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翌日
会議開始から六日目になった。
吉村が本物だった場合、今日、人狼の気配が消え、討伐は終わる筈。終わる筈なのだが、陰惨とした空気が消える事なく漂っている。
「山崎くん」
「斎藤先生が……」
会議の場に居たのは山南と永倉だけで、遅れてきた山崎があらかじめ斎藤の部屋に寄ってきたらしい。吉村の時と同じように、血の付いた鉢金を持って現れた。
斎藤が夜に襲撃されたという事は間違いなく人狼が生き残っているということだ。
残るは山崎、永倉、山南の三名。
しかし三名が三名ともお互いを人間としか思えず、何を発言して良いのかもわからず、無為に時間を過ごすだけになってしまった。
「現時点で分かっていることは、左之助が本物だったって事、ですよね……」
「はい。それから近藤局長も本物でしょう」
「じゃあ、武田さんは人狼じゃなくて人間で、この三人の中に人狼が居るって、事になるんすよね、やっぱり……」
今残っている三人は、誰も真預言者だった近藤に占われていない。だから、いまさら本物が分かった所で会議に進展はみられなかった。
「山崎くんは、局長に怪しまれ、そして占われなかった事に疑問を感じ局長を疑っていました。それで次は占われると思って襲撃した、という考えも……」
「待って! 待って下さい俺じゃないです!」
怪しいと思った点を取り敢えず口に出していかなければ会議にならない。なので、お互いがお互いをほんの少しの可能性で疑ってゆく。
「藤堂さんが人狼で、死ぬときに永倉さんを疑ってるって言ったのは、疑う事でかばったんじゃないすか?」
「それ言うなら、頭の切れる山南さんがここまで残ってるのは怪しい! と思わせたい人狼の仕業なんじゃないのか山崎」
「いやいやいや! 俺じゃないですってば!」
結論の出ない喧嘩じみた会議を繰り返すうちに、陽は落ちて夕刻が迫ってきた。
投票をせず夜になってしまったら人狼は殺せないのだ。
「でも誰かに票を入れなくてはいけないんです……」
「わかっています。わかってますけど……」
どうしても決められない二人を見て、山南は自ら先んじて投票する事を宣言した。が、やはり一瞬の逡巡を経てから目を閉じ覚悟を決めた。
「山崎くん、すみません!」
「え…! 俺、ですか!?」
「すみません!」
強いてあげるのならば、原田を処刑した時、藤堂を処刑した時の言動が、人間に見えた永倉を生かそうとすれば山崎に投票せざるを得ない。
本当に、投票の決定打などそれくらいしかないのだ。
「え、だって俺永倉先生か人狼だと思ってるのに…これじゃ…」
「すまん山崎! 俺もお前に入れる!」
「嘘ですよね!?」
すまん! と言いながら土下座する永倉に、山崎と山南の視線が一気に集まった。
山南が投票するのを待ってから、重ねるように投票した永倉が『人間を殺そうとした人狼』の行動に見えてしまったのだ。
「…永倉くん……まさか?」
「投票やり直してくださいー!」
「違います! 俺は山南さんを信じたんです!」
山南を信じれば山崎に投票するしかない。
山南にしても、永倉を信用したから山崎に投票したのだ。同じ理由のそれを責め事は出来ない。
「俺、ですか……はぁ、俺武士でもないし切腹なんて痛いこと、したくなかったのになぁ……」
焦燥感に溢れた表情で、恨み言という低でもなく、ぼそりと呟きながら山崎は切腹用の短刀を掴んで、山南と永倉が見守る中、のらりと座して深呼吸をした。
「痛いのは最初だけ。痛いのは最初だけ……!」
一気に貫いて意識を失ってしまえば痛くない。そう自分に言い聞かせて山崎は短刀をすっと腹に宛がった。
「でも、向こうの方が皆いますもんね。うん、皆待ってくださいね。今行きますうっ…ぅぅ痛っ! 痛いいたいいたい……!」
痛い痛いと何度も山崎は言った。しかし叫ぶ事はなかった。
そこはやはり新撰組の隊士たる矜持だろうか。
事切れる山崎を見送って、互いに祈る事しかできない山南と永倉はどちらともなくスッと右手を差し出した。
「明日が来ると信じましょう。永倉くん」
「信じたいです」
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