俺に、やらせて下さい」
友の最期は自分で下したい。
それが、永倉に出来るせめてもの事だった。
永倉の気持ちを汲んで、斎藤も無言で立ち位置を譲り、処刑を見守った。
「頼んだよ、新八」
「ああ」
短刀を手に取り、大きく息を吸い込むと藤堂は勢いよく腹に突き刺し最後の力で横へと引いていく。
「新八!!」
「ぅぉおお!」
肉を切り裂く音、溢れる血の臭い。
何度も繰り返されてきた切腹の流れだが、それでも慣れる様な物ではない。
「……平助、お前も左之も人狼だったんだよな…なぁ!!」
泣き崩れる永倉の手が、倒れた藤堂の隊服を掴み、震えている。何度問いかけても事切れたその口から答えが出る事はなく、能力者を全て失った今、他から答る事はない。
明日の朝になってもこの暗雲の様な気配が消えなければ、まだ人狼が屯所に残っているという事だ。
「永倉くん、山崎くん。斉藤くん。明日になったら平穏が戻ると信じましょう」
「はい……」
十三人で始まった会議も、今やたった四人になってしまった。
仲間達の血の臭いが染み込んだガランとした会議の場を、四人は祈る気持ちで後にした。
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